【SSコン:給料】 「「オレ/私に惚れんなよ!」」
「アシスタントォ?」
芦屋アンは片眉を高く上げた。野暮ったい丸眼鏡の奥の瞳は意外に鋭く、長い前髪を邪魔そうに払いながら目の前の男に問いかけた。
「そ! オレが動画配信してんの知ってるっしょ? 最近人気になってきてさあ、一人じゃ撮影間に合わないんだよねー」
円城モモは「ね、お願い!」と愛想よくウインクした。アンはあまりのあざとさにうへえ、と舌を出し、そういえばコイツなんか配信してたな、とその場で検索をかけだす。
「エー、なになに……『期待の大型新人MOMO。そのルックスとギリギリを攻めた企画内容から急速にファンを増やしている。なお度々炎上する模様』、ねえ」
「え、ウソ。オレのこと知らなかったの!?」
「知らねえよ。私あんま動画見ないし」
「何でだよ! オレらの仲じゃん〜!」
「高校三年間たまたまクラス一緒だっただけだろ」
ひっどーい、この薄情者! と泣きまねをするモモを尻目に、アンはアルバイトの募集要項に目を通していた。相変わらずこういう所だけちゃんとした男だな、と思い卒業以来に会った彼のことをチラリと見やった。
モモは地毛の黒髪を綺麗なピンクに染めており、カラコンを入れているのか瞳はグレーがかっていた。ピアス穴も増えていて見るからにチャラついた大学生だったが、なまじ顔が良いのでファッションの枠に収まっている。
「給料良いじゃん」
「まあオレ、小遣いはいっぱいあるし」
「チッ、ボンボンが」
「えっ今舌打ちした? ねえ!」
「あーはいはい。まあ受けてやってもいいよ。私も小遣い欲しいし」
「え、ホント!? やったー!」
そんなわけで、モモとアンは1年前に契約を結んだのである。
■
『アシちゃん何者』
『アシちゃんは顔出さないの?』
『アシちゃん口悪ww』
「アシちゃんアシちゃんって、何だよもー!」
モモとアンが契約してから1年、アンはすっかり「アシちゃん」の愛称で視聴者に親しまれていた。
モモがアンにアシスタントを依頼した大きな理由の一つが、アンがとんでもない守銭奴だと言うことだ。給料が発生するなら全力疾走するモモにカメラと機材を持ったまま並走できるし、スカイダイビングした時もそうだったし、素潜りした時も、無人島でサバイバルした時もそうだった。金があれば何でもできる。貯金最高金こそ命、金は天下の回り物。そう言わんばかりに働くから、モモも助かっていた。正直めちゃくちゃ良い拾い物をしたと思う。何故か給料が出るなら動画編集とか税金対策とかもできるし。しかし、モモはピンチである。
「アンにチャンネル乗っ取られる……!」
「何言ってんだコイツ」
「だってさあ! 最近来るコメントアシちゃんに対する質問が多いし、アシちゃんは動画に出ないんですかー、とか、アシちゃんのファンアート描きました! とかさあ! 人気者じゃんこのー!」
「はあ〜……?」
アンは首を傾げながら頭をぽりぽり掻いた。明らかにめんどくさい、と表情と態度で語っている。アンは動画に字幕だけで出演している。気まぐれにモモがアンに話しかけた動画が伸びて、それ以来身バレ防止のために音声を消して動画に出演している。モモに対する遠慮のなさと口の悪さが人気を博していて、たまたまモモがあげた写真に小さく写っていたアンもファンがめざとく見つけていた。幸い漁船に乗った時の写真だったので、アンは体型がわからないくらいモフモフなロングコートを着ていたし、ニットも被ってマスクもしていたので結局性別すらバレることがなかった。しかしビジュアルが決定してしまったので、全身黒尽くめの長身の男、と言うのがアンのファンアートの大半である。
「オレとお前のBLが流行ってんだよ!!」
「ハ? 使用料寄越せよ」
「出たよ守銭奴。大体お前イケメンに描かれすぎなんだよ。いつもすっぴんでたまに寝癖つけてくるくせに」
「あ? 良いんだよメイクなんて友達と遊びに行く時か合コンかでしかやらなくて」
「はあ〜〜〜?? こんなイケメン前にしてすっぴんとか恥じらいねえの?」
「イケメン? ああ、お前中途半端なイケメンだもんな。ギリギリ芸能人にいないタイプの。せいぜい動画配信者ぐらいが一番チヤホヤされんだろ」
「あ?」
「ハ?」
「ごめんなさい」
「よろしい」
モモはあっさりアンの眼光にやられた。丸眼鏡と分厚い前髪で隠れてはいるが、アンは目つきが悪い。そのせいで高校時代よくヤンキーに絡まれていたものだ。おかげで逃げ足が早くなったし、陸上競技大会も帰宅部のくせにうっかり優勝していた。大学に入ったのを機に逆デビューをして、今は怖がられなくなったらしい。モモ的にはこんなダサい格好をするなんてありえない! と酷評だ。
「(でも、マズいかも)」
モモは思った。このままじゃ惚れられちまう───! と。
別にアンが嫌いなわけじゃない。良い友達でビジネスパートナーだと思っている。でも恋愛沙汰となるとぶっちゃけめんどくさいのだ。モモは自分がイケメンだと言う自覚があるから、アンにそれとなく釘を刺すことにした。
「お前さー、オレに惚れないでよね? や、別に友達だとは思ってるけどお、それ以上になる気はないって言うか……」
何となく気まずそうに話すモモにアンは面食らって───
「惚れるわけないだろボケが……」
と寝起きの声で言った。
「は? いやいや、オレみたいなイケメンがいたら惚れるでしょ、普通。ぶっちゃけワンチャン狙ってるからバイト続けてるんでしょ?」
「いや普通に給料が良いからですね……」
「はあ!?」
アンはドン引いていた。その態度にモモのプライドは刺激され、顔を赤くして怒っている。どんどん主張を連ねるが、アンは完全にその気が無いので引きながら首を振るのみだ。的外れの発言をしたのが恥ずかしいのと、単純にこれまでの人生でモテすぎて認識がバグっているのだろう。しかし事態は最悪の方向へ向かう。
「〜〜〜っ! ああもう、いい!!」
「お、やっと諦め……」
「惚れさせてやる」
「は?」
「カップルチャンネルにしてやるからな!!!!」
ビシイッ! と息荒く指を突きつけ宣言し、モモはドスドス音を立てて帰っていく。残されたアンは己の努力が泡になったことに衝撃を受けていた。
「(ウソだろ。アイツが私に惚れないように、細心の注意を払っていたのに!)」
アンがすっぴんなのも、態度が適当なのも、全て「あー、惚れられたら面倒だな」の精神からきているものであった。アンはちゃんとしたら結構な美人であるし、仕事がやりづらくなるのは避けたかったのに。
「あそこまでのバカとは!」
ダアンッ! と机に拳を叩きつけ、アンはワナワナと震える。そう、二人の心は最初こそひとつだった。
「「(オレ/私に惚れんなよ!)」」