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第六話 『真実の愛』


 


 思えばソレが間違いだった。

 

 お陰でそれから数時間後、クラードはジメついた床の上で目を覚ます事になる。


 調度どころかベッドの一台だって無い、部屋と呼んでいいのかどうかも分からない地下の檻の中で、暫定王の()()()()に思わず「クソくらえ」と吐き捨てたくなった。


 確か空が白むまで、拷問じみた仕打ちを受けていた筈なのに、既に空は暗くなっている。

 おそらく彼女と会ってから、丸一日以上の時が経っているのだろう。

 体中がどうしようもなく痛くって、自分の無力をひしひしと感じて。

 拷問の終わり、意識が遠のく中で聞こえたウィルダムの声が頭の中でずっとグルグル回って止まない。


 ――まぁお前があの部屋にある転移門の先で指輪を見つけた事は知っているんだがな。

 

 人を嘲るニヤリ顔で告げられたその言葉は、ウィルダムが最初から知りたい事を全て調べて知っていた事を物語っている。

 相手が最も欲しがっていたものを取り上げ、目の前でチラつかせて怒りと悔しさに歪む顔を見てやろうとしたクラードと多分同じ思考回路だろう。


 痛めつけて、それで口を割れば良し。

 割らなくても、耐えた事を無に帰すことで敗北感とあわよくば罪悪感を与えてやろうという魂胆だ。

 

 直系じゃなくても流石は同じ血が流れているだけはある、という事なのか。

 全く嬉しくない符合に、苦い気持ちが沸き上がる。



 それと同時に、彼女の安否が気になる――どころの話じゃない。

 悪辣の魔の手が伸びようとしているのだ。


 きっと彼女がすぐに殺される事はない。

 所有者を殺せば指輪はその場で砂に変わってしまう。

 それをウィルダムも承知だろうから。

 それに、もしあの条件を知らなくても、アレを欲する限りじき知る事になるだろう。


 そうなれば、とりあえずは安全だ。


 しかし、もしそれを知る前にあちらが強行に出たとしたら?

 暴力による恐怖で屈服させて所有権を奪ってやろうと目論んだら?


 そんな想像をするだけで、胸が痛くてたまらない。


 指輪そのものの行方よりも、彼女の心や体が傷つけられないかの方が余程重い。

 つい握り込んだ拳のせいで、痛めつけられた体が軋む。



 心にそんな不安と暗雲が立ち込めた時だったのだ、軽やかなヒールの音と共に、鮮やかな赤のドレスに身を包んだ彼女が目の前に現れたのは。


 ――彼女が母と慕う女性から「特別な時に着るのですよ」と言って貰ったドレスがあるのです。

 彼女が前にそう言っていた。


 困ったような笑みを浮かべて「『戦闘服』らしいのですが、着る機会がまだ無いのです」と言った彼女に「どんなドレスなんだ?」と聞けば、真っ赤な色調に、胸に大きなバラの花が装飾されていると言っていた。


 その時密かに思ったのだ。

 「純粋で純情な彼女のイメージとは大きくかけ離れているな」と。



 しかし実に不思議なもので、「貴方を助けに参りました」と告げた彼女は、今までのどの彼女よりも凛とした、強くしなやかな女性に見えた。

 『戦闘服』という言葉が言い得て妙だ。

 もしかしたらロマンチックでメルヘンが好きな彼女には、「いつか王子様が迎えに来てくれる」というニアリーの言葉を夢見て、つい今しがた「私、塔の上で王子様を待つのはもう止めたのです」などと見事な啖呵を切って見せた彼女には、『指輪の魔法』だけじゃなく、こちらも効いたのかもしれない。



 恐怖になのか、不安になのか。

 震えている彼女の手を、自分の体の痛みを忘れて強く握る。



 見る限り、彼女には擦り傷一つ出来ていない。

 まずその事に安堵していると、「あぁ良かった」と涙声が言う。


「クラード様に何かあったのかと思ったら私、いてもたってもいられなくて……!  あっ、怪我は?!」

「あぁ、大丈――グッ!」


 クラードを気遣う華奢な手に服の上からペタペタと腕や胸元を触られて、触れた傷に思わずくぐもった声を上げた。

 すると彼女は「やはり怪我を……?」と言いながら、目に涙を溜め始める。

 こうなれば、男として取れる態度はたった一つだ。


「このくらい問題ない」


 無理やり笑ってやせ我慢。

 カッコつけは男の嗜みだ。


「それよりも、本当にどうしてここに? もしかしてあの悪辣(ウィルダム)に無理やり連れて来られたんじゃ……?!」


 その可能性に気が付いて、胸に当てられた小さな手の上に自分の手を重ねて辺りを見回す。

 しかしここにはクラードとレイティア以外に誰も居ないし、未だに上は騒がしいが誰かが下りてくる気配も無い。


 

