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第4章

 アムゼンと会った当日――、に出発するのは馬車や通行証の手配などが間に合わなかったため、翌日の早朝、康大達はフジノミヤ王都を立つことになった。

 なおそのわずかな時間に圭阿は必至で件の料理人を探したが、結局見つけることはできず、八つ当たりでハイアサースへの嫌がらせだけが増えた。


 ただ中にはそんなくだらない時間の使い方ではなく、もっと重要で深刻な時間を送っている仲間もいた――。


「なあザルマ、その、聞くべきかどうか悩んでたんだけど」

「ジェイコブ様の事か」

 御者席のザルマは振り返らずに答えた。

 康大は本人が見ていないと分かっていながら、小さくうなずく。


 あの後――マリアからジェイコブの危篤を聞いて以後、ザルマはすぐにジェイコブの元に向かった。

 それには仲間の誰も付き従っていない。

 圭阿もさすがにピザよりそちらの件を優先させようとしたが、マクスタムに新参を理由に断られた。

 その後、ジェイコブが死んだという話は聞いていないが、ザルマが何か重大な話をしたことは明らかだ。


 本来なら部外者である康大に聞く権利などなかったが、その一方で立場的には聞いておかなければならない気もしていた。

 ジェイコブの死を受け入れ、マリアの相続の保証人になったのは他ならぬ自分なのだから。


「ずいぶんやつれておられたよ。あれから数日しか経っていないのに、な。医術など門外漢の俺だが、さすがにもう先がないことは分かった」

「その、どうしてもって言うんなら看取ってから出発ってことにしても……」

「ふっ」

 ザルマは寂しそうに笑った。


「気持ちはありがたいが余計なお世話だ。ジェイコブ様もおっしゃっていたよ。一度フジノミヤから離れると決めた以上、余計なことは考えず前だけを見ろ、とな」

「そっか……」

「それとお前にも感謝していた。ただ呂律がうまく回らず、言葉が……言葉が……」

 ザルマが不意に目頭を押さえる。

 その時の、あまりにやつれたジェイコブの姿を思い出したのだろう。


 今まで誰からも役立たずとみなされたザルマを、最後まで見捨てなかった主だ。その敬愛は康大には計り知れない。

 ザルマが最期の瞬間までそばにいたかったことは、容易に想像できた。


 その気持ちを押して旅を続けてくれたザルマの決意を、康太も無下にはできない。

 知らぬ間に2人の会話の意味を察したのか、馬車の中がしんみりした空気に包まれる。あのハイアサースですら、腕を組んで口を引き結び、真剣な表情のまま黙っていた。


「あの、ところで」

 不意にリアンが口を開く。

 この空気を変えるためにそうしたのなら、かなりの気遣いだ。

 だが残念ながら、彼女の場合は違った。


「ずっと馬車の内装見てたんすけど、フジノミヤとグラウネシアはこういうところも違うんすね。特に聖書の言葉とか書いてあるのが面白いっす」

 今までリアンが黙っていたのは空気を読んだからではなく、ただ自分の趣味に没頭していただけのようであった。


 どんな状況にあっても彼女は彼女だ。


 康大はため息を吐きながらもそれにこたえる。

 この重苦しい空気が変わって、困ることは何もない。


「ていうか、好奇心旺盛すぎだろ」

「いやあ。自分気になったものは調べてみないと気が済まないんっすよ。そのおかげで色々な言葉も覚えたんすけどね。ここに書かれている聖書の言葉も、古語だから多分フジノミヤの人も、気付かずに乗ってるんじゃないっすか」

「ほう、どれどれ」

 本職のシスターであるハイアサースが今までリアンが読んでいた馬車の文字を読む。


「……フォートラ語のように見えるが、微妙に違うな。これは私でもところどころの単語しか読めん。たいしたものだ」

「へへへ……」

 照れ笑いを浮かべるリアン。

 グラウネシアでは扱いがぞんざいだったため、褒められることに慣れていないのかもしれない。


「……じゃあこういう字は読めるか?」

 康大は試しに床に指で漢字を書いてみた。

 リアンもさすがにそこまでの知識ななかったようで、「それは知らない言葉っす」とすぐに白旗を上げる。


「それはコウタ子爵の国の言葉っすか?」

「ああ。ただ、こっちのセカイでも使われてたみたいだから、ひょっとしたら知ってるかと思って」

「うーん、自分が今まで見たものにはなかったっすね。ひょっとして魔術系のみで使われてたかもしれないっす。自分はそっち系に関しては全く興味ないっすから。王都での魔法を知ってたのも、本当に偶然っす」

「なるほど」

 どうやらあのゴーレムに関しては謎のままらしい。

 尤も、ゴーレムが作られたのがつい最近というわけではないあたり、作った人間を知ったところですでに死んでいる可能性が高いが。


 そんなことを話しているうちに、最初の国境に到着する。

 国境には砦……というか関所があり、都に向かうためにはこの関所を国ごとに何回か通らなければならない。

 康大はすんなり通れるといいなと思いながら、応対したザルマの様子を見ていた。



「……結構関所って緩いんだな」

 4つ目の関所を越えたあたりで、康大は思わずつぶやいた。


「それは我が国の……ひいては陛下のお力によるものだろう」

 ザルマは自分の事のように誇らしげに答える。


 これまで通ってきた関所は、ザルマが色々交渉するまでもなく、ほぼ素通りだった。

 関所を守る衛兵たちは、グラウネシアの公式な馬車を見ると、台車を調べるところか通行証を求めることすらなく、通り抜けることを許したのだ。

 軽く中を覗いて人数と人となりの確認ぐらいはされたが、女3人に頼りない男1人という構成を知ると、扉を開けることすらしなかった。


 ここまで簡単だと肩透かしもいいところである。

 コウタは国外に出てから、フジノミヤの国威を知ることになった。


「ま、そういうことだろうな。今まで賄賂とかしっかり渡してたのかな?」

「日ごろから頻繁に都に向けて使者を派遣していたことも、理由の一つでござろう。それで衛兵たちもいつもの連中かと思い、あえて調べなかったやもしれませぬ。拙者のいたせかいでもそういう事はありました」

 圭阿が康大の疑問に答える。


「なるほどな。ところで圭阿の元ご主人様も、京都……じゃなくてお庭番とか言ってたから江戸か、そこに使者を送ってたりしたん?」

「なぜ京都なり江戸なりに使者を?」

「天皇や将軍……って役職はそっちのセカイにはないかもしれないか。とにかく一番偉い人がいるのは、そのうちのどっちかだろ?」

「どうやらその点は康太殿のいたせかいとは違うようでござる。王府があるのは松本でござるよ」

「松本……あ」

 康太の脳裏に汎用で人型な決戦兵器が思い浮かぶ。

 どうやら、ある意味で圭阿のセカイは一歩未来を先取りしていたらしい。


「康大殿、何故そうしみじみとした顔をされるので?」

「いや、なんというかロマンだなあと」

「?」

 圭阿には全く意味が分からない。

 地名すら初耳の他の仲間達にはなおさらだ。


 そんなことを話している間に日も暮れ、これ以上の旅程は難しくなる。

 そこで康大達は4つ目の関所があった国の最も大きな街で、一泊することにした。


 その国の名前は――。

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