第八話 復讐よりも大切なモノ
王座の間の扉が勢いよく開く。
大勢の騎士がなだれ込み、王座に座るウィルダムを丸く取り囲んだ。
「何だっ?!」と言いながら慌てて椅子から立ち上がる男にレイティアを連れてクラードが姿を現せば、彼の顔が醜く歪む。
「クラード、貴様……何故牢から出て来れた」
「幸い俺には有能な執事たちと、最愛の人がいるからな」
言いながら、左手をスッと前に出す。
薬指にはめられた王の証は、青い石を淡く輝かせその存在を主張する。
「叔父上、眠れなかったんだろう? それで意外と心配性だからなぁ。計画通りに事が運ばないと不安で夜も眠れない」
嫌いな叔父だが、嫌いだからこそ相手の性格や癖を知っているという事もある。
指摘すれば、どうやら図星だったらしい。
王の証を手に入れた継承権保持者が目の前にいるという事実と相まって、彼の精神は大きく揺らぐ。
しかしまだ攻勢を緩めない。
クラードは、先程道中でノースタスから受け取ったものを空へと投げた。
「ウィルダム・フォン・ゼントリス。王座の上に胡坐をかいて、好き勝手やっていたらしいな」
ヒラヒラと舞い落ちる沢山の紙。
その全てが文官が扱う書類である。
これら全てが、ノースタスが僅か一日で調べ上げた彼の起こした不正の証拠だった。
この短期間でこれだけの証拠を集められたのは、ノースタスの腕もあれど、それ以上に隠す気のない汚職や非道があまりに多かった事に起因する。
「どうせ自分が牛耳る国だからどうにでも出来ると思っていたんだろう? ふざけるな。職権乱用・国家反逆・恐喝、その他の諸々……これだけ罪が揃っていれば、牢に入れるのも楽でいい」
クラードの言葉に呼応して、ウィルダムを囲う騎士たちがジリッと距離を詰める。
すると彼は噛み殺さんとする声で「意趣返しか」と唸った。
が、この評価は甚だ心外だ。
「妙な言いがかりはよしてくれ。全てはお前の自業自得だ。確かに俺はアンタをそこから引きずり下ろす為に王位を欲したが、だからといって国家と国民を『どうでも良い』と思った事は無い。国民の血税を私欲の為に使うヤツを許すつもりはない」
一応これでもクラードには、王位を得た後のプランがあった。
王位から追い落とした後にもその地位を守り国を動かす事に成功してこその完全なる復讐だと思っていたから。
だからそもそも国を食いつぶすが如き叔父の行いとそういう性根は、どうしても許す事が出来なかった。
それに何より、権力を使って意趣返しなんて、そんなみみっちい事をしてレイティアに落胆されたくはない。
「捉えろ」
クラードの号令を受けて、騎士がウィルダムを拘束しにかかる。
ウィルダムは「放せ」とか「無礼な」とか煩いが、彼がつばを付けていた騎士は全て除外した後だ。
それを聞く者は居ない。
後ろ手を回され、両脇から身動きを封じられたウィルダムは、鋭い目付きで唸るように言う。
「お前らは、親子揃って俺の事を邪魔するのだな。そもそもお前の父親も目障りな奴だった。アイツが『結界を作るほどの魔力が無いから』などという方便で姉上なんぞに王座を渡したから、兄よりも魔力も少ない俺は王になる道を奪われた! それだけでも腹立たしいというのに、兄上に恨み節を言ったら、一体何と言ったと思う? 『私たちは王の器ではないのさ』だと。つまりアイツは俺も巻き込んだ自覚があった!!」
彼の物言いに、クラードは思わずため息を吐く。
この男は、この期に及んでただの恨み節が言いたいのか。
言われたところで特に痛くも痒くもない。
「兄には事故に遭ってもらって、これでやっと俺の時代が来ると思ったのに」
「事故に遭ってもらって、だと? お前今のは言質だぞ」
ずっと探し続けてそれでもどうしても掴めなかった尻尾が、やっと諦めが付いた途端に自分の方から出てくるなんて。
――父を殺したという事実は、この男にとってこんなにも簡単にバラせてしまう程度のものだったのか。
そう思えば、得も言われぬ腹立たしさが這い上がってくる。
それでも怒りに耐えていると、一体何を思ったのか。
ニヤリと笑い、声を張り上げて更にヒートアップする。
「もう少しで王の証とその女を一緒に手に入れられると思ったのに! はははははははっ、そうだ! 無理やりにでもその女を手籠めにしてやれば――」
「おい黙れ」
流石にそれは許容できない。
たとえ話だとしても、その穢れた言葉で彼女を貶めるような真似だけは、絶対に。
気が付けば、握った拳がウィルダムの頬に炸裂していた。
盛大に吹っ飛ぶウィルダムに、周りの騎士たちも思わず驚く。
ダルーンとしたまま動かないウィルダム。
しかし意識があろうがなかろうが、クラードにはどうでも良い事だった。
「レイティアを苛む如何なるものも、俺は許す気なんて無い。もしレイティアに何か危害を加えるのなら、俺に殺される覚悟をしてから来い」
武闘派、とは口が裂けても言えないクラードだ。
それでももう15歳。
体も大人に成長し、慣れない拳であったとしても怒りが乗ればそれなりの威力にはなる。
「連れていけ」
低い声でクラードが言い、騎士たちが伸びたウィルダムを引きずるようにして退場させる。
「ふぅ」と小さく息を吐いてから、はたと気付いた。
隣には、先程からずっとレイティアが居た。
すぐそばで、彼の啖呵を聞いていたのだ。
「クラード様……」
熱を帯びた眼差しが嬉しそうにふわりと緩む。
その熱が何だかひどく恥ずかしくて、クラードは思わず目を逸らした。
隣からどこぞの緑頭の執事が「『レイティアを苛む如何なるものも、俺は許す気なんて無い』……」としっかりリピートしてくれる。
「くさい事を言った自覚はあるから、もう触れてくれるなよ」
「いえ、しかしロマンチックなシチュエーションが好きなレイティア様にはクリーンヒットだったようで」
「分かったから、止めてくれ……」
この日おそらくクラードは、人生で一番顔を赤くしていたに違いない。