文学サロン
帰りの馬車の中でソフィー妃は饒舌だった。
件の貴公子と次に会う約束をしたらしい。
そこまで話が進んでいるとは驚いた。
「素性を明かされたのですか?」
「いいえ。お互い秘密のままよ。ただ、彼がよく利用する文学サロンを教えていただいたの。良ければ来週来ませんかって、お招きいただいたわ」
完全に浮かれ気味だ。
こんな義姉の顔は久方ぶりだ。いきいきとしている。
文学サロンで会うくらいは良いかもしれない。サロンと言うからには他のメンバーもいるはずで、二人きりで逢い引きするわけではない。何なら私も同行すればいいのだ。
「文学サロンですか、良いですね。私もご一緒して宜しいですか?」
「ええ、もちろん。一人では行きづらいですもの、レベッカ様も是非。ご友人もご一緒にと彼も言っていたわ」
『彼』は間違いなく貴族だろうし、誘った女性が実は皇太子妃だったと知れば、適切な距離を置いてくれるだろう。
八日後の昼間、私はソフィー妃の付き添いとしてその文学サロンを訪ねた。
開催場所は、詩人として著名なダルトリー子爵の邸宅だった。
客間の一つを文化人に解放し、作品製作や発表、談義の場として提供しているのだ。
こちらも先日のダンスホール同様、誰でも利用できるわけではない。
貴族と上流のブルジョア、有名な文化人に限る。
私たちが訪れたとき、サロンには主人のダルトリー子爵のほかに詩人二名と作家、文学評論家、星の貴公子がいた。
皇太子妃と皇女のお忍び訪問に一同慌てた様子だったが、さすが文化人の集まりで、冷静に対応してもらえた。
特に星の貴公子は私たちの正体を知って唖然としていたが、彼の正体もまた意外なものだった。
貴族は貴族でも、他国の伯爵家の子息だったのだ。隣国よりも遠いメレナという国から、一年前に我が国へ来たそうだ。
政治、経済、異文化などを学ぶため、長期滞在しているとのこと。いわゆる留学だ。
最初は皆で話をしていたが、気付けば話の合う者同士に分かれていて、子爵と詩について語り合う私の傍らでは、ソフィー妃と星の貴公子が小説の話題で盛り上がっていた。
後から聞いたところ、コフィーヌ川から打ち上げられた巨大な鯉が橋ごと人々を飲み込んでしまうという何とも荒唐無稽な小説があるらしく、その結末について感想を述べ合っていたそうだ。
私は読んだこともない作家の本で、兄たちもきっと読まない類いの本だ。
「リックとはすごくお話が合うの。愛読書が同じでびっくりしたわ」
帰りの馬車の中、ソフィー妃は興奮冷めやらぬ感じだった。
星の貴公子、ロードリック卿のことをすでに愛称呼びだ。
「私のことはリックとお呼びくださいませ、殿下」と申し出たのは向こうだけれど。
急速に近づいた二人の距離には目をみはるものがあった。
義姉に良い友人が出来たと喜びたいところだが、複雑な気持ちもする。
義姉は既婚者で、夫は我が兄で我が国の皇太子なのだ。
まあ大丈夫だろう。流石にお互いの立場はわきまえているはすだ。