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第6章

「ようこそおいでくださいました皆様!」


 ナゴヤは商業国家であるため、陸側は城壁に囲まれているが港側は常に開かれている。

 フジノミヤは海中に防波堤も兼ねた壁を建設した箇所もあったが、ナゴヤは利便性を考えてかそんな物はなかった。

 その港の中心辺りにある、最も豪華なレンガ造りの邸宅に案内された康大達は、扉を開けると同時にそう歓待を受けた。


「えっと……」

 想像以上の出迎えに康大は呆気にとられる。

 こういう時、強いのはハイアサースだ。

 特に動じた様子も見せず、「貴方は?」と平然と聞いた。


「これが失礼を。私、このナゴヤでつつましく商いをさせていただいているワーメント・マイグルと申します。以後お見知りおきを……」

 そう言って男、ワーメントは深々と頭を下げる。

 まさか国王同然の人間が直々に挨拶に来るとは、康大も予想外だった。

 ただ、態度は慇懃なのだが、それに心が籠っている気が全くしなかった。


 康大も軽く会釈し、ワーメントが頭を上げる。

 そこではっきりと見たワーメントの感想は、


(なんか胡散臭い……)


 その一言に尽きた。

 

 年は50ぐらいだろうか。髪は豊かで中肉中背と、見た目は良い方かもしれない。

 ただその全身から醸し出される空気が、どうしようもなく怪しかった。服には宝石がちりばめられ、それだけで一財産築けそうなほど煌びやかであり、10本の指全てに指輪をはめている。首もネックレスだらけで、とりわけホイッスルのような飾りがあるネックレスは、康大から見てもセンスがかけらも感じられない。おそらく貴金属だけで赤ん坊ほどの重量があるだろう。


 また、銀髪を何かの整髪料でオールバックにカチカチに固め、目は異常に細く垂れさがっている。年の割に目尻にしわが多く、その笑顔はまるで張り付いているようであり、好感が持ちにくかった。

 何より癖なのかずっとしている揉み手が、どうにも気になる。


 どんな人間にせよ、ワーメントが典型的な成金かつ、裏も表もある生粋の商人であることは間違いなさそうだった。

 その成金商人が、いったい自分に何の用なのか。

 金目のものなど一切ない康大には、心当たりが全くなかった。


「まあこんなところで立ち話もなんですから、こちらへ」

 そう言ってワーメント自身が邸宅の奥へいざなう。

 どうにも信頼できなかった康大は、圭阿に目配せして警戒を怠らないよう注意しながら、その後に続いた。



 使者の言葉通り、様々な海鮮料理が所狭しと連れてこられた大広間のテーブルに並べられていた。

 とても康大達だけで食べられる量ではない。今まで夕食を取っていたのだからなおさらだ。


 それでもハイアサースだけは平然と、侍女に勧められるまま椅子に座り、早くも臨戦態勢に入る。

 リアンも同様に、特に臆した様子はなかった。圭阿は言わずもがな。


(うちの女性陣は何でこうも鬼メンタルなんだろう……)


 康大はつくづくそう思いながら、指定されたワーメントの隣に座る。


「改めてご挨拶をば。このナゴヤで取りまとめ役のようなことをしているワーメントと申します。以後お見知りおきをコウタ子爵」

「どうやら私のことは知っていたようですね」

「ええ、それはもう!」

 ぱんと、わざとらしく手を叩く。


 その行為だけでなく、一挙手一投足の全てがわざとらしい。

 この男と話していると、まるで自分が三文芝居の相手役にさせられたかのようだ。

 康大は内心うんざりしつつも、表面上は引きつった笑いを浮かべることしかできなかった。


「コウタ子爵と言えば、まだ仕えてから日が浅いにもかかわらず、あのライゼル将軍と並ぶアムゼン殿下の懐刀と呼ばれた方ですから! ええ、それはもう!」

 揉み手のスピードを上げ、ワーメントは康大ににじり寄る。

 康大は苦笑することしかできなかった。


 まず、自分はアムゼンにとっては使い勝手のいい道具にすぎないし、ライゼルとは物理的に並んだだけで委縮してしまう。そんな自分が懐刀とはちゃんちゃらおかしく、康大には元の情報がかなり間違っているように思えた。

 ただ、他国にいながら新参者の自分に関する情報すら集めた能力は脅威的だ。


「それで、噂のコウタ子爵にぜひお会いしたいと思いまして。商人の端くれのような私ですが、人を見る目には自信があるのですよ、ええ!」

 そう言って康大の手を取る。

 美女相手なら康大も素直に喜んだが、中年の男ではあまりいい気はしない。

 ただ、どうもその行為は親愛の情からくるものだけではないようだった。


(ん……?)


