第10章
街道を遮るように建てられた関所は、今まで見たどの建物よりも堅牢であった。
フジノミヤを囲む城壁よりも高く、そして厚く、魔法除けらしき文様も施され、煌々と明かりが灯っている城壁の上には、魔術師と弓を番えた衛兵たちが常に歩き回り警戒に当たっている。
中央の門も開くだけで大分時間がかかりそうなほど大仕掛けで、跳ね橋がある空堀も深く、鉄壁を誇っている。
さすがこのセカイの首都を守るだけはあるなと、康大は他人事のように感心した。
国境の関所の周辺には、旅人向け用の簡易的な宿泊施設や馬場があり、まず康大達はそこに馬を止める。今までは馬車に乗ったまま通り抜けていたが、街道にいた案内役の衛兵によって、まず馬車をそこに止めるよう指示をされたのだ。
他に乗合馬車のようなものも止まっていたため、エクレアの移動手段に関しては問題なさそうだった。
康大達は馬車から降り、改めて松明を持ちながら徒歩で関所まで向かう。
「何者だ!?」
門の上にあるバルコニーのようなところから、声がかけられる。
跳ね橋はまだ上がっておらず、少なくとも歓迎はされていない。何よりそこにいる衛兵の弓矢が康大達に向かっていた。
こんな状況では身分を偽ることもできず、またその理由もない。
「フジノミヤよりの使者だ! 通してもらいたい!」
よく通る声でザルマが答えた。
こういう場合、見た目がいいザルマの方が説得力がある。
「フジノミヤの者が都に何の用だ!?」
「ウエサマにお目通りを願いたい! 我らはウエサマの忠実なるしもべだ! 害意などかけらもない! 我が主の名においてそれを誓おう!」
そう言ってザルマはアムゼンから事前に渡されたウエサマ宛の書状を見せる。これはアムゼンではなく国王が書いたもので、渡されたのも康大であったが、自分が持っているよりはと、康大はザルマにとっとと渡していた。
ザルマの対応におそらく隊長らしき兵士が少し考える。
その後、門の中に引っ込み、しばらく康大達はその場に放置された。
「何か色々大変そうでござるな」
「ああ、例の噂は本当だったみたいだ」
ザルマの後ろで、部下ように待機している康大と圭阿が話し合う。
それをザルマがちらちらとうらやましそうに見ていた。
コルセリアが来て一瞬変わった関係も、去った今は元通りだ。
やがて件の隊長の代わりに、別の人間がバルコニーに現れる。
――いや、正確には人間ではなかった。
「遠路はるばるご苦労だったにゃ、フジノミヤの者達よ」
松明の明かりに照らされたその人物は、ネコミミと猫の尻尾を持った、猫顔の人間ではない何かであった。
黒いショートボブで髪は人間のそれだが、縦線の瞳孔は明らかに猫のそれで、鼻も人間とは違い三角、髭もあり口のカタチも完全に猫だ。服から除く手足も毛が生え、コスプレというレベルではない。
まさかこのタイミングで唐突に亜人に会うとは、康大も予想だにしていなかった。
「貴公は……大陸の者か」
「いかにも」
猫将軍は頷く。
「都では才能があれば、私の様に大陸人でも要職に就く者もいるにゃ」
どうやらこのセカイでは亜人=大陸人という認識らしい。
つまり大陸……おそらくユーラシア大陸は人型異種族の支配する土地ということなのだろう。
目や肌の色が違うレベルの話ではなかった。
「まあこのセカイには、異邦人が将軍を務める国もあるので、大して珍しい事でもないがにゃ」
「――!?」
康大は自分のことを言われたと思い、思わず背筋を伸ばす。
ただ、ザルマは康大のような勘違いはせず、冷静に対応した。
「ああ、グラウネシアにそのような者がいたな。まあ、口先だけの役立たずであったが」
「ほう、噂の異邦人と会ったことがあるのかにゃ。そういえばフジノミヤはグラウネシアの隣であったにゃ」
猫将軍は特に康太を不審に思わず、ザルマの言葉を受け入れる。
どうやら彼、もしくは彼女が言っていたのは、タツヤの事だったらしい。
あそこまで目立つことをすれば、都まで知られるのも当然か。
「さて、私の話はこれぐらいでいいだろうにゃ。これからは貴殿らの話にゃ」
真面目な話をしていても語尾に「にゃ」がつくと、どうしてもほっこりしてしまう。顔もよくよく見れば可愛く、康大は無性にその喉を撫でたくなってきた。
