「人殺しの彼女。」
ザァ――
雨。
憂鬱な日々と、退屈に追い詰められる。
高校。鐘の音。
――と、言うわけで、空いてる席は......お、そこだな。
転校生。勉強。先生。
終わる一日、過ぎる日々。
私たちの毎日、また雨降りの朝。
刺激とドラマ欲しさに、彼らは私の心を遊ぶ。――ああ、またか。
不快な感触に顔が歪み、それを皆が見て嗤う。
私は、上履きを履く前に、逆さまにする。
前に画ビョウが入っていた事があって、それからついたクセだ。
けれど、それを見越してか、今回は逆さにされても落ちないように、靴の先に虫をテープで固定していた。
ぐちゃりと潰れる蝶の幼虫。......本当に、最悪。ごめんね、こんな事で死なせてしまって。
そして更に最悪なのはこの後だ。
「あれ、大丈夫? 早乙女さん......また! 誰よ、こんな事したの!」
叫ぶ彼女は、南秋サキナ。周囲の生徒はその甲高い声に反応する。
弱い者の味方。正義のヒーロー。優しい生徒。そう見える......でも私は知っている。
これをやらせたのが彼女だと言う事を。
そう、私はイジメられている。
いつからか、私、早乙女ミキは、南秋サキナにイジメられるようになった。
最初は妙な居心地の悪さを感じた。その内、仲の良かった友達が離れていき私はあっという間に孤立する。
私は驚いた。すごく仲の良かった友達だ......なのに、私が標的だとわかるとすぐに離れていき、居なくなった。
仕方のない事だとわかっていたけれど、とても辛くて悲しかった。
けれど、私は認めたくなかった。イジメられているだなんて......まさか、私がそんな目にあうなんて、信じられなかったし、信じたくなかった。
それでも、私が認めようが認めなかろうが、現実が変わるわけも無く、緩やかにイジメはエスカレートして行く。
彼女のやり口は厭らしく上手い。
彼女は決して自分の手は汚さない。彼女は周りの人間を使う。
ゆっくりと、蛇が鳥を飲み込むように、私を食う。
私のこの苦痛に歪む顔とか、悲しんで涙をぽろぽろと溢す姿を見るのが、とても楽しいらしい。
ちなみに、その私を救う演技で得られるこの名声と地位はおまけなんだとか。
なぜ、そんな事わかるのか?前に本人に言われたから。そう言う遊びなんだって。
あげればキリの無いイジメ。私の心はもう、折れそうになっていた。
なぜ私なのかと聞いた事があったけど、返答はそんな理由は無いとハッキリ言われた。
いじめの現場を見ても、先生は見てみぬふりをしているし、でも逃げ場なんて無いし......いや、一つだけあるかもしれない。
イジメから逃れられ、いろいろな辛い事から逃げられる......場所。
私は、少し前からそれを考えるようになっていた。
でも、結構がんばって耐えていた方じゃないかな、私。
――あ!なによ、これ!?と、教室に入るとまた彼女の声。
私は、机にあるマジックで書かれた誹謗中傷の落書きを、見て顔を歪めていた。周りの生徒も多分、薄々......と言うか絶対に気がついている。
私をいじめているのが南秋だと。
カースト上位である彼女に、逆らって私を助ける人は、生徒にも先生にもいない。
だからあの親友も去っていったんだ。
落書きにある死ねと言う文字。この人たちは、本当に私が死んだらどんな顔するんだろう......後悔、してくれるのかな?
私がどれだけ辛いか、わかってくれるのかな?
