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モーテル8号室

白化の魔法

作者: 穹向 水透

38作目です。本当に中身のない話です...。

       1


 あるものはあり、ないものはないのだ。

 知っているだろう。あなたならば、それくらいのことは。災禍を引き起こして、単なる装飾品と化した現実と私は乖離しよう。この乖離のプロセスこそが私のフィロソフィであることは否定できないだろう。

 さぁ、罵り、嗤うがいいだろう