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第9章

 10分は待っただろうか。

 リアンの盗賊に関するなかなか面白い蘊蓄を聞いていると、先ほど戻った盗賊兼海賊が数十人の仲間を引き連れて戻ってきた。


 全員、見た目からして盗賊だ。

 ぼろぼろの皮の鎧に、ぼろぼろの髪、髭、ハゲ。

 現実セカイで遭遇したら怯えて命乞いをしたかもしれないが、今の康大には「テンプレートでもあるのかな?」と思う余裕さえあった。


 彼らはじろじろと康大達を見て、囁き合った。

 地声が大きいため、嫌でも耳に届いたその内容は。


「あれが噂の仮面大将……」


「どうも今仮面をつけてないのは、返り血がつきすぎて、簡単に人殺しだと分かるかららしいぜ」


「あの人が船にいると、怖がってモンスターが近寄らないとか……」


「主食は鮫らしい、しかも生きた奴じゃないと体が受け付けないらしいぜ」


「手柄を立てた部下を褒めるとき肩を叩いたら、そこから真っ二つに体が裂けたとか……」


 盛られすぎた話のオンパレードだった。

 圭阿にしても、「全身が鉄の武器ででき、無限に使えるらしい」という何か某ゲームの主人公のようなスキルが盛られていた。そしてハイアサースは康大の愛人になり、ザルマは奴隷だった。


 このまま黙っているとさらに妄想を加速させそうな気がしたので、康大はとっとと本題に入る。


「それで、話っていうのはなんだ? まさか盗賊を手伝えとか言うんじゃないだろうな」

「そんなことは言いませんぜ、仮面の大将」

 仲間達をかき分け、背が小さく、それでいて一際筋骨隆々の、初老の盗賊が現れる。

 彼が頭目であることは誰の目にも明らかだった。


「貴方がボスですね」

「へえ」

「それで話っていうのは?」

「それなんですが……」

 頭目は腕を組みながら、何とも話しづらそうな態度をとる。

 他の盗賊達も、頭目同様負い目……というか、妙に恥ずかし気で話しづらそうだった。

 それでも、発言を求められた義務感からか、頭目はゆっくりと口を開く。


「そもそも俺達ァ盗賊じゃなくて、湖族(こぞく)なんでさぁ」

「湖族……」

 盗賊、山賊、海賊は知っていても、湖族という単語は康大は聞いたことがなかった。

 今回もリアンの知識に頼ることになるのかと思ったが、その前に頭目が自主的に説明する。


「俺達ぁ、その何というか、グラナダ湖の用心棒みたいなもんで、アイチ連邦のお偉いさんから許可もらって、そこを通る船の安全を守ってたんでさァ。まあ、通行料も払わず湖を使おうって阿呆には、()()()()お仕置きはしたんでですけど」

「アウトローだなあ」

 まさにショバ代をたかるヤクザそのものだ。

 その危険の大部分は、自分達がもたらすものだというのに。


 ただ、いちいちそこを追及していてもしようがないので、康大はあえて無視した。

 自分は悪を窘める正義の味方なのではないのだ。

 あくまで自分の事だけ考えている、腐った死体である。


「まあたまには漁もして平和に過ごしてたんですが、知っての通りグラナダ湖に再びあのセイレーンが現れやがった。あいつのせいで、俺の部下も何人も殺されちまった。それで泣く泣く、こんな山賊まがいのことをして、飢えをしのいでるんでさァ」