ああ......私、もう、死にたいかも。
「なあ」
その時、窓の側。
この間、転校してきたばかりの彼が言った。
「......その辺でやめたら?」
さっきまで、私の事で騒ぎ立てていたクラスの人達が静まる。
転校生。彼は四日前にこのクラスへ来た生徒で、大人しくあまり喋らない人だった。
だから、急に口を開き、しかも私へのイジメに対し言葉を投げたことが驚きだった。
そして、南秋のいる私の机まで彼が来る。彼女の前に立ちこう言った。
「お前だろ? これ、させてるの......もうやめろよ」
「なっ......そんなわけ! な、なにを言ってるの? 意味わかんないんだけど!」
「わからなくてもいいよ。 もう良いからそこどけろ」
そう言って転校生は私の机のマジックを雑巾で拭き取った。それは水性マジックのようで、きっとまた南秋がこれを拭いて、いじめられている私を救うヒーローを演じるつもりだったんだ。
彼は綺麗になった机をみて、よし。と言うと、私の顔を見てこう続けた。
「......あんたさ、早乙女さんって言ったよね。 これから毎日、俺と帰ろう。 あと朝も一緒に登校しよう」
「え、あ......え?」
「あ、名前、忘れた? 俺、橘ハルヒロ。 ハルって呼んで」
「え、え? あ、ありがとう、ございます......ハル君」
そんな事件があり下校時、約束通り彼は私と一緒に歩いている。
なんだか、夢見心地でふわふわとした感覚になっていた。
久しぶりだな......誰かと歩いて帰るの。
見上げた空にはうっすら月が見えている。
「......」「......」
き、気まずい......無言はちょっと苦しい。なにか、話題、話題。
「ねえ」と、ハル君が先に口を開いた。
「あ、は、はい」
「そんなにおどおどしないでよ。 大丈夫......って、言っても、こんな急に連れ回されて警戒しないでって方が無理か」
「い、いえ、大丈夫、です。 助けてくれて、ありがとうございます」
「......」
「よ、よく彼女がやったって、わかりましたね」
「うん? ああ、机の落書き......まあ、あんたがひどい目にあって得してそうなの、あいつくらいしかいなかったしな。 あと......」
「俺、そう言うのわかるんだよ」
「......」
とても悲しそうな、辛そうな横顔だった。
「っていうか、あんたさ、同い年なんだから敬語やめない? すげえ喋りにくい」
「あ、え、あ......わかりま......わ、わかったよ」
「うん、ありがとう」
ありがとうって、私のほうが何倍もありがとうなんだけど。なんでこんなに優しいんだろう。
「あんたはさ、イジメられている理由に心あたりあるの?」
首を横へとふる。
「前に、一度だけ聞いたことがあるんだけど......理由は無いんだって、言ってたよ」
「そっか......まあ、そう言うのもあるか」
「でも、私、本当はなにかしちゃったのかな? 本当は私が悪いのかな?」
「それは、わからないな......まあ、もしかしたら何かしら、かんにさわる事があったのかもしれない」
けど、これだけは言えるよ。と、彼は前置きして言った。
「あんなやり方は、イジメなんてやり方は......絶対に間違ってる」
その会話を最後にまた無言になってしまった。ハル君も前の学校で、イジメで何かあったのかな?
でもイジメられるようには見えないし......気になるけど、聞けない。
無言は、ちょっと怖い......話題、話題。私も何か話さなきゃ。
何か、何か......はっ!
「わ、私ね、シュークリームが好きでね、美味しいシュークリームあるお店知ってるんだ。 今度、今日のお礼に食べに......って、な、何言ってるんだろ。 ......いや、な、なんでもない!」
ハル君は一瞬キョトンとして、すぐに口元を綻ばせた。
「ふふ、急に何かと思った。 オッケー、シュークリームな......ふふっ」
私はあまりの恥ずかしさに、それ以上は何も話せなくなってしまった。
は、恥ずかしすぎる......初手、食べ物の話って。ううう。
そして、私の家についた。
「ハル君、あの、ありがとう......」
ハル君は、うんと頷いた後に少し困ったような顔をしながらこう言った。
「さそった俺が言うのもなんだけど、あんたもう少し警戒した方が良いよ。 もし、俺があいつらと裏で繋がってたらどうするの?」
「え!? ハル君......あの人達と繋がってるの? ......ど、どうしたら良いですか」
「いや、繋がって無いけどね。 信用してくれてありがとな。 でも、気をつけた方が良いって話だよ。 あんた、ちょっと抜けてるとこあるし......ふふっ」
「あ、はい。 ご忠告、ありがとう......ございます」
抜けてる......それもイジメの原因なのかな。本当、こんな自分が嫌いだ。
「あー、まあ、なんだ。 そう言うとこも、良いっちゃあ良いと思う......何言ってんだ、俺。 とにかく! そう落ち込むなよ」
あれ、もしかして、いま励ましてくれてる?
