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「改めて――おかえりなさいませ、ベル」


「ただいま、ゼノス」


 屈みこんでその頬に手を添え口付けると、恥じらうように視線を逸らされた。


 もともと女王と宰相という間柄であるが、数か月前から二人の関係性に新たな名がついた。『婚約者』という肩書を得て、もう幾度か寝所を共にしている仲なのに、いつまでたってもベルミカの反応は少女のように初々しい。




 ヴィレシアの結婚観は他国とは少し事情が異なる。長く戦争に明け暮れていたこの国では、若者たちが次々に戦地へと送り込まれて行った。そのため次代に種を残すため、本来なら様々な段階が必要とされる結婚制度は、どんどん簡素化された。


 婚約に関しても、いざとなれば結婚よりも簡単に破棄できるという利点を残したまま、結婚に準じた権利を得ることができる。例えば男女の片方が亡くなれば、残された側が一定の財産を相続することが可能だ。また婚約者同士の間に子供ができた場合は、嫡子としての権利が与えられる。戦後もその慣習は残っていて、先に子を設け、確実に嫡子を得てから正式な結婚に至る男女は多い。


 実のところ、ゼノスもその慣習の恩恵に大いにあずかっている。そうでなければ未婚の女王の寝室に堂々と呼ばれることなどなかったはずだ。




 きっかけはベルミカの破れかぶれであったかもしれないが、今は二人の間には確かな愛情があると信じていた。それでも自分のように十二も年上の、それも悪逆非道と名高い男を生涯の伴侶に決めてしまった彼女が少し不憫でもあり、だからこそ一層愛おしかった。


 ベルミカは縋りつくようにゼノスの胸元に顔を寄せる。細い体を引き寄せるように抱きしめると、安心したように吐息が漏れるのがわかった。


 幼い頃、ベルミカは本来なら庇護してくれるべき父親からひどい扱いを受けていた。彼女が心の奥底で、自分を無条件で受け入れ愛してくれる存在を欲しているのは悟っていた。大人になった今も彼女が求めているのは、きっと穏やかで陽だまりのような無償の愛だ。身を焦がし、たぎるような劣情をベルミカに向けるのが、いささか後ろめたい時もある。


 婚約者として、互いに愛はあると信じているが、その形はずいぶんと違うのだろう。過去の傷に付け入り、なし崩しに彼女を手に入れる形となったことに罪悪感はあったが、今更引き返せるほど聖人君子にはなれなかった。






「……陛下、東部の視察はいかがでしたか?」


 ベルミカが訪問していたのは、ディル王国との国境に接する地域――つまり戦争の傷痕が最も深い場所だ。


「思っていた以上に歓迎されたわ。……子供たちがね、私に花輪をくれたのよ」


「それはようございましたね」


「即位してから、ろくに民のことに関心を持たなかった私なのに……こんなお飾りでも確かに私は女王なのよね。必要としてくれている人たちがいるんだわ」


 感慨深そうにつぶやかれた女王の言葉に同意するように、ゼノスは彼女を抱きしめる腕に力を込めた。


「陛下はまだお若い。実績などこれからいくらでも付いてきます。本来なら君主たる王がただそこに存在するだけで、民に勇気を与えるものです。そして王は聡明で、慈悲深く、できることであれば見目が美しいに越したことはありません。……焦ることはありません。これからですよ、陛下」


 ゼノスは半ば自分に言い聞かせるように言う。ベルミカを名実ともに君主として返り咲かせるのは、自分の成せねばならない贖罪であり、身命を賭すべき使命だ。


「ありがとう、ゼノス」




 ふと、扉を叩く音と共に「女王陛下、こちらにおいでですか!?」と侍女らしきうわずった声がした。ベルミカが小さく息を飲む音が重なる。ゼノスから身を離し、気まずそうな表情を浮かべた。


「……いけない。留守を守ってくれていた侍女たちと、顔を合わせない内にここに来たの」


「誰よりも早く会いに来てくださるとは光栄です。ですが、侍女たちを早く安心させてやった方がよさそうですね」


「ええ、そうよね……」


 ベルミカは素直にうなずいたが、なぜかその場から動こうとせずもじもじとしている。


「陛下?」


「その……もっと話したいことがたくさんあるのよ。だからその、今夜――」


 ベルミカの言わんとしていることを悟り、ゼノスは思わず破顔して、その手を取って口付ける。


「夜伽の命令でしたら、謹んで承ります」


 真っ赤になったベルミカは無言で顔を逸らしたが、小さくうなずいた。








 夜が更けてから、予告通りゼノスはベルミカの寝室にやってきた。

 

 しかし、なぜかナイトドレス姿の女王はベッドの隣で、眉を吊り上げ仁王立ちしている。愛する男を心して待っていたというよりは、戦場にでも挑むような表情だ。


「陛下?」


「……ゼノス、あなた今()()()()来たの?」


「それはもちろん外廷――私の執務室からです」


「どうして下賜した内廷こちらの部屋を使っていないのよ!?」


「たまには滞在していますが、陛下のいない内廷は寂しいので」


「よく言うわよ! 私がいたら、何かにつけてこっちの部屋に来るじゃない!」


 下賜された部屋――それはベルミカから夜伽の“褒美”として与えられた物だった。











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