7 まほうのことば
「イチくん!」
「だめだお嬢さん、近づいちゃ!!
イチ、そいつに飲まれるな!!
『はがし』の兄貴、……」
あわてたさくしゃがおれにかけよろうとするのを、『係員』がおしとどめる。
そして、なんかいろいろ、さけび始めた。
だけどおれは、それどころじゃなかった。
『かげぼうし』は、うでだけじゃなく、足にも、腹にもからみついてきたからだ。
もがいても、もがいても、ぶよぶよとしたそいつはしつこい。
おれは必死で抵抗をつづけるけど、すこしでも気をぬけば、すぐにもおぼれてしまいそうだ。
『かげぼうし』からは、ますますいろいろな叫び声が聞こえてくる。
わかもの、おばさん、おじいさん。おっさん、ようじょ、おとこかおんなかわからないこえ。
そいつらはすべて、ひとつのことをおれに命令してきた。
1:1ヲツケロ!
1:1ヲツケロ!
ハヤク、ハヤク!!
オレダケ1:1ナンテ、イヤダ!!
ワタシダケ、クルシイナンテ、イヤ!!
コイツモ、オナジメニ!!
ナカセテヤレ、ゼツボウサセロ!!
コイツモ、クジケテシマエバ、イインダ!!
ハヤク、ハヤク!!
コノオンナニ1:1ヲツケロようかい『ひょうか1:1』!!!
たくさんのおん念が、次からつぎと降り注ぐ。
濃厚なシャンパンのシャワーのように、心地よく、芳しく、俺を酔わせようとする。
目の前の、何も知らないこの女を、めちゃくちゃにしてしまえとそそのカす。
あア、そうだ。ソうしてやッタら、サゾヤ――
「イチくん!!」
ふいに意識が、視界がハッキリとした。
いつの間にか、おれの前にはあにきがいた。赤い光をまとった手刀をふるい、『かげぼうし』を引きはがそうとしてくれている。
その後ろではさくしゃのやつも、おれにむかって手をのばしてるのがみえた。
『係員』におさえられ、かばわれながら、泣きそうな顔をして。
なんども、なんどもおれの名を呼んで。
必死で、おれを助けようとしてくれている。
なんのチカラもない、にんげんなのに!!
腹のそこからむくむくと、熱いものがわきあがってきた。
そうだ。こんなよわくて、こんなけなげなやつを、ひどいめになんかあわせたって……
「きもちいいわけなんか、あるかっ!!」
おれは、『かげぼうし』をどなりつけた。
「いやだったら、いやなんだ!!
大ようかいなんかならなくていい。ようかいじゃなくなったって、しんだっていい。
おれはこいつの作品にもう二度と1:1なんかつけない!
こいつをキズつけることなんか、なにがあっても、まっぴらごめんだからなっ!!!」
するとなぜかさくしゃのやつが、わけがわからないといった顔になる。
「え……えっ?
評価1って『いままでよんだなかでいちばん!』てことでしょ?
それを目の前でつけてくれるなんて、わたし、とってもうれしい。
きずついたりなんか、しないよ?
それは、たしかに、ちょっぴりてれちゃうけど、……」
「えっ?」
ぽかんとする、おれとあにきと『係員』。
影ぼうしさえ、しずまりかえった。
さくしゃのやつはおおまじめに、こうつづけた。
「だって、そうでしょ?
『2は『2希望』で、3は『魅力的』。
4は『よかったよ』で、5は『それいけゴーゴー』。
だったら、1は?』ってきたら、……
……だよね?」
いっしゅんふるえた影ぼうしは、狂ったような笑い声をあげてくずれはじめた。
いくつもの、ちいさなヒトダマに姿をかえ、ちりぢりばらばらに飛び去っていく。
なつのおわりの、ホタルのように。
さいごのひとつのヒトダマは、なぜかハッキリとこう言いのこした。
天使に出会っちまったみそっかす。おまえはもう、用済みだ。
末永く、バクハツしやがれ、と。
ほんというと、ワケがわかんなかった。
けれど、へんなやつらがいなくなり、とにもかくにも、助かったことはわかった。
ふっと力がぬけたところに、さくしゃのやつがかけよってきた。
やつの手が、おれをむぎゅっ、とかかえれば――
あったかな、ふわふわの、ほどよくやけたおもちのようなやわらかさが、からだじゅうをつつみこんだ。
次回は朝投稿となります。
大好きな人のために頑張った、ちいさなようかいの身に起こったことは……
どうぞ、お楽しみに!