「......ぷっ、ふふ」
「え、あ。 笑うなよ......」
「す、すみません」
「謝るなよ......」
「すみません......あ、ごめんなさい。 ん?」
また、可笑しくなってクスクスと笑ってしまった。怒られると思って彼の顔を横目で見たが、困ったように頭を掻いていた。
それから毎日私とハル君は一緒に登校と帰宅を繰り返し、たまに町のファミレスでご飯を食べたりお茶したり。
ハル君へのお礼をと思って、食事の代金を払おうとした事もあったけれど、彼はそれを良しとしなかった。
「いや、良い。 それされると、あんたと一緒に居づらくなるだろ」
「ううう」
「そんな顔してもダメだ......子犬かよ」
「ぷっ、ふふ」
晴れの日も、雨の日も、彼は笑顔で私の隣に居てくれた。
なんでこんなに良くしてくれるのか。
わからないけれど、聞けばこの日々が終わりそうで、聞けなかった。
通りすぎる日々の端、お花屋さん。
綺麗な花があって、それは私の好きな花だった。私は、ただ私の好きなモノを知ってほしくて、無邪気に考えなしにその花の名前を口にした。
ハル君は、「あの花? ......綺麗だな」と、言ってくれた。
そんな些細な、何でもないようなやり取りにも幸せを感じた。私は、幸せだった。
雨の日も、晴れの日も、私は彼の隣にいた。
まったく笑うことの無くなった私、笑えなくなってしまった私。
......この笑顔は、間違いなくハル君がくれたんだ。
そんな日々を過ごし、幸せをかみしてながら、私はイジメから解放されていった。
かのように見えたけれど......彼女達は、予想以上に執念深かった。
ある日、私が下校する時、いつもどおりハル君を待っていたら体格の良い男の先輩に声をかけられた。
「ああ、良かった。 君、今少し時間あるかな? 友達が具合悪くなってしまって......すまない、来てくれないか」
「あ、え......?」
急な事に動揺し、腕を引っ張られ連れられて行く。考える事も断ることも出来なかった。
ただただ、混乱と恐怖でなすがままに連れていかれる。
ついた場所は旧校舎。来年には取り壊される予定らしい。
――ガラガラッ。その校舎の一室。入ると二人の男子上級生。そして、一人の同級生の女子。
「み、南秋さん......?」
「あ、やほー! 遅かったじゃん」
彼女と周りの上級生は、やたらと仲が良さそうで、私を連れてきた体格の良い男は南秋に媚びるように笑っていた。
「ま、いいや。 あんたさー、最近調子のってんじゃん? だからここら辺で、制裁しとこうと思って」
「せ、制裁......?」
「そう。 もう私に逆らおうだなんて思えなくしてあげる。 あんたは私のおもちゃ......そうでしょ?」
おもちゃ?私はおもちゃじゃない。いつからそんな風に思われていたの?
こ、怖い......逃げなきゃ。で、でも出口に上級生が。
「さーてさてさて、じゃあパパッと始めましょっかね」
そう南秋が言うと、それに応じるように三人の男がテンションをあげる。
「ねえ、早乙女さん......脱がされるのと、自分から脱ぐのどっちが良い?」
ぞわっとした。これから何が起こるのか理解できたから。
ああ、私......。
南秋は動画を撮り始めた。笑顔、笑顔!可愛くとっちゃるよー!あはは。
一人の男が私を押さえつけたとき、扉が開いた。
「......ん、あれ、お取り込み中?」
ハル君だった。
「あ、あんた......なんでここに」
「ああ、見かけてた奴いてさ。 良かったよ、俺、ついに嫌われて先帰られたのかと思った」
あっけらかんと話を始めるハル君に上級生達が怒鳴る。
「てめえ、なにぐだぐだいってんだよ! おまえ、あれだろ? 南秋の言ってた生意気な転校生......良い機会だ。 ここでしつけしてやるよ」
次の瞬間、ハル君は宙を舞った。
ドガァン!!!
投げ飛ばされたハル君は机にぶつかり、けたたましい音と共に倒れ込む。
南秋の顔が歪な笑顔で満ちていく。
「ははっ! 良い! もっとやれ!」
「おら! くたばれ!」 「顔やめろよ? おい! うずくまるなよ!」
三人の上級生により袋叩きにされるハル君。頭を守り体を丸め必死に耐えているように見える。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! 私、なんでもします! なんでも! だからハル君を......!」
「お前、今なんでもって......言ったよね?」
南秋がにやにやと私に笑みを向けた。
「皆、もう良いよ。 本当のお楽しみ、しよっか!」
ハル君は床に押さえつけられ、頭を足蹴にされていた。彼はそのまま、苦しそうな声色で南秋へと話しかける。
「......あ、あんたら......こんなこと、ずっとしてるのか......」
「あら、まだお話できるくらいには元気なのね。 まあ、いっか」
動画を取るのを中断し、今度は今までしてきた事を収めた動画を見せてきた。
そこには他校の子らしき、うちの学校の制服じゃない女の子が今まさに私がされそうになっている事を、行われている映像が映し出されていた。
「あー、あそこの子、良かったよなー」
「めちゃくちゃ泣いてたな......まあ、興奮して良かったけど」
「今度またやろうぜ! なあ、南秋」
なんて卑劣で醜悪なんだろう、こんな奴等が存在して良いの......。
でも、私にはどうすることも出来ない......もうすぐこの動画の人の様に、私もされるんだ。
何かを奪われ、撮った動画で私は言いなりにされる。これから一生、この人たちのおもちゃにされるんだ。
「あーどっこいしょ」
ふと見ると、ハル君が起き上がっていた。
あ、あれ?三人に押さえつけられていたはずじゃ......?