 俺の問いに、彼女はいきさつを話し始めた。

 今日も昨日と変わらずに()()()()()屋敷にに来たのだ、と。


「いつもと同じくマークが通したその方は、声は確かにクラード様。その上相手もさも自分がクラード様であるかのように振る舞われいていましたが、私にはすぐに分かりました。彼は別人である、と」

「何故そんな」

「実は私、目が見えない代わりにその方の魔力が見えるのです」

「魔力って……」


 魔力が見える人間は、記録上今まで一人しかいない。

 古代の遺物(アーティファクト)を作った稀代の魔法使い、その人だ。


「えぇ、どうやら他の方には見えないものの様ですね。この力はお母様と私の縁を結んでくれました。そして今日、私に貴方の異変も知らせてくれました。だからすぐに目の前の方がクラード様の名を語る偽物だと気付いたのです。それなのにマークは全く違和感を抱いていないようだったので、何かおかしいと思いその方が帰られた後で聞いてみたら、驚いたように『姿もクラード様そのものでした』と」


 その説明でクラードはおおよその思惑が見えてきた。

 おそらくウィルダムは、クラードを勾留した後でクラードの姿形を似せた他人を派遣して、上手く言いくるめて指輪を奪取しようとしたのだろう。

 確かあちらには当代一の魔法使いが居た筈だ。

 姿形くらいなら、彼なら容易に変えられる。


 彼らにとっての誤算は2つ。

 おそらく指輪の譲渡条件と、作った外面にレイティアが騙されなかった事だろう。


 流石の当代一であっても、そこまでは対処できなかったか。

 そう思えば、彼女はまるでビックリ箱のような人だ。


「すぐにクラード様に何かあったのだと思いました。屋敷への道は、お母様のネックレスが無いと開かない。クラード様が以前そう教えてくださいましたし、自分を騙る何者かに貸し渡すとも思えません。そう思えばもう胸騒ぎしか無くて」

「でも、外の世界には出るの怖いってあれほど……」

「もちろん外に出るのは怖かったです。でもそれよりも――私はクラード様を喪う事の方がもっと怖かった」


 見えていない筈のベビーブルーに、まっすぐ見つめられる。

 

 大きなその瞳から一筋の涙が流れ落ちた。

 ニアリーにもう会えないと知った時と同じ綺麗な涙だった。

 でもその瞳は、あの時には無かった筈の熱を確かに帯びている。



 気が付けば、その涙を人差し指で掬っていた。


 泣かせたくないと思ったのに。

 それでもこれが自分を想ってくれたが故のものだと思えば、愛おしくて胸が甘くしびれる。


「初めてお会いした時は、怖いと思ってしまいました。しかしお母様を知る方だと分かって、話を聞いてくださって、とても嬉しかったのです」


 それはただの成り行きだった。


「それから何度も来てくださって、外の事を沢山教えてくださって」


 それは目的があったからで。


「お母様が亡くなっていたと知った時にはとてもとても悲しかったですけれど、それでもこうして笑えるようになったのは、きっとクラード様が何をしていてもお母様の事を思い出してしまう私に『偲んで泣いたり笑ったりしても良い』と言ってくださったからで」


 それは死を悼む涙がとても綺麗だったから、それを隠す必要は無いと思ったからだ。


「穏やかな貴方との語らいの日々が、私はとても大好きです」


 同じ気持ちだ、と言いたくなった。


「貴方が来る時間になると、いつだって心がソワソワします」


 それもピッタリおそろいで。


「クラード様は、ちょっと不器用で意地悪ですけど、そんな貴方と過ごすが時間が、私にとっての幸せなのです」


 幸せなのはこちらの方だと、言い返してやりたくなった。



 彼女の()に呼応するように、左手の人差し指がポウッと光る。


「――もしもこの世に『真実の愛』というものが存在するなら」


 そう言いながら、彼女は指輪に手を掛けた。


 今まで何をしても抜けなかったその指輪が、スルリと指を滑って抜ける。

 懇願するようにまっすぐ見つめてくる、彼女のベビーブルーの瞳。

 いつの間にか薄桃色に色づいたの魔性に囚われて、今度こそ逃げ道を塞がれる。


「私の『真実の愛』を、受け取って……くださいますか?」


 好いた相手からここまで言われ、受け取らないバカがどこにいる。


 クラードはスッと左手を出し。


「受け取ろう。それでも、もし良ければ、その、はめてくれないだろうか……左手の薬指に」


 クラードの言葉にレイティアの目が見開かれる。

 その指の意味を、レイティアに数々のロマンチズムを教えたニアリーが教えなかった筈はなく、夢見がちなレイティアが覚えていない筈もない。


 驚いた瞳は、すぐに泣きそうな喜色に満たされた。

 頬を緩め「はい」と告げて彼の手を取る。


 レイティアが、節くれ立ったクラードの指にゆっくりと指輪を滑らせた。

 薬指にはめられた指輪は、放っていた光が収束するのと同時にパチンと小さな音を立ててクラードの指にぴったりとはまる。



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