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第二章の連載を開始しました。ムーンライトノベルズ版に掲載した後日談は、時系列では一章と二章の間の話に当たりますが、読まなくても問題のない展開になっております。if展開思っていただいて大丈夫です。




 



 書類の上に落ちる日差しに窓の外を見やれば、いつの間にか晴れ間が見えていたことに気づく。ヴィレシア王国の冬は雪こそ多くはないが、どんよりとした雲に覆われる日が多い。晴れの日が増えるにつれ、この国の人々は待ちに待った春の訪れを知る。




 扉をノックする音にゼノスは書き物をする手を止めた。入室を許可すると、自身の秘書官が顔を出した。


「失礼いたします、宰相閣下」


「――ああ、そろそろ時間だったか」


 今日は一週間ぶりに地方を訪問中の女王が帰還する日だ。出迎えに顔を出したいので、時間が来たら声をかけてほしいと頼んであったことを思い出す。


「いえ……申し訳ありません。それが予定より早く戻られたようで、すでに女王陛下は宮殿にお付きです」


「わかった。すぐに向かおう」


 急いで書類を整頓し引き出しに鍵をかけていると、廊下からコツコツと刻むような足音が近づいてくるのがわかった。秘書官に目配せすると、すでに心得ていたようで扉に手を掛ける。ドアが開けられると同時に一人の人物が、滑り込むように入室してきた。




 それは最低限の物しか置かれていない殺風景な部屋に、一足早い春が舞い込んできたような光景だった。鮮やかな黄色いドレスが目に映える。彼女は戻ったままの姿でやって来たようで、ミモザの葉と花を飾った白いつば広の帽子をかぶり、外出用のマントを羽織っていた。


 小柄な体格や、寒暖差のせいか頬を紅潮させる様子は、少女のようだが、彼女こそこのヴィレシアの君主、女王ベルミカだ。そしてゼノスにとって、誰よりも大切な女性でもある。


 ゼノスは丁寧に礼を取ると、悠然と微笑む。


「これは女王陛下。今出迎えに伺おうかと思っていたところでしたが、一足遅かったようですね」


「ごきげんよう、ハイレル宰相。せっかくだけど、出迎えなどどうでもいいわ」


 手厳しい台詞を吐きつつも、律儀に挨拶は返す辺りが、彼女の育ちの良さと善良な性格を表していて、ゼノスは密かに笑いを噛み殺す。




「陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう存じます――とはいかないようですね」


「ええ、その通りよ。あれは一体どういうこと?」


 眉を跳ね上げて尋ねる女王に、ゼノスはしれっと首を傾げる。


「さて? あれとは一体どのような――」


「とぼけなくて結構! あなたわかっているくせに、面白がっているでしょう?」


 まったくもってその通りで、久しぶりのベルミカとの些細なやり取りも、自分に喰って掛かる様すらも愛おしいのだが、あまりからかい過ぎて本当に怒らせても困る。


「もうご存じでしたか。春の祭典のことですね」


「そうよ。やっぱりわかっているじゃない! 祭典の日に宮殿を開放しないなんて本気なの?」




 ヴィレシアでは毎年、春の始まりである花の月に王都で三日間にかけて祭典が行われる。


 民は晴れ着をまとい、市中にも屋台が並び、大道芸人の見世物や演劇などで大いににぎわう。その中でも特に市民の楽しみと言われているのが、最終日に行われる、一年に一度きりの宮殿の解放だ。普段であれば貴族しか出入りが許されない宮殿が、その日限りは庭園や城の大広間などを誰でも自由に見学することができる。


 庶民が数少ないその機会を楽しみにしていることは、むろんゼノスにもわかっている。


「昨年は私も宰相に就任して初めての祭典でしたので、目を瞑りましたが、やはり費用が掛かり過ぎます。国庫に余裕がないことは陛下もよくご存じでしょう」


「それはわかっているけど……」


 財政がひっ迫しているのは、先の戦争と宮廷に汚職が横行していたことが原因だ。こういう言い方をすれば、女王という立場にありながら見過ごしてきた己の責任だと、ベルミカが落胆することはゼノスもわかっている。だが私人としてはともかく、宰相としては甘い顔ばかりしていられない。意見しない訳にはいかなかった。