「な、何してるのよ、あんた達?!」
上級生三人も戸惑う。全力で押さえ付けていたのに、簡単に押し退けられた事に。
「いやあ、今の動画と会話で決定的だな。 体張った意味あったわ」
?と唖然とするハル君以外。すると彼はさっき入ってきた扉の上の方を指差す。そこにはハル君のケータイが置いてあった。
「あれ、動画撮ってんの。 いやあ、幽霊より怖いもん撮れちまったなー、この旧校舎。 ははっ」
「てめえ、こええのはこれからだ! 死ねや! おらっ!」
上級生の三人がハル君へと襲い掛かる。それはそうだろうこんな動画を撮られ、はいごめんなさいで見逃し、帰す訳がない。
ドゴッ!!!
「ぐぶっ......あっ」
まさに、瞬く間だった。いつそれを行ったのかもわからないほどのハル君の鋭い突き。
深々と男の一人の鳩尾へと突きささった。
「はい、一人」
その間に後ろへと回り込んだ一人が、椅子で殴りかかる。
「ハル君!!!」
「――え、何?」
ハル君がキョトンとした顔で、こちらを見る。いや、後ろ後ろ!!
しかし私の心配も意味がなく、椅子を軽く避け回し蹴りで後頭部を当て振りぬく。
ドサッ。
「な、なんだこいつ!? ケンカ慣れしてやがる!!......ふぐっ!!!」
「終わり。 ......さて、南秋。 お前もこうなりたい?」
ビクッとする南秋。
「わ、私は女なのよ? そんなことダメでしょ? それくらいわかるでしょ? ねえ?」
「ああ、わかるよ。 でもお前だってわかってるよな? 自分のやって来た事と、タダじゃ帰してもらえないって事」
ハル君の眼が恐ろしく冷たくなる。
「お前には、選択肢が二つある。 一つ、コイツらみたいにボコられ、動画を晒されないようにと祈りながら良い子になって、怯え生きる。 二つ、大人しく動画を晒されないようにと祈りながら良い子になって、怯え生きる......」
ハル君がにっこり笑った。
「どっちが良い?」
南秋の顔が青ざめる。
これは脅しだ。目の前で力の差を見せつけ、心を徹底的に折ったんだ。二度と歯向かわないように。
「......すみません、もう、しません。 この人達にも言っておきます。 だ、だから、動画は誰にも」
「お前さ、そんなこと言える立場じゃねえって事、理解してる? もうしないのは当たり前。 今度そんな事してるなんて、噂でも聞いたら徹底的に追い込むからな?」
こ、こわい。ハル君の顔から完全に色が消えている。いつもは無表情だけど温かい色を浮かべている。今は何も見えない。
「行くよ、早乙女さん。 ......あ、そうだ。 この人、俺の彼女だから今度ちょっかい出したら本気で許さねえからな」
......ん?
え、え?彼女、え?
混乱するまま教室から連れ出されていく。
夕日が沈み、薪の残り火のような色で山を染める。
私の心臓が、生まれて初めてのレベルで高鳴っている。テレビのホラー番組でもこうはならなかった。
「あ、あのあの......か、彼女、じゃない。 助けてくれてありがとう」
「ん? いや、俺が甘かった。 危険な事になって、すまん。 まあ、ああいうことするよな......」
遠くを見つめたハル君の眼は、とても悲しそうで辛そうだった。
私はそれ以上なにも話しかけられなかった。
彼女って......どういう事だろう。
ピピピピッ、ピピピピッ......。
目覚ましのアラーム。......ああ、鳴ってしまった。あれから私はずっと考えていた。
ハル君の彼女発言について。どう受け止めれば良いんだろう......ほ、本当に、本当の彼女なのかな。
い、いや、彼女なわけ無いよ。だって私だよ?こんな地味な子、誰が好きになってくれるの?
