第3章
「責任重大だな!」
部屋を退出するのと同時に、他人事のようにハイアサースが言った。
実際他人事であるのだからしようがないのだが。
康大は乾いた笑いを浮かべる。
「正直、面倒なことになるとは予想できてたんだよ。むしろそう思ったことで余計なフラグが立っちゃったのか……」
そして深くため息を吐く。
そんな康大の肩をハイアサースがバシバシとたたいた。
「ふらぐとか意味がよくわからんが、とにかくそれだけお前が期待されているということだ! 婚約者としても誇らしい! ザルマもそう思うだろう?」
「そうだな……」
ザルマは顎に手を当て、少し考える。
「……誇らしい気持ちも当然あるが、同じ男として嫉妬する部分もある。もう20年以上も宮仕えをしているというのに、俺などまだアムゼン殿下に名前すら憶えていただけないのだからな」
「お前の名前なんぞ一生覚える必要などないだろう」
相変わらず圭阿はザルマに手厳しい。
そんないつもの4人のやり取りを、リアンは興味深そうに見る。
「なんだ、なんか気になることでもあるのか?」
「いや、皆さんよくよく考えてみると身分が大分違うのに、ずいぶんフレンドリーだなーって。本来なら子爵と一般市民が面と向かって話す機会すら滅多にないっすよ」
「あー……まあ……」
言われて康大は改めて自分達の奇妙な関係に気づかされる。
元のセカイの感覚が抜けきれていなければ、それほど不自然な話でもない。
年も近い人間達が集まったのだから、身分を忘れて友達ように話すことは自然だ。
だがこのセカイではその身分を忘れて、という行為がほとんどできない。皆、身分社会のしきたりが体に染みついているのだ。
それでも康大と親しくしている彼らこそ、このセカイでは異常な存在だった。
「まあそこは康大殿の人徳でござるな」
「マイナス方向に働いてるっぽい人徳だけどなー」
不意に話に入ってきた圭阿の言葉に、康大は心無い笑顔を浮かべながら言った。
「まあ確かにコウタさんには何でも話せる雰囲気はあるっすね。何より何を言っても殺される危険性がかほどもないのがいいっす。コウタさん相手なら自分でも勝てそうな気がするっす」
「はははは、吐いた唾飲まんとけよ。まあ勝率は五分五分だろうけど」
脅しにもならない返事をする康大。
そのままなのは爵位だけでなく、威厳も同様であった。
「それで、結局いつ出発するでござるか? 遠くなら拙者もそれなりに準備をしておきたいのでござるが」
「そうだな、確かにすぐ出られるってわけじゃないか」
「いや、なるべく早く出るべきです」
その声は威厳に満ち、また有無を言わさぬ迫力があった。
この場でそんな声が出せる人間は1人しかいない。
「マクスタムさん?」
「お久しぶり……というほど昔でもありませんかな、子爵様」
初めて会った時からは想像ができないほど、慇懃な態度で答えるインテライト家執事マクスタム。
その傭兵然とした顔では、どんな態度を取られても印象はそこまで変わらないが。
ただ康大も、いちいちマクスタムの威圧感に押されて、うろたえたりはしない。
チェリーも含め、くせ者たちの相手はこの短期間で散々してきたのだ、
「えっと、それは、そのー、なんででしょう……か?」
とはいえ、生まれ持った小心者がそう簡単に変わるものではない。
どうしても話を聞くとき、態度が下手になり、話し方もしどろもどろになってしまう。
マクスタムはわずかに苦笑しながら答えた。
「これは風の噂ですが、今都はきな臭い空気に包まれているようです。あまり到着が遅いようだと、戦に巻き込まれてしまうかもしれませんよ」
「またですか……」
まさにリアル戦国時代だなと思いながら、康大はため息を吐いた。
あのゴーレムが闊歩していた現実セカイで言う埼玉あたりが、一番平和だったかもしれない。
それでも行かないわけにはいかない。
現状ゾンビ化を治す可能性は都しかないのだ。
そうなると、マクスタムの勧め通り一秒でも早く出発する必要があるだろう。
マクスタムの話を聞き、康大が乗り気な態度をとると圭阿はがっくりと肩を落とした。
何故準備時間が無くなっただけでここまで落ち込むのか、当人と同じような感性を持つもう1人以外には奇異に見えた。
そのもう1人が、聞きもしないのに皆の前でその理由を説明する。
「ひょっとしてケイア、出発するまでの間に、例のぴっつぁを作った料理人を探すつもりだったのではないか? あれは確かにおいしかったものな!」
「・・・・・・」
ハイアサースの言葉に圭阿は俯く。
その顔は羞恥で真っ赤に染まっていた。
事情を全く知らないマクスタムとリアンはそこまで聞いても何の反応もできなかったが、康大とザルマは「ああ……」と心の底から納得した。
その後ハイアサースは圭阿の陰湿かつ的確な攻撃に「いでえいでえ!」としきりに胸を押さえて苦しんでいたが、取り立てて重要なことでもないのでここでは割愛しておく――。