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金貨一枚で



その後、ロードリック卿へ二度目の手紙を書いて送った。

呼びつけて質問責めにしたこと、急に発狂したように取り乱したこと、近衛兵が手荒に扱ったこと、全てを詫びる手紙だ。


ロードリック卿は再び離宮の謁見所を訪ねてきた。

今度は呼びつけていないが、私の口から直接謝罪の言葉を聞きたいということだろうか。

他国の貴族へ剣を突き付けたのだから、謝罪だけでは済まず、金銭の支払いを要求されてもやむを得ない。お金で解決というのも貴族相手に失礼だろうと考え、そうしなかったのだが。

今回のことは大ごとにはしたくない。ソフィー妃や皇太子殿下には内密にした上で、ロードリック卿の本心を確かめたかった。


人払いをし、向き合ったロードリック卿と儀礼的な挨拶を交わしたあと、率直に詫びた。

謝罪内容は手紙に書いたことと同じだが、それに加えて賠償金の支払いを示唆した。


ロードリック卿はすぐに首を横に振り、私の申し出をやんわり断った。


「そんな大袈裟なことはなさらないでください。大抵のご婦人は虫が嫌いですし、剣を突き付けられることなど、世界を旅していれば良くあることですから」


突然発狂したように絶叫した理由を、私は「虫が飛んできて手に止まったため」と近衛兵に説明し、ロードリック卿にもその場でそう釈明したのである。

勿論そんな虫などいなかったが。


「数々の無礼をお許しいただき、ありがとうございます、ロードリック卿。貴方の我が皇太子妃殿下への気持ちは、よく分かりました。いざと言うときには最善を尽くし、ソフィー妃殿下にお力添えしてくださると」


「ええ。その通りです、レベッカ皇女殿下。私も、貴女がソフィー様のことを心から案じておられることがよく分かりました。私もレベッカ様も、想いは同じです。いがみ合う必要はございません。仲良く致しましょう」


柔和な笑みを浮かべる、オリーブ色の瞳をじっと見つめた。

ロードリック卿は悪い人間ではない。むしろ好青年と言える。ただ、根本的に分かり合える気がしないだけで。

溜め息をこらえ、私もなるべく柔和に見えるよう口角を持ち上げた。


「ええ。そう致しましょう」


和解成立、といったところだ。


「そういえば」とロードリック卿が語気を変えた。

「皇太子殿下の側室探しに並行して、レベッカ様のご結婚相手となる候補の選定が行われていると、巷で話題ですが」


「ええ、そのようですね。宮殿が手狭となる前に嫁に出されるようです」


冗談混じりに答えると、ロードリック卿は思いがけない言葉を口にした。


「うちのボスが立候補するそうです」

「ボス?」

「ええ。私がこちらの国へ来てから知り合った、たまに仕事のお手伝いをしている貿易商の事業主です。レベッカ皇女殿下の旦那様候補に名乗りを上げたいと言っていましたから、近々会われるかもしれませんね。いい男ですよ」


貿易商の事業主と聞いてぱっと思い浮かんだのは『ブルジョワ』だ。成金の資本主義者。


「貴族でないなら無理でしょう」と私は一笑にふした。


近頃、経済的に困窮した男爵家や子爵家が、資金目当てでブルジョワへ娘を嫁がせたり、ブルジョワから婿を迎えたりしているという話はたまに聞くが、さすがに上流貴族はそのようなことはない。ましてや私は皇族なのだ。いくら金持ちだといっても、平民に嫁ぐはずがない。


「貴族でないと無理なら、爵位は買うそうですよ。まあ買えるのは『男爵』の称号まででしょうが。どちみち皇族の結婚相手ともなれば、特別な爵位を授けられるだろうから、今は無くても構わないとも言ってましたね」


まるで既に私との結婚が決まっているかのような言い草だなと辟易した。ブルジョワは総じて品がなくて図々しい。


「相当な自信家でいらっしゃるんですね」


嫌味で答えて、にこりと笑っておいた。


貴族でないと無理。

どの口がそんなことを言っているのだろうかと、謁見を全て終えたあとに自問した。

昔の私は皇族でも貴族でもなく、平民の中でも最下層にいたのだ。

家族だった者たちの顔は思い出したが、名前や住んでいた地名などは全く思い出せない。

自分が何歳だったのかも分からない。元々知らなかった可能性もある。


父親は酒浸りでアルコール中毒、母親は長らくふせった末の病死、姉は性病にかかり急死。姉が死ぬまではまだ食べるものはあった。

父親は躁鬱状態で、機嫌がハイなときには腐るほど沢山の肉を買ってきたり、分不相応な高級品を衝動買いした。後に一張羅となる私のワンピースもそうやって買い与えられた物だった。

姉が死ぬと収入源が絶たれ、酒を切らした父親は暴力的になった。よく張り飛ばされたし、食べるものがなく常に空腹だった。

ごみ溜めのような町にあるごみ置き場で、食べるものや少しでも金目になるものを漁った。木屑を口にしたこともある。

あんな日々には死んでも戻りたくない。

そう決意して入水自殺を図ったはずだ。


神に与えられし人生を自ら放棄した者は、二度とこの世に生まれ落ちることができないと聞いたことがある。

それで良かったのだ。もう生まれてきたくなどないと望んだのだから。

なのに、また生まれて来てしまった。

ーーあの死神の仕業か?

咲かせるはずだった私の花を貰い受けたいと死神は言った。

金貨一枚で買ってほしいと私は頼んだ。



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