そうだよ、多分、私を守るための「嘘」だ。
そういえば、ずっと気になっていて、でも聞けないでいる事......
なんでハル君は、私を守ってくれているんだろう。
「......あ、おはよ。 おい、どうした!? 眼が真っ赤だぞ」
「あ、ご、ごめん。 気持ち悪いね、ごめんね」
「いや、気持ち悪いとかじゃねえよ! 心配してんのに」
「し、心配? ごめん......ちょっと眠れなくて」
頭がぼーっとする。睡眠時間、約十五分。最高記録だ。
イジメが激しかったときでも、もう少しは眠れた。
駄目だ思考能力が......。
「ああ、昨日の......あんな事があったんだ。 仕方ねえよ」
「本当だよ、急に彼女なんて言うから......本気にして良いかわからなあああああああああ!!!!!」
ビクッとするハル君。や、やばい!私、なに口走ってるの!?
ご、誤魔化せた!?
「あ、ああ、いや、ごめん。 もうお前にちょっかいかけられないようにと思ったんだけど......成り行きで彼女とか言われても、嫌だったよな? 無神経でごめん」
「そ、そうだよね。 私こそ、ごめんなさい」
沈黙。ああ、私が変な事聞くから。......あれ、でもなんだろう。懐かしいな、この感じ。
私とハル君がまだ一緒に登下校し始めたばかりで、と言うか誘ってくれて初めて一緒に帰った時だったか。無言が辛くて私、確か......
「今日さ、シュークリーム食べに行こう......学校終わったら」
そうだ。私、無言が辛くて好きな食べ物、シュークリームが好きって言った。
ハル君、覚えていたのかな......嬉しい、かも。
ふわりと風が二人を包む。暖かな日差しの中で、ふわふわとしている。
頭も朦朧としているから。今ならそれのせいに出来る。
ハル君の彼女に......なりたい、かも。
キーンコーンカーン......
「ごめんなさい! 掃除で遅れちゃって......」
「いいよ、仕方ないだろ。 謝るなよ......ほら、行くぞ」
「うん!」
やがて私達は目的地のシュークリームのお店に来た。ここは色んなお菓子がある洋菓子専門のカフェで、中でもシュークリームが絶品だ。クリームが甘過ぎずくどすぎず、紅茶との相性もばっちり。
「美味しいね、ハル君」
「うん、美味い。 って、お前......白いお髭はえてるぞ」
「ええっ!? どこ」
「ここ」
彼が不意に顔を寄せる。顔、近い!!!
唇の上辺りをなぞりクリームを指で拭き取った。
「......っと、おっけ」
その指のクリーム、どうするんだろう......ぱくっ。ぱくっ!?
「あ、ご、ごめん、つい......すまん」
「だ、大丈夫。 あはは」
周りの席から視線が向けられているのが分かる。は、恥ずかしい。
けど、これってやっぱりカップルに見えてるのかな?それは、ちょっと嬉しいかも。
それから、幾つかの月日がたった。ハル君は、休日に私と出かけたり、一緒に遊んだりしてくれてとても幸せで楽しい日々を過ごしていた。
あのイジメられていた頃からは想像も出来ない......積み重なり続ける幸せな時。
ふと、窓の縁に飾ってある押花を眺める。私が好きな花。ハル君はいつも何も聞いてなさそうで、実はしっかり聞いている。
これもそうで、以前、何気なく言った私の好きな花を覚えていて、誕生日にくれたやつだ。
「ふふっ......ハル君、これくれた時すごく顔あかかったな」
――けれど、そんな日々はやがて終わりを告げることになる。
「ハル君!? どうしたの? 顔が青い......病院行こう」
下校途中、ハル君がふらついてその場にしゃがみこんでしまった。
「いや、大丈夫......ちょっと最近、睡眠不足気味なだけ。 ゲームのし過ぎだよ。 ははっ」
嘘だ。ハル君は嘘をつくとき必ず目をそらす。
でも......聞いても言ってくれないって事は、聞くなって事だよね?
