第1章
コルセリアとのひどく詩的な別れをした翌日、康大達はフジノミヤへと戻る馬車に乗った。
自分の役目が終わった以上、チェリーとの交渉にこれ以上関わる必要はない。あとは専門家に任せればそれでいいのだ。
康大はフジノミヤの役人ではない。
予定ではこのまま王都まで行き、アムゼンに挨拶をした後、フジノミヤ領を出ていくつかの国を経由しながら都へと向かうはずであった。
アムゼンへの挨拶はその際に必要な、通行書類を用意してもらう意味もあった。このセカイは、自由に旅ができるような環境ではないのだ。いくつかの国を通る以上、それなりの準備がいる。
ただその途中、康大が当初予定していない出来事があった……。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・っす」
「いや、ていうかなんでまだいるの?」
帰国の際、当然のように馬車に乗り込み、そのまま国境まで越えてしまったリアンに、康大は今更突っ込んだ。
てっきり国境付近に用があると思っていたのだが、降りる気配をかほども見せず、ここまで平然とついてきたのである。
「ああ、それっすか。実はあれから考えてみたんすよ」
「何を?」
「いや、もしグラウネシアとフジノミヤがまた戦争になったら、コウタ子爵は自分に会えなくなるっすよね。そしたらレッドハーブも宝の持ち腐れ。だったら自分がついて行った方が効率がいいんじゃないかって。あとコウタ子爵と一緒にいると、何か見聞が広がりそうな気がして」
「明らかに後者が真の目的だよな。でもまあ、リアンの言うことにも一理あるけど、家族とか大司教様の面倒とかどうするんだよ?」
「家族は自分を死んだ者のように扱ってるから大丈夫っす。大司教猊下は面倒ごとに巻き込まれそうだからって、とっととグラウネシアを出て行ったっす」
「・・・・・・」
さらっと重い話をされ、康大は返す言葉をなくす。
同じ環境に同情したのか、ザルマは目頭を押さえていた。
そんな感傷的な男性陣に比べ、女性陣はどこまでもドライだ。
「家族から役立たずと思われているのなら、家を出ても問題ないだろう。まあ殺されるほど憎まれてないなら、気にする必要もあるまい」
「そうでござるな。生まれた瞬間間引かれていないだけで、そこそこの親子関係でござろう」
「・・・・・・」
血も涙もない話を平然とする女性達に、康大はげんなりした。
「まあとりあえず、自分が古文書に関しては一番読めると思うっすよ。だから足手まといにはならないっす。ほら子爵様も言ってたじゃないっすか、ういういの関係って」
「win-winね」
康大はため息交じりに答える。
ただ、リアンの協力は冷静に考えれば確かに頼もしい。
都で何が起こるか分からないが、多言語に精通しているリアンの存在は、その際の大きな助けになるだろう。ハイアサースとザルマだけでは、読める言葉は限られている。
戦闘力は期待できなくとも、解析力ではここにいる人間の中で一番かもしれない。
「……まあ来ることに問題ないなら、拒みはしないさ。あとずっと子爵って呼ばれるのもこそばゆいから、普通に仁木でいいよ。そもそもいつまでも子爵でいられるとも思えないし」
今回の叙爵は使節として箔をつけるために、アムゼンが一時的にしたものだ。国に戻れば、ただの仁木康大に戻る可能性が高かった。
「そうっすか。でも自分だけニキさんは変なんで、皆さんみたいにコウタさんって呼ぶことにするっす」
「わかった。ていうかこっちのセカイじゃ普通に名前の方を呼ばれてるな……」
日本人高校生は本当に親密な関係でない限り、というよりよっぽど社交的なグループ属していない限り、親密でも名字で呼び合う。
康大の属していたのは一般的なグループで、あだ名もなく全員が全員名字で呼んでいた。
こんなところでも、康大は両セカイの違いを実感するのであった。
5人(内死人2人)を乗せて馬車は進む。
戦争がすぐに終結したことを知ってか、帰り道で盗賊に襲われることはなかった。
順調な旅であったが、問題は安全と思われていた王都で待っていた……。