「フジノミヤはウエサマに対し忠誠を誓っているらしいが、それならなおさらここを通すわけにはいかんにゃ」
「何故だ!?」
「我らはそもそもアルバタールの兵にゃ。アルバタールは平穏を求めているが、最近ウエサマに良からぬことを吹き込む者達がおり、その関係は日ごとに悪化しているにゃ。この上ウエサマを刺激するような、余計な力を与えることはできんにゃ」
「都での不穏な空気とは、ウエサマとアルバタールの確執の事だったのか……」
ザルマも、康大達もようやく問題の合点がいった。
形だけのナンバー1と実力を持つナンバー2が反目し合うのは、日本の歴史上でもよくあることだ。足利義昭と織田信長の反目などまさにそれだろう。
関所をここまで厳重に閉ざす意味も十分に理解できた。
「遠路はるばるフジノミヤから来てもらって悪いが、そういった理由でここを通すわけにはいかんにゃ」
「貴公の言い分も尤もである。だが我らもおいそれと、ここで踵を返すわけにはいかぬ。何より我らのような小勢が通ったところで、ウエサマにとっては羽毛が乗った程度の加勢にすぎぬ」
それでもザルマは引き下がらなない。
もし康大だったら「そうですか」と言い、すごすごと尻尾を巻いて帰っていただろう。
「いやいや、貴殿は曲がりなりにもフジノミヤの代表。その貴殿がウエサマと謁見することは、フジノミヤがウエサマの力になることを意味するにゃ。その書状が何よりの証にゃ」
「・・・・・・」
ザルマは内心で舌打ちする。まさか自分達の身分を証明する書状が、逆に立場を悪くするとは予想だにしていなかった。
「貴殿らが置かれている状況も分からないではないにゃ。然れども強引にここを通ろうとすれば、アルバタールのみならず、ウエサマに対しても弓引く行為であると心得るにゃ。どうしてもここを正式に通りたければ、その書状を都まで送り、ウエサマよりの返答を待つことだにゃ」
「それはどれほどかかる?」
「これは私の意見だが、おそらくほぼ永遠に無理にゃ。それならウエサマにあてられた各国の王達の軍勢とともに、どさくさ紛れに侵入した方がはるかに速いにゃ」
「つまり実質不可能ということか……」
ザルマは猫将軍を睨む。
しかし猫将軍は眉一つ(一応眉毛は存在する)動かさない。ザルマのような手合いは、過去何人もいたのだろう。
ただ、突き放すだけでもなかった。
「とにかく、ここからは無理にゃ。しかし、北の国境からならもしかしたら通れるかもしれんにゃ。貴殿らに有力商人のつてがあるなら、それを使えばさらに確実にゃ。我らも身分が保証された商人までは留め置くよう言われていないにゃ」
「それはどういう事でしょう!?」
馬車の中にいるものと思ってたエクレアが、突然話に加わる。
猫将軍もこれには少し驚いたようだが、それを口には出さずに話を続けた。
「今現在都は戦乱の空気に包まれ、いくら武器があっても足りない状況にゃ。それにもかかわらずグラナダ湖の流通は滞り、慢性的な武器不足にゃ。故に商人の必要性は高まり、詮索もおざなりにするよう指示されているにゃ。ま、これは私の独り言にゃ」
「なるほど、そういうことですか!」
エクレアは頷き、何か自信に満ちた顔をする。
そして康大達に振り返りこう言った。
「皆さん、いずれにしろここから都に行くのは無理そうです。ですが僕に当てがあります。そのことについて馬車で話をしませんか?」
突然の提案に、康大は呆気にとられる。
一番反応が速かったのはリアンだ。
空気を読まない分、突然の出来事にも普段通り対処できた。
「何か面白そうな話っすね。子爵も話を聞いてみたらどうっすか?」
「うーん、まあ現状八方ふさがりにも近いし、聞くだけ聞いてみるけど……」
「それではみなさん行きましょう!」
康大は喜色満面で先導するエクレアに、とぼとぼとついていく。
他の仲間もその後に続いた。
唯一ザルマだけがその場に残り、猫将軍に向かって言った。
「色々行き違いはあったが、貴公の配慮には感謝する。私の名はザルマ・アビ。貴公の名は?」
「ク・ロシコにゃ。縁があればまたどこかで会うこともあろうにゃ」
「うむ、では失礼する」
そしてザルマも猫将軍――ロシコと別れ、馬車へと戻って行った……。