「ありがと。 もう、大丈夫......遅刻する。 行くぞ」
それからハル君は度々体調の悪そうな様子を見せた。
どうしたんだろう?ハル君に何かが起きているのは間違いない......ハル君。
私、ハル君に何もしてあげられないのかな。ハル君は私の事たくさん助けてくれたのに。
どうすれば、良いんだろう。
......もう一度、聞いてみよう。話したくないことかもしれないけど、話してしまえば、悩みだとしたら吐いてしまえば少しは楽になるかもしれない。
それに、私はバカだけど、もしそうなら聞くことで解決の糸口を見つける手助けになるかもしれない。
決めた。私がハル君を助ける番だ。
――はっ
真夜中目を覚ます。
俺は、あの日からあの人の影に憑かれ、あまり眠る事が出来なくなった。
俺が、今のこの学校へと転校してきたのは、理由がある。それは、前の住んでいた町に居られなくなったから。
ある事件をきっかけに、俺とその家族が嫌がらせをうけるようになった。
家の壁にはスプレーやペンキで「死ねよ」「人殺し」など文字がかかれ、郵便受けにも「消えろ」「くず」と書かれた手紙が入るようになり、酷いときは窓ガラスを割られた事もある。
「まあ、自業自得なんだけどな」
俺はある女子生徒をイジメていた。
それは、からかいの延長線で、いつのまにかその行為はエスカレートしていき、その人を死に追いやった。
ある夜、まだ雪の残る寒い頃。その女子生徒を呼び出し、水面に映る月に飛び込めと命じた。
月の名前が入ったタイトルの本をよく手に持っていて、読んでいたから、それを引き合いに「どれだけお月様が好きなのか見せてよ」と謎のいじり方をした。
けれどまさか、本当に飛び込むなんて。
冷たくなった体を、自分達の着ていた衣服でくるんで暖めながら救急車を待ったが、手遅れだった。
俺達はついにその彼女のその短い人生に幕をおろさせてしまった。
その日から、夢か幻か彼女の影が見えるようになった。
満足に眠ることも出来なくなった。
まあ、当たり前だよな。
ふざけて遊んで、その遊びの延長線......本当に馬鹿げてるし、救いようがない。
人の命をおもちゃにするなんて。
これが後悔先に立たず......だから。
俺は死のうと思ったんだ。
最後に、イジメられている人を助けてから、奪った命の分を救ってから、死のうと。
わかってる。決してあの人の命のかわりなんて事にはならない。
あの人の命はあの人のもので、それにはそれの人生があった。
だけど、死ぬのなら......せめて誰かを救ってから。
そして彼女とであった。
やっぱり、イジメっていうのは何処にでもあるもので、この学校にもそれはあった。
典型的なイジメられッ子の彼女は、陰鬱とした笑みを浮かべていて、最初は様子を見ていたが、やはり先生も生徒も守ろうとはしていなかった。
自分へと標的がかわることを恐れているんだろう。まあ、それは仕方ない事だ。
イジメを見ていれば、こうなりたくないなんて誰でも思うし、怖くなる。
それは先生も例外ではなく、それによって自殺まで追い込まれたりするのだから、あまり触れたくはないだろう。
だから、俺が救う......生きている価値もない、俺が。命を対価にしてでも、体を張って守る。
それから、彼女の側にいるようになった。いつでも守れるように。
最初はおどおどしていて怖がらせていたから、一緒に居ない方が良いのかなと思った。まあ、そりゃそうだよな。急にこんなやつに近づかれたら怖いよな......。
でも、今では、普通に接してくれるようになったし、笑顔もたくさん見せてくれるようになった。
登下校や学校以外での一緒に過ごす時間も増えた。
そしていつのまにか、俺は......彼女の事を、早乙女ミキを好きになっていた。
ドジな所も、笑うと見える八重歯も、俺を見つけた時にくしゃっとなる笑顔も......好きになってしまった。
けれど、駄目だ。俺は、人の命を奪った奴だ。そんな奴が人を好きになって、幸せになりたいだなんて......許されない、だろ。
そして、イジメからミキを救った時から見なくなった、あの人の影がまた頻繁に現れるようになった。
わかってる
わかってるよ。
ちゃんとそっちにいくから。
そして、あの日、イジメからミキを限り無く遠ざける事に成功した。あの時の動画はミキにも渡してあるし、バックアップもある。
取られたり無くしたら俺に言えと言ってある。だから、俺が居なくなったあとにミキが、俺の家族に助けを求めればPCを探ってすぐにまた彼女の武器になるだろう。
これで、もう大丈夫。多分、安心だ。
もう、頃合い。これ以上は、多分ミキも辛くなるだろ。
それに仮にでも、こんな「人殺しの彼女」なんて......俺が嫌だ。
明日、ミキにお別れをしよう。
朝、雪が積もっていた。
その寒さに起きるのが億劫だったけれど、早く支度をしなければハル君が迎えに来てしまう。
「急がなきゃ......!」
けれど何故だろう、なんとなく......今日は、何か嫌な予感がする。
ふと見ると、ハル君に誕生日で貰ったクレマチスの押花の額縁が割れていた。
「え、嘘......どうして!?」
いつも登下校時に通り掛かるお花屋さんで、可愛いと私が言っていたのをハル君が覚えていてくれて。
これは、それを押花にして誕生日にくれたモノ。
だから、気をつけて扱っていたはずなのに。物に当たった形跡もないし......どうして?