「それからもう一点。民を出迎える、令嬢らの装いも華美すぎます」


 祭典では未婚の貴族令嬢が花の妖精に扮し、民を出迎え、宮殿を彩るのが習わしだ。


「でも令嬢たちのドレスはすべて私物よ」


「同じことです。貴族の資産の大半は領民から得た税収なのですから。いまだに民が苦しい生活をしている中、貴族が贅を尽くす様子を見せつけるのはいかがなものかと思います」


 ゼノスは少し口調を緩める。


「不安材料は極力排除しておきたいのです。特に今年の秋には陛下の結婚式があるのですから」


「……ずいぶんと他人行儀な物言いね」


「陛下が主役であることは間違いありませんので。そして挙式は極力無駄のない、質素なものにしたいというご意向でしょう?」


「ええ、すべてを新調する必要はないと思うわ。婚礼衣装はさすがにそうもいかないけれど、宝飾品は歴代女王や王妃の物がたくさんあるもの。仕立て直せば十分に使えるはずよ。歴史と伝統と共に婚礼に臨みたい……って建前にしておけば、言い訳は立つでしょう」


 ベルミカが悪戯っぽく笑う。


「陛下のお考えに賛同いたします。ですが女王の意志に反して、貴族たちが派手派手しく着飾っていては、余計に民の反感を買い軋轢あつれきを生みます」


「ええ、あなたの言うことは間違っていないわ。でも私は宮廷の人々と庶民と交わる機会を無駄にすべきでないと思うの。身分による対立を危惧するのなら、むしろ垣根を払ういい機会だわ」


 半年前のベルミカなら、一言二言ゼノスに反論されれば、おどおどと押し黙るしか術がなかっただろう。だが今の彼女は臆することなく、自分の考えをゼノスに伝えられるようになった。




 民の間でのベルミカの評価は特別悪いわけではないが、かといって支持が高いわけでもない。王位を次の世代に繋ぐため、ひとまず玉座を埋めておくためのお飾り。それが世間のベルミカ女王に対する認識だ。


 そうなってしまった原因の半分以上は、まちがいなく自分のせいだ。宰相になった当初、自分の支持者を確保するために、あえて女王の評判を下げる方針を取っていたことは事実で、言い訳するつもりはない。それを謝罪すれば、ベルミカは『それでこの国に安寧が得られるのなら、私の評価は二の次でいいわ』と笑うが、ゼノスの中ではずっと罪悪感がくすぶっていた。


 私的な罪滅ぼしを、国家に対する忠誠を高めるためという、大義名分に差し替えて、ゼノスは民の認識を改める方法を考え続けていた。結婚式は国民の親愛を勝ち取るいい機会だが、確かにそれを待つこともないのかもしれない。


「……わかりました。極力陛下のご意思に沿えるよう、もう少しこの件は思案することにしましょう」


 ベルミカがほっとしたように表情を和らげる。


「ありがとう、宰相。でもあなたの尽力には感謝しているのよ」


「もったいないお言葉です。私としても半年後の陛下の結婚式が、国中の民から祝福されるものであってほしいと願っております。そのために、いささか神経質になっていることはお許しください」




 ベルミカは苦笑すると、一歩ゼノスに近づいた。二人の間を取り巻く空気が柔らかくなる。ゼノスは横目で秘書官の姿を探すが、優秀な彼は何も言わずとも、いつの間にか退出していたようだ。


「結婚式に関して、一つだけ贅沢なお願いがあるのだけど」


「なんでしょうか、陛下?」


「花はたくさん飾りたいわ。できれば百合とダリアを……あなたと私の家の紋章だもの。ダリアはともかく、秋に百合は難しいかしら?」


「素晴らしいですね。我が領内には小ぶりですが秋咲きの百合もございます。ぜひ手配しましょう」


 ベルミカらしい慎ましくささやかな希望に、ゼノスは口元を緩ませた。


「これであなたも、自分の結婚式だという自覚が出るんじゃなくて?」


 からかうように問われれば、苦笑を返すしかなかった。










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