第20章
「飯だ」
あれから半日ぐらい経っただろうか。
デネボラのぶっきらぼうな声で、康大は起こされた。
あれからうつらうつらしていたのだが、今まで疲労が溜まってていたのか、気づけば自分でも驚くほど熟睡していた。
「はいはい、起きますよっと」
康大は背伸びをしてデネボラが持ってきた皿を受け取る。
そこには数個の、何かボール状のものがあった。
このセカイでは今まで見たことがない料理である。
しかしそれは、現実セカイでは普通に、縁日の屋台があればほぼ100%見かける料理でもあった。
「これは……」
「これも異邦人から聞いた料理だ。ただ、使ってるものがあまり俺達が食わないものだから、昨日は出さなかった。せっかくだし毒見してもらうぞ」
「毒見、ねえ」
康大は皿に乗ったそれを、何の躊躇もなく口に運ぶ。
どうやって作ったのか、ソースの甘みとカリカリに焼けた衣、そして中のタコ状のものが見事にマッチしている。
つまり――。
(うん、どう考えてもたこ焼きだな)
異セカイのタコ焼きを食べながら、康大は圭阿の不運に同情した。
「美味いか?」
「ああ、よくできてるよ」
「そうか、それは良かった……」
デネボラがホッとした顔を見せる。
料理ができるだけあって、女性的な面もあるらしい。
少なくとも、ライゼルの様に人間味が全く感じられない相手ではない。
せっかくなので、康大は先ほどのミーレの疑問を聞いてみることにした。
「なあ、気になったんだけど、この村って女しかいないのか?」
「ああ」
デネボラは康大が呆気にとられるほど、素直にそれを認めた。
隠すほど重要なことでもなかったのか。
それともただずぼらなだけか。
どちらにせよ、今の康大にその判断材料はなかった。
もっとも、重要なのは断られなかったことであり、それならもっと聞けばいい。
「それは男を追放してきたからとか?」
「違う。単純に男は生まれてもすぐに死ぬんだ。セイレーンの男は生まれた時から異常にもろい。カエルがつぶされたような状態で生まれ、呼吸もできずにすぐに死ぬ。女だけが人間と同じ赤ん坊として生まれることができる。なぜそうなったかは分からない。とにかくそういう理由で娼婦の真似事でもしなければ、種を残せない」
「ふーん。じゃあそっちも秘宝があればどうにかなると?」
「・・・・・・」
デネボラは言葉に詰まった。
事実を隠そうとしている風ではない。
彼女は根が生真面目なのか、未だ少ししか話したことがない康大にも嘘がつけない人間だとはっきりわかっている。
元から伝承だけで、秘宝についてそこまで詳しくは知らないのだろう。
数百年前の伝説で盗まれた物なのだから、当たり前と言えば当たり前か。ただ漠然と力を取り戻せる物とだけ、知っているのだろう。
そんな物の為にこんなリスクを負うなど、康大には馬鹿馬鹿しく思えた。いちおう要人を誘拐して一国の権力者と交渉するのだったら、その代償は確実に価値がある物でなければならない。
本当に行き当たりばったりだ。
阿呆とさえ言える。
……それを実際に口に出せば、頭をザクロのように潰されるかもしれないのでやめたが。
「それで、アイチとの交渉はいつ頃になるんだ? いつまでもここにいるのは退屈すぎるんだけど」
「それはアイチ次第だ。エ……クレアが今交渉している頃だろう」
「エクレアがしてんのかよ!?」
康大は思わず天を仰ぐ。
いくら豪商の息子だからと言って、あの少年にまともに為政者と交渉ができるとは思えない。
どうせうまいように使われるのがオチだ。
おそらくアイチとコネクションがある人間が現状エクレアしかいないのだろう。
だが、能力的には不足もいいところだ。
結果は火を見るよりも明らかである。
「なんだ、エクレアが失敗すると言いたいのか?」
「そうだ」
康大は断言した。
デネボラは反射的に拳を振り上げ、それをそのまま壁に打ち付ける。岩の壁には穴が開き、天井から振動で破片が落ちてきた。
これでは顔に当たればザクロどころか粉々だ。
もしデネボラにわずかな理性も残っていなかったら、こんなどうでもいい言葉が康大の遺言になっていたろう。