「ミキー? ハル君くるわよー! 早く起きなさい!」
母の声にハッとし、支度を再開する。額縁......かえなきゃ。
「......おはよ」
「うん、おはよう!」
また顔色が......まだちゃんと眠れてないんだ。
「あ、あの、ハル君! ちょっと話があるの。 今日、帰りいつもの公園行かない?」
ハル君は一瞬間が空いて、すぐにいつもの笑顔になり、良いよ。と言ってくれた。
......あ、でも、外寒いか。カフェにしようかな。そう思いながらハル君を見ると、気のせいか、すごく寂しそうな顔をしていた。
「早く行こう。 遅刻するぞ」
私の視線に気がついたハル君は、誤魔化すように歩くことを促す。その不思議な態度に、私は場所をカフェにしようと言うのを言い忘れてしまった。
授業中、ふと思い出す。
ハル君と出会ってから今まで、私はたくさんの笑顔を彼に貰った。
例え、仮初めの恋人同士でも。私はハル君の事、好きだったし。
たくさん遊んでくれた。多分、そんな必要はなかったのに、お休みの日にも予定が無かったら何処かへ連れていってくれて、その度に笑顔と喜びと......そして、想い出が増えた。
イジメられていたあの頃からは考えられない。
良かった。死なないで......ハル君と出会えて。本当に良かった。
そうだ、この気持ちをハル君に伝えるんだ。私は、ハル君を支えたい......ハル君の事が好きだ。
大好きだ。
だから、私が出来ること、見つけよう。
白い雪
落ちて行く
まるで、募り募る
私の想いと、彼との想い出のよう
ふと思う
それならば
温かな私の心で溶けて消えてしまうのかな
窓の外を眺めながら、暗くなり行く空の雲に想いをとかす。
「今日もお疲れ。 ......帰ろう」
「うん、ハル君もお疲れさま......」
二人で並んで歩き出す。雪の上に、刻まれる足音。
ふと目にはいるお花屋さん。ハル君のくれた花を思い出す。
二人で入ったカフェ。スイーツ食べた。あんまり食べたら太るぞと言われて、軽いけんかになった。
あそこの、長岡さん家......飼っている犬が急に吠えてきて、ハル君がびっくりして私に体当たりしてきた。
転んだ私を心配して、謝りながら手を差し出してくれた。
あれが、はじめて手を繋いだ時だ。
たった七ヶ月なのに、ずっと一緒にいてくれたから......
もう何年もいるみたいだね。
そして、この公園。私が悩みを聞いてもらっていた。
「ハル君!」
私の少し張りのある声で、急に名前を呼ばれ、ビクッとなるハル君。
割とビビりなとこも好きだ......言ったら怒るかもしれないけれど、目を見開くのがとっても可愛い。
「な、なんだ? 急におっきな声あげるなよ。 びっくりするだろ」
「ふひひ」
「む、なに笑ってんだよ」
ふーっ......よし、大丈夫。今の私なら、ハル君のくれた勇気と想い出があれば、言える。
「私ね、気がついた事があるんだ......」
「なに?」
「私ね、ハル君のこと......」
「好きなんだ。」
緊張のせいか、頭がふわふわする。心臓が高鳴り、破裂しそう。
ハル君は、突然の事に目を見開き驚く。
やがて、少し微笑んでこう答えてくれた。
「ありがとう。......俺も、お前のこと」
「ミキの事、好きだよ。」
でも、俺はもう一緒には居られない。
「俺からも、話しておきたい事があるんだ」
「俺、もうずっと前からある人に呼ばれててさ......そろそろ行かないとなんだ」
「でも急にそんな事いわれても困るだろ?」
「だから、ミキには全部つたえておこうと思って」
もしかして、これがハル君の悩み?だったら......聞かなければ。
「ハル君、なに?」
――その直後、聞いてはいけない、と、直感的に理解した。
「俺、実はイジメで人を殺してるんだ」
え?
