結婚の理由
私に直接的な悪意が向けられることを回避するために、異職種交流会への参加に反対したジェフだったが、思わぬタイミングでその悪意に直面することとなった。
会の前日、会場となる帝都内の別邸で、ジェフの部下や友人たちと準備をしていたときのことだ。
ジェフは別に仕事があり、不在だった。会の準備に必要な資料が足りないことに気づいた私は、ジェフの部下の一人を伴って自宅へ戻った。
足りない資料は、自宅のジェフの書斎にあると知っていたからだ。
準備中の会場は賑やかで、私たちが出て行った後も会話が弾んでいたようだ。
ちょうど戻ったときにも、賑やかに話している声が聞こえてきた。
「それにしても、ボスが払った金も無駄になったよなぁ」
「ああ、レベッカ様と結婚されたときの。あれだけ払って、国債を肩代わりすれば、もう増税はないだろうって、みんな期待してたのにね。ボスはそのために皇女と結婚したようなものだって聞いたけど」
「結局、関係なかったよな。皇族がつまんねえことを思い付くたび、すぐに増税、増税。いい加減にしろよなあ」
会場の入り口前で固まってしまった。
皆が集まっている位置からは死角にあるドアだが、開け放しのため、丸聞こえだ。入室するタイミングをすっかり失ってしまい、かといってこの大事な資料を持ったまま、逃げ帰るわけにもいかない。
後ろで、私と同じく固まっているらしいジェフの部下の気配を感じる。いま振り返って、彼の顔を見るのも居たたまれない。彼は、彼らの同僚だ。
よし、明るく入っていこう。何も聞こえなかった。
と意を決したとき、背後からぽんぽんと軽く肩を叩かれた。振り返った私をさらっとかわして、部屋へ入って行ったのは、エドウィンだった。
「悪い、遅くなった。どこまで終わってる?」
「ああ、エド。もうほぼ終わってて、後はアンケート用紙をーーあっ、いまレベッカ様がご自宅に取りに戻られてて……」
「ああ、それでか。さっきリンドグレーンの馬車がとまったから、もうじき来るだろう」
一呼吸置いて、入室した。
エドに借りが出来てしまった。
会場の準備が全て終わり、皆を見送ってから帰るつもりでいると、エドから声がかかった。
「レベッカ、ちょっといいか。話がある。そう時間は取らせない。帰りは俺が送ってくよ」
私は頷いて、事業所まで送り届けてくれる予定だったジェフの部下を先に帰らせた。
「さっきのみんなの話、気にしてるよな?」
「さっきの話? 何のことかしら」
「気にしてないならいい。俺の思い違いだ。ジェフは最近、ちゃんと寝て飯食ってるか?」
「最近……三日前に会ったときには、寝不足そうだったわ」
「三日前か。他人事みたいに言うよなあ」
苦笑するエドに少しむっとした。
「そんなこと言われたって、会えないんですもの。ジェフのスケジュールはぎっちり。私も同行したいと願い出ても、何かと理由をこねて、ついて行かせてくれないんだもの。新婚のときは、嫌になるくらい側に置きたがったくせに」
ほんとそれだ。溜め込んできた不満を口に出し、その言葉を聞いて自分で共感した。ほんとそれ。
「はは、男ってそういうもんだよ」
「むかつきます。ニヤニヤ笑わないで」
「いやぁ、羨ましいよ親友が。奥方に愛されてて。結婚してもう三年近く、だよな?」
エドとの付き合いも同じくらい長くなったということだ。
前世で会った死神とエドの風貌が似ているせいもあり、打ち解けるなんて無理だと最初は思ったが、ジェフを介して付き合いを続けるうち、気の置けない男友達となった。
ジェフと子供時代からの親友で、仕事でも協力し合っているエドは、私にとって最も信頼に値する他人だ。
「ねえ……、ジェフが私と結婚したのって、増税を阻止するためだったって本当?」
エドはにやにや笑いをやめた。
「知らん。もしそれが本当なら、そりゃまた随分遠回しな方法だな。俺は理解できん。あれこれ憶測して落ち込むようなら、本人に直接聞いたほうが賢明だぞ」
エドは安易に気休めを言わない性格だ。
だから優しくないと言われ、恋人と続かないのだろう。