康大も冷や汗をかく。当たり前のことを言ってここまで激怒するとは、予想だにしていなかった。
どうやら彼女達とエクレアの関係は、自分が想像している以上に親密らしい。
(まあ付き合ってるセイレーンがいるらしいしな)
おそらくその相手はベルーガだろう。あの2人はよく似合っている。そして妹の恋人をけなされたデネボラが激怒した、そんなところか。
しかし、今更吐いた唾は呑み込めない。
何よりこのままではただの悪口とデネボラに受けとられてしまう。
「まだ一日二日しか一緒に旅をしてないけど、エクレアは大人とやり合うには幼すぎる。それに純真だ。友達として付き合っていく分にはいいことだと思うけど、どす黒い政治の世界じゃ弱点にしかならない」
「……じゃあお前は私達に諦めろって言うのか」
「それ以前の問題だ。とにかくすぐにエクレアを連れ戻した方がいいと思うぞ。俺だったらエクレアを人質にして、俺と人質交換を持ち掛ける。そうすりゃ向こうは得られるものしかないからな」
「――――!?」
デネボラの顔色が一瞬で変わる。
おそらくエクレアからは「自分がやるから心配いらない」とでも言われ、それを鵜呑みにしたのだろう。
エクレアだけでなくセイレーンもまだまだ単純なようだ。
デネボラは牢が開いたままなのも気づかずに、そのまま走り出した。
康大はそれを見送りながら、どうしようか考える。
今なら逃げることはできる。
ただそれはあくまでこの牢に限った話で、デネボラが去って行った出口の方には、他のセイレーンが警備しているかもしれない。彼女達が康大に紳士的に振舞う保証は今のところなかった。
また、デネボラほどの巨体が血相を変えて動けば、必ず自分を探している圭阿の視界に入るだろう。
それで入れ違いになったら目も当てられない。
ならばここは地力ではなく他力に任せた方がはるかに効率がいい。
康大はそう方針を決めると、自分から牢を閉め、ベッドに寝そべりこれからの事を考える。
「ここはセイレーンが秘宝を取り戻すのが、最善なのかなあ」
少なくとも彼女達は自分が噂の怪物を退治して、無実を晴らすと言っていた。
ならばそれに任せるのが楽だ。そこまですれば、エクレアも国境通行の斡旋をしてくれるだろう。
「……って俺達としてもエクレアに何かあったらまずいな」
誘拐されていたことで、国境通過斡旋の件を康大は今まですっかり忘れていた。
とはいえ、ここから抜け出してデネボラに協力するわけにもいかない。協力を申し込んだところで脱走を責められるだけであり、そもそもコネクションが全くないアイチとの交渉に、自分が役に立つとは思えない。
さりとて、完全に放っておけばエクレアは暴走し、先ほどデネボラに行ったような事態になることは火を見るより明らか。
康大うんうんうなりながら、最善ではなく次善の手を考える。こういう状況に陥った時点で、もはや最善手はこのセカイのどこにも存在しない。
幸いにもこの牢獄は退屈ではあるが、1人で考えるにはちょうどいい空間だった。
「おや、これはしたり。すでに牢が開いているでござるな」
しばらくして、不意に聞きなれた忍者の声が康大の耳に届く。
そちらを見てみれば、すでに圭阿が牢の中に入り、康大の目の前に立っていた。
どうやら康太の予想通り、すぐに監禁場所を見つけてくれたようだ。
――いや、すぐにとは言えない。あと一歩遅かった。
「何か?」
「別に」
もしもう少し早ければたこ焼きが食べられたという事実を胸の内にそっとしまい、康大はベッドから起き上がる。
「他は?」
「探索に出たのは拙者だけで、他の方々には念のため別の村に移動してもらったでござる」
「そりゃいい」
「さて、その様子では捕まりながらも色々と痴れ者どもから情報を仕入れている様子」
「その話は戻りながらおいおいするさ。とにかく一刻も早くみんなと合流して、行かなくちゃならないところがある」
「いずこへ?」
「アイチさ、本音を言えば行きたくないけどね」
そう言った康大の顔はひどく疲れていた……。