なにを......言われたの?
イジメで? ???
人を? ハル君が、殺し......え、?
「......軽蔑するよな。と、言うか、もう言葉もかわしたくない......かな」
「ごめん。俺は、だからこんな......ミキと一緒に居られる人間じゃないんだよ」
「だから、今日、お別れをする。俺は、そのイジメで殺してしまったやつの所にいくから、さ」
な、なんで?そんな......それって、ハル君は......。
「い、嫌だ。絶対に!」
「俺は!!......生きていちゃダメなんだ。俺みたいな最低な、人の命をおもちゃにして......だからっ!」
「最低じゃない!私は、ハル君に救われたよ!?私は......ハル君が!」
「ダメなんだよ。俺は幸せになってはいけない。お前といると楽しいし、幸せなんだ......だから、ダメなんだ。 それに、俺は最初からこうするつもりだったんだ」
「お前を助けたのも、その償いで、最初から死ぬつもりだった」
嫌だ嫌だ!絶対に嫌だ!
「......もう、ずっと呼ばれているんだ。その人の影が、毎晩現れて、俺を呼んでいる」
「多分、俺が生きていることを、のうのうと普通の生活していることが許せないんだ」
「もう、俺も限界でさ......だから、行かなきゃ」
ハル君の目が......
わ、私は......でも、ハル君は苦しんでる
私、私はハル君が居なくなるのは、嫌だ。けれど、それは私の気持ちだ。
ハル君は、ずっと苛まれていた......私も死のうと思った事がある。
人が死のうと思うのは、それだけの苦しみや悲しみがあるからだ。
私に出来ること......
そうだ、私には何も出来ない
ハル君のしたことは、私がなにを言おうとどうにも出来ない。
だったら
私に出来ることって......
「......ハル君、それでも。 私には、ハル君が必要だよ」
でも、ハル君が辛いなら、楽になれるなら、良いよ......。
そう言って私は家へと帰る。振り絞った最後の抵抗と笑顔。
ハル君に背を向け、家へと足を向かわせた。
私には、ハル君を救う力は無かった。
それでも「生きて」と言うのは簡単だ。
でも、私には死を思うくらいの辛さはわかる。だから、ハル君が楽になれるなら......。
これって、もし......だとしたら、私、人殺しになるのかな。
俺が、必要......
大きく流れる川。公園を後にし、ふらふらとたどり着いたこの場所は、あの人の命を奪った川に似ている。
俺らがイジメていたから、睡眠薬を服用していたんだよな。それで、意識が朦朧としていて......それにも気がつかずに、俺らはあの人を川に飛び込ませた。
だから、眠るように......。
寒くて、辛くて......悲しかったよな。
川に映る月を見つめていると、後ろにあの人の影が現れる。
......わかってるよ。今、行くから。
彼女を見ると、
ひらひらと、左手を振っていた。
「......」
「......ああ、うん。 わかった」
家に帰って、お風呂にはいり、食欲も無いのでご飯は食べずに、眠りについた。
まるで夢のようにふわふわしていた。
さっき、起こったことは......夢なのかな?
夢でも不思議はない。ハル君がイジメで人を......。
なんだか、すごく眠たい。
ハル君......明日も、あえるかな。
机に置いてある、割れた押花。
クレマチスの花に黒い影が落ちた。それは、まるで枯れたように見える。
――そして、私は夢の中へと、落ちていった。
......お前、またそんなに食うのか?三つ目だぞ。
うるさいなー!また運動しに行けばいいじゃん!
はあ、そんな簡単に痩せるかよ......。
むぐぐぐ......じゃあ、わかった!
半分こしよう!
はい、あーん!
むぐっ!?
美味しい?ふひひ。
......美味い。
~おしまい~
読んでいただき、ありがとうございます!
初めて短編を書きました。
もしよろしければ、評価のほうをつけていただけると、ありがたいです。
今後の作品作りの参考にさせて頂きます。
もし、好評であれば連載も考えます。
評価は下の方に☆があると思うので、面白くなければ☆一つでも。
感じたまま、正直な気持ちで大丈夫なので、もしよろしければお願いします。
ブックマーク等も頂けると参考になるので、よろしければ!φ(゜゜)ノ
最後に、貴重なお時間を裂いて私の物語を読んでいただきありがとうございます。
また短編を投稿すると思うので、よろしければ読んでください!
ではではφ(゜゜)ノ