仮面舞踏会
エイマーズ伯爵夫人の主催する仮面舞踏会は、ダンスホールを貸し切って盛大に行われた。
近衛兵を伴って、馬車で会場へ向かった。隣にはソフィー妃。
皇太子妃らしからぬ派手なドレスに身を包んでいる。仮面舞踏会では仮面のみならず、衣装も普段とは雰囲気を変えて、別人に変装するという趣向だ。
私も普段は着ないような深紅のドレスに身を包んでいる。これで仮面を着ければ完璧に正体不明だ。
「ドキドキしますわ」とソフィー妃が馬車の中で言った。
「ですね」
久々のお忍びでの外出。非日常に刺激を感じ興奮している。少し悪いことをしている、という感覚も興奮に寄与していた。
私たちは共に十六歳で、生まれついた境遇も同じ。衣食住には何一つ不自由がないが、古いしきたりとしがらみに縛られ、自己の意思で自由な人生は歩めない。
このくらいの気晴らしは必要だ。
ダンスホールへ着いて、伯爵夫人から贈られた会員証を二枚提示して入場した。
今回の舞踏会は平民も参加可能なため、夫人からの招待状は必要ないが、このダンスホールの会員であることが入場条件であるらしい。
平民といっても誰でも参加できる訳ではなく安心だ。会員になるためには会員からの紹介と、高額な会費が必要だ。
会場にはホール運営者の護衛が配備されているため、伴ってきた近衛兵は会場外で待機させるのがマナーだ。
ソフィー妃と二人で連れだってダンスフロアへと進んだ。
曲が流れている最中だったが、私たちの登場に会場が色めきたった。
全員がダンスに興じているわけではなく、ワイングラス片手に談笑していた者や、一輪の薔薇を胸に差して佇んでいた男たちが、一斉にこちらを見た。
男たちはその一輪の小さな薔薇を差し出して、女性をダンスに誘う。
女は余程のことがない限りそれを受け取り、髪に差して、一曲分のダンスを共に踊る。同じ相手と続けて踊ることは出来ない、素性は名乗らない、というのが仮面舞踏会の主なルールだ。
髪に差した薔薇の数で、今夜のクイーンが決まる。ちなみに薔薇は大量に用意してあり、会場の従業員が花籠を持って立っている。
曲が終わると同時に、すっと目の前に一輪の薔薇が差し出された。
ソフィー妃も同様だ。私たちはそれを受け取り髪に差し、見知らぬ相手にエスコートされてフロアの中央へ出た。
曲が始まった。聞き慣れたワルツだ。
最初に踊った相手は羽根付きの奇抜な金色の仮面を着けていたが、身なりは普通で、ダンスも普通に上手かった。
二番目に踊った相手は黒い仮面を着け、銀糸で星座が刺繍されたタキシードを着ていた。身のこなしが優雅でそつがない。
その後三人目四人目と踊り、少し疲れたので二階の観覧席へと移動した。
吹き抜けの広いダンスホールの、階段を上がれば階下を眺められる席があった。踊りに来たが踊る気分ではない、皆と談笑する気分でもないという者のための避難スペースだろう。
思ったよりも退屈だった。
平民一緒くたの、もっと活気のあるパーティーかと思ったが、貴族だけで開くものとさほど違いがないように思えた。
本当にここに平民がいるのかと疑問に思うほど、どの者も上等な衣装に身を包み、上品で優雅だ。
平民といっても、貴族よりも財力のある成金のブルジョアが、年々その勢力を拡大していると聞く。
隣国との戦争により国土、特に地方は荒れたが、彼らが事業拠点としているのは主に植民地諸島であったため、本土ほど影響がなかったのだ。むしろ戦争中も着々と事業を拡大してきたと言える。
納税と納品で国へ大きく貢献してくれる大事な存在だが、力を持たれすぎても困るというのが、私たち皇族や貴族の本音だ。
ふと階下に目をやると、ソフィー妃が踊っているのが見えた。
軽やかなステップ、男の腕にそっと添えられた手。くるりとターンを決めるとドレスがふわりと広がり、花が咲いたように見える。
星座模様の刺繍が入った、紺と白のタキシードを着たお相手は、私とも踊った男だ。
彼はきっと貴族だろう。
姿勢と身のこなしが特に美しく、エスコートのスマートさといい、昨日今日で身に付いたのではないと感じる気品があった。
輝くような金髪に、すらりとした手足。仮面から覗いたオリーブ色の瞳は、上品な笑みを含んでいた。
それにとても良い香りがしたな、と思い返していると曲が終わった。
ソフィー妃と星の貴公子はダンスが終わっても離れず、手を取り合って談笑場の奥にあるテラスへと向かった。
妙な胸騒ぎがした。
えっ、まさかいい感じになったりしませんよね?
ちょっとお話するだけですよね?