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第五話 が、幸せはいつまでもは続かない



 昼下がりの庭園で、今日もクラードはレイティアの姿を目に留めた。

 芝生を踏む足音に気が付きでもしたのだろうか。

 振り返ると、頬を緩めて彼女は微笑む。


「クラード様、ようこそいらっしゃいました」

「いつも思うけど、何で俺だと分かるんだ?」

「ふふふっ、それは秘密です」

「何だよソレ」


 少し残念に思いながら席に着くと、花壇に居た彼女も向かい側に座る。

 共に連れてくるノースタスが紅茶を淹れて、その間にマークがあらかじめ作っておいたお菓子を持ってやってくる。

 それが彼らの間の暗黙の了解だ。


 滞りなく働く従者たちを横目にクラードは、レイティアに簡単な挨拶を済ませ雑談をする。



 彼女は基本的に常識を知らない。

 否、この言い方には少し語弊があるだろう。


 初対面の時は取り乱していたせいで少しばかり失礼だったが、基本的に座り姿も食事の仕方も、令嬢としてのマナーはきちんと身についている。

 下手をすればその辺の令嬢よりも綺麗な所作が出来る子で、食事の知識に至っては下手をすればクラードよりも詳しい。


 にも拘らず、屋敷の外の話をすると途端に目を輝かせて「そうなのですか?!」と驚く彼女は、年上の筈なのにまるで幼い子供の様だ。



 ノースタスが淹れた紅茶を飲みマークが作ったお菓子を食べて、彼女と何気ない会話をする。


「俺の領地は王都から馬車で10日ほど掛かる距離にある」

「馬車! 私、聞いた事があります!」


 ただの世間話だが、何故かムンッと胸を張り誇らしげに言ってきた彼女のドヤ顔がどうしても可笑しくて、可愛くて思わず「フッ」と吹き出す。


「馬車は普通に実在するものだからな?」

「しっ、知っていますよ! でも私はまだ見た事ないので……!」

「まぁマークがやってる畑で野菜類は足りるだろうし、それ以外は定期的に買い出しに行けば事足りるからレイティア自身は引きこもり生活をしていても何ら困りはしないだろうが」


 ティーカップに口を付けながらチラリと少し遠くを見遣れば、丁度マークが執事服のまま白いシャツを肘まで腕まくりにし、両手にかごを持っていた。


 肩にタオルを掛けているから、おそらく作業後なのだろう。

 籠からはニンジンとジャガイモが顔を出している。

 もしかしたら今日のレイティアの晩御飯になるのかもしれない。

 


 そんな彼を眺めながら、クラードはずっと気になっている事を聞く。


「レイティアは、外に行きたいとは思わないのか?」

「あ、いえ、その……」

「もしかして、外の世界が怖い、か?」

「はい……」


 眉をハの字にして俯く彼女には、いつもの好奇心など一ミリも無い。


 おそらく興味が無い訳じゃない。

 だけどそれより恐怖の方が勝るのだろう。


 正直言って「何が怖いのだろう」と思わないでもないのだが、彼女にとって外は完全なる未知の領域、それに盲目というハンデもある。

 始めの一歩の勇気が出ないのも、仕方がないような気がする。


「……いつか」


 気が付けば、約束じみた言葉が口を突いて出ていた。


「例えばいつか、もし外に出てみたい・出ても怖くないと思えた時は、俺が外を案内して……やってもいい」


 ぶっきらぼうなその声に、ベビーブルーの瞳が見開かれる。

 しかしそれもすぐに緩んで、嬉しそうに幸せそうに、はにかみ気味に彼女は笑った。


「はい!」

「……うん」


 こんな些細なやり取り一つで、心がほわりと温かくなる。

 もうそれだけで、その日一日は幸せだった。




 が、幸せはいつまでもは続かない。


 いつものように彼女に別れを告げ、迷宮を通って戻った先。

 王妃の私室を出た瞬間に、とある集団に囲まれる。

 

 クラードには、彼らに見覚えがあった。

 ウィルダムが懇意にしている騎士たちだ。


「クラード様、国王陛下がお呼びです」

「叔父上から事前の話は聞いていないな。この後用事がある。今度にしてくれ」


 本来ならば、ウィルダムもクラードも同じ侯爵位。

 事前に先ぶれがあっての訪問や約束しての面会が一般的なマナーだ。

 少なくともクラード側には、礼を欠く先方に従う理由なんて無い。


 それを主張したつもりだったのだが。


()()がお呼びなのです、クラード様」


 あくまでもウィルダムの暫定王位を認めない姿勢のクラードに対し、下位である筈の騎士がここまで強気なのは、おそらくウィルダムから強権を発動されたのだろう。

 顔を見れば、実力行使を厭わないつもりだという事もよく分かる。


 暫定王であったとしても、現状この国で一番の権力を握っているのが彼であるのは確かだった。

 小さく「はぁ」とため息を吐く。

 どうせ同じ『連れていかれる』のならば、痛くない方が良いに決まっている。

 一体どんな目的なのかは知らないが、尊厳くらいは守られるだろう。

 そう思い、クラードは彼等に従ったのだ。


 

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