 手に妙な感覚を覚え、ワーメントが離した後の掌を見る。

 そこには小さな革袋が置かれていた。

 続いてワーメントの表情を見ると、先ほどと変わらずニコニコしている。ただその笑みは少し前よりさらに邪悪に見えた。


 康大は少し考えてからしその革袋の中を開けてみる。


(うわ……)


 中にはきらびやかな宝石が入っていた。

 このセカイでどれぐらいの価値があるかは分からないが、現実セカイなら数百万はくだらないように見えた。


 つまり賄賂をもらったわけである。


 康大としてはもらう理由などない。

 おそらくこれから便宜を払ってもらうつもりで渡されたのだろうが、自分にそんな力など全くないのだ。

 処分に困った康大は隣のザルマに相談する。


「(どうしよう?)」

「(もらっておけ。()()()()でもあるまい)」

 ザルマは袋の中身を一瞥し、そう言い切った。

 数百万の賄賂もザルマのような貴族からすれば、大した額ではないらしい。

 食事に夢中のハイアサースがもしこのやり取りに気付いたら、呆気に取られて開いた口が塞がらず、そこからスープがこぼれただろう。


「(いやでもこれ賄賂じゃ……)」

「(取るに足らん()()()()だ。子爵にもなればこの程度の贈物を、これからいくらでも貰うことになる。慣れておけ。それにこれから色々と入り用にもなるからな)」

 そう言いながら、ナイフとフォークで上品に白身魚のステーキを食べていく。


 ザルマもこういう場面では、本当に上流階級の人間だ。

 康大は悩んだ挙句、革袋を乱暴にポケットに押し込んだ。

 何か、いつまでも見ていると不安になり、飯が喉を通らなくなる気がした。


 康大が賄賂を受け取ったことに安心した表情を浮かべるワーメント。

 尤も、それさえもこの男がするとかなりわざとらしかったが。


「それで子爵様、聞いた話によるとこれから都に向かうとのことでしたが」

「・・・・・・」

 康大は返答に窮した。

 まさかそんなことまで知られているとは夢にも思っていなかった。

 肯定しても問題があるし、否定してもぼろが出る気がしてならない。


「それを答える義理もない」

 黙している康大の代わりに、ザルマが返事をする。

 そもそも最初からこういう場ではザルマが対応すべきだった。

 そうさせなかったワーメントの話術の巧みさもあったのだが。


「ほう、これは手厳しい。ですがもし都ヘ向かうのなら、ぜひ我がマイグル商会をごひいきに。尤も、今は色々と()()()()()()()が起こっているようで、選択肢もそう多いわけではありませんが……」

 ワーメントはザルマに対しても慇懃な態度をとる。

 ザルマも実質国王と言っていた割には態度が横柄だ。

 康大は2人の態度に少なからぬ疑問を覚えたが、これはこのセカイでは別に珍しい事でもない、当然のことだった。


 士農工商の様にお上が決めたはっきりとした身分統制があったわけではないが、暗黙の了解で、このセカイでもそれに似たようなものがあった。士、つまりこのセカイにおける貴族は、たとえどんな下の身分であろうと、商人よりは地位が上だと、ほかならぬ商人達自身も思っていた。


 ただし、そこには"名目上"という注釈はつくが。


 現に貴族を家来のように使う商人も珍しくはなく、ワーメントも下層貴族の何人かを手ごまとして抱えていた。それでも表面上は彼らの体面を慮り、あくまで下手に出ていたが。

 逆にプライドさえ満たせば意のままに操れるのだから、これほど楽な相手もないとも言えた。


「もしよろしければ、ここから都までの馬車を用意しましょうか?」

「結構だ。我らは我らの予定通り事を運ぶ」

「それは重畳……」

 ザルマの態度から説得は無理と判断したのか、ワーメントはそれ以上は無理強いをしなかった。

 ザルマも特に反応は見せず、平然とワインを飲む。


 こうしてあまり楽しめない晩餐会の時間はすぎていった……。

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