――プロローグーー
「どうやら私はここまでのようです」
『――――!?』
そのセリフを発した人間――コルセリアに全員の視線が集まった。
コルセリアは視線を一身に受けながらも、表情一つ変えることなく話し始める。
「都への旅となればアビ領から遠く離れることになります。グラウネシアは急いで戻ればなんとかなる距離ですが、都ともなるとそれも難しいでしょう。御屋形様はコウタ様の旅にこのままついていかれますよね?」
「ああ」
ザルマは即答した。
「ここでこいつを見放したら、多分俺はまた元の俺に戻ってしまいそうな気がする。俺は最後までこいつの旅に付き合っていこうと思うんだ」
「お前が故郷に帰っても、見放される気は全くないけど、まあサンキューと言っておいてやる」
康大は軽口で答える。
一方コルセリは口元を緩め、優しく微笑んだ。
「以前なら反対しましたが、今はそれでよいと思います。いつまでも御屋形様を昔のように扱うわけにはいきませんから。私は御屋形様が留守にされている間、アビ領を何があっても守っていこうと思います。まだ完全に落ち着いたわけではありませんから」
「・・・・・・」
ザルマは何も答えなかった。
落ち着いていない、というのは父や兄達のことを指すのだろう。
追放されたとはいえ、生きている以上アビ領でどんな暗躍をするか分かったものではない。いつまでも、インテライト家の代官だけに任せているのは不安だ。コルセリアが補佐にいた方がはるかにザルマとしても安心できる。
だが、それは自分の代わりに骨肉の争いを肩代わりさせるということと、同じ意味も持っていた。
真面目なザルマが負い目を感じないわけがない。
だからといって、自分がアビ領に戻るとも言えなかった。
そしてそんな葛藤を彼の義理の姉は誰よりも理解していた。
「御屋形様。ですから御屋形様はどうぞ安心して旅をなさってください。御屋形様が戻り、ジェイコブ様から領地を返還されるまで、何人たりとも領地を荒らさせはしません。それと食い意地はっただけのチビ」
「なんだ、胸がでかいだけのでくの坊」
「……不本意だが御屋形様のことは貴様に任せる。コウタ様同様、決して傷1つ負わすなよ」
「傷は男の勲章だ。だがまあ頭の片隅にはとどめておいてやる」
それが圭阿の最大限の譲歩なのだろう。
康大とザルマは顔をを見合わせ苦笑した。
コルセリアはいつものように反論しようとしたが、思い直して口を閉ざす。
今生の別れになるかもしれない主と、見苦しい別れはしたくなかったのか。
康大はそんなことを思った。
「それではコウタ様、御屋形様をよろしくお願いします」
「俺も人に誇れるほど強くはないから、可能な限りな。それより今日は泊っていくんだろ?」
「いえ。今から馬でアビ領まで戻ります。特に何かがあったという知らせは受けていませんが、やはりいろいろと気になるので」
「そっか。それじゃあここでお別れだな」
「はい」
コルセリアは康大に対し深く一礼する。
その後、ハイアサース、ザルマにも同じ行為をした。
圭阿に対しては一瞥しただけだ。それでも完全に無視しなかっただけマシか。
今までの関係から康大にはそう思えた。
「せっかくだから私が旅の祝福をしてやろう」
「いえ、申し訳ありませんが辞退しておきます」
ハイアサースの提案をコルセリアは退ける。
「なぜだ? それほど時間はかからないぞ」
「私にとって皆様に出会えたことが何よりの祝福です。これ以上のものを求めるのは強欲にすぎるでしょう。では失礼します」
コルセリアはマントを翻し、颯爽と部屋を出ていく。
最初の出会いと最後の別れだけは、完全に凛々しき女騎士のそれであった――。