悪役のBの独白
自由を求めば西へ、パンを求めば東へ。
両方も求めるなら、眠りの中へ。
私は、こんな時代に、生まれた。
自由は西、パンは東と、物心ついた頃から、これが私の知る世界の不変の理だった。両方ともほしいという考えはただの妄言で、無理に近いことだと、誰もが分かっている。
だから、誰もそんなことを望むことはなかった。する余裕がなかった。
私の知る限りでは。
ドバン!ドバン!
もう、何人目かは覚えていない、私を越えようとした人は東の軍人に即射殺された。まだ温かい二つの体は力なく私の足元に転がり、ドグドグと、傷口から湧き出す温い液体に、地面は赤く染められていく。何度目か判らない吐き気を催す。
吐くことなんて、できもしないはずなのに。
「ナタ⋯リ⋯⋯」
消え入りそうな声で、転がっている一人の男性が誰かの名前らしい単語を呟いた。
「あ、い、して⋯⋯る、」
そう言い、その人は息を引き取った。
東の男の人が、「ナタリ」に「愛している」と、私は心の中でメモする。私に口があったら、伝言とかできるのに、と考えながら。
そして、私はわかっている。
彼らを死なせたのはきっと、私のせい。私がいなかったら、彼は「ナタリ」と会えたのかもしれない。二人で、「幸せ」になったのかもしれない。
いつもながら、私は思う。
自分は何のために生まれ、存在しているのだろうと。
私の腕の中にあるのは、西の政府達の領地で、それ以外は「東」の領地になっている。私を越え、自由を求め、西へ行こうとする東の住人はほとんど東の軍人によって射殺され、運よく越えられたとしても、彼らより高い私の頭上から飛び降りないといけないので、無傷で西へ行けた人はいなかったと言っても過言ではない。
また、西の貧しい生活で苦しむ人は安定な食料や住所を求め、東へ行こうとするのも少なくはないが、成功したものも数えられる。
私を登ろうとする人は死に、私の下から穴を掘って通ろうとする人も死ぬ。そのままでは生きていけなく、しかし危険を冒す勇気もない人も、死んでしまう。
結局、私がみんなにもたらしたのは、死亡と、悲しみだけなのに、どうしてまだこうして生きているのだろう。
こんな自分の問いに、答えてくれる人なんていないけど。
いやよ!こっちくんじゃないわ!
女性のたくましい怒鳴りで眠りかけた意識が戻ってきた。感覚をそちらに向けると、そこには少し色褪せた青いドレスを身にしている三十代に見える女性の後ろに、ぼろぼろの服を纏っている男性がしつこくついてくる。何かの薬をやったのか、酒でも飲んだのか、男性の足取りがおぼつかなく、時々壁や、物などにぶつかりながらうつろな目とひくひくと引き攣った顔でおかしそうに笑っている。
「ひひひひ、いいじゃんかネェチャンよぉ、一緒にあそbごふっ……!」
言葉が途中で切れてしまい、男性がうずくまる。がはっ、ごほっ、とせき込み、自分の胸元のぼろ布を強く握りしめる。やがて倒れこんで、青い顔をしながら、ヒュッヒュッ、と弱弱しい空気を吸おうとしている音がするだけになった。
薬のヤりすぎだね。珍しくないけど。
急な出来事なはずなのに、女性は一瞬目を丸くしただけで、今は冷めた目でそんな男性を見下ろしている。そして男が咳き込んだ時に所々に飛び散った唾をものともせずに、彼の服の中を漁り、少ない硬貨と粉末の入った小さな包みを持って、すぐそこの暗い路地に入った。
ニャーオ
どこから来たのかな、右前足が不自由な、しっぽが少し欠けた猫が現れ、私のすぐそばに置いた箱の隅っこで丸くなった。
こんな日々はいつになったら終わるのだろうか。
いつ、だれかが私を壊してくれるのかな。
どこかが「痛い」の。
これが、少年たちが私の体に落書きした「心」というものなのかな。