「なるほど」

 その倫理観は抜きにして、現在盗賊行為をしている理由は理解できた。

 ただ、それも康大達にはあずかり知らぬこと。

 そのまま無視しても――。


「それは違います!!!」


 突然、エクレアがその甲高い声で否定する。

 ハイアサースの陰に隠れながらであったが、頭目の言葉を真っ向から否定した。


 頭目は「あぁ!?」とエクレアににらみを利かせるが、それでも目は逸らさなかった。

 それどころか自分からハイアサースの前に出て、頭目と正面から向き合う。


 康大達はエクレアを勢いで生きているだけの臆病な少年だと思っていたが、勇気が全くないわけではないらしい。


「セイレーンはそんなことはしません! 絶対に! 何かの間違いです!」

「なんだァ小僧!? てめぇ俺の話が信じられねぇのか!?」

「そうです!」

 エクレアは臆することなく頭目に反論し、睨む。


 迫力は皆無だが、その勇気はザルマよりは確実に上であった。

 理由は分からないが、セイレーンの件に関しては何があっても譲れないらしい。

 おそらくなんらかの確証があるのだろう。

 そうでなければ、あそこまで強固に反論できないはずだ。


「そこまで言うからには、エクレアはセイレーンがしていないっていう証拠を見せないとな」

「証拠は……ないですけど、絶対に違います!」

「うーん」

 ……そう思ったが証拠まではないようだった。

 チェリーの様にただ夢見がちで思い込みが強いだけか、それとも説明できないだけで正当な理由があるのか。

 康大には分からない。


 ……分からないが、結論は同じでもあった。


「まあセイレーンが現れて、湖族が大変だというのは分かった。エクレアがそれがセイレーンの仕業でないことも分かった。それじゃあ出発しよう」

 別に理由が何であれ、康大達がこの件に関わる必要性は全くない。

 双方納得しようがしまいが、どうでもいい事だった。


「なんだ、このまま先へ進むのか?」

「当然でござるよ、拙者達にこの件に関わる理由はござらぬ」

 ハイアサースのつぶやきに、康大と同じ結論に至った圭阿が答える。

 都で確実に厄介ごとが待っているとういうのに、自分達から余計ないざこざに飛び込む意味はない。


 ハイアサースは釈然としない表情をしていたが、現状は理解しているのか、「うーん……」と言いながらも馬車に乗り込む。

 それからザルマも御者席に着き、エクレアを除く全員が馬車に乗り込んだ。


「お前はどうする? いちおうそこの盗賊……じゃなくて湖族は話せるみたいだから、そのままそっちと合流して、セイレーンについて熱く語っててもいいけど」

「……いいえ、まだお世話になります」

 明らかに釈然としない表情をしていたが、とりあえずは馬車に乗る。

 湖族たちも康大にセイレーンをどうにかしてもらおうという気持ちはないらしく、そのまま馬車が進むのを見送った。



 それから1時間ほど進み、皆黙っていたタイミングで不意にエクレアが口を開いた。


「皆さんもグラナダ湖の事件をセイレーンがしたと思っているのですか?」

『・・・・・・』

 全員が返答に窮する。


 そもそも康大たちはセイレーンについてほとんど知らない。件の伝説も、店主に聞いて初めて知ったぐらいだ。

 とりわけ康大は、現実セカイのイメージに引きずられ、店主の話にあったセイレーン像が未だにぴんとこない。

 そんな門外漢の康大達に、真偽など分かるはずもない。


「知らん!」

 ハイアサースが全員の意見を簡潔かつ的確に代弁する。

 それが口火となり、康大も話に加わった。


「ぶっちゃけ犯人が誰だろうが俺たちにとってはどうでもいいんだよ。あれはあくまでアイチの人間と湖族の問題だ」

「で、でも罪のないセイレーンが人間に殺されるなど、あってはならないことだと思います!」

「罪がないって、そりゃ海に引きずり込まれて八つ裂きにされたら誰にとっても大罪だぞ」

「だからそれは違うと!」

「だったら()と間違えてるのか証明しないとな。口先だけじゃ誰も納得しない」

 そう言った康大自身、今まで口先だけの無意味さを何度も思い知らされてきた。現実セカイでもこちらのセカイでも、物証がなければだれも納得させられることなどできないのだ。


 エクレアはまだ若いからそれが分からないのだろう。

 尤も、自分とはせいぜい3つか4つ程度しか、歳は変わらないだろうが。

 こんなセカイで理想論を言い続けられるのは、歳より生まれ育った環境によるためか。


 康大の反論に何も言い返せず、エクレアは不服そうに黙り込む。

 まあこれで静かになっていいかなと、康大は同情もしなかった。

 まだ高校生の康大は、それが若者のかわいらしさと思えるほど老成してない。


 それから馬車はさらに西へ進み、いよいよ都の国境へ到着する。

 聞いた話ではエクレアの目的地はそこから大分北にあったが、康大達の目的が優先されるのだからしようがない。自分達はフジノミヤの使者であって、エクレアの下僕ではないのだ。

 

 ただ、さすがに国境で放り出すのは可哀そうだったため、せめて代わりの馬車が見つかるまでは面倒を見てやるつもりだった。


 しかしその老婆心は、完全な肩透かしに終わった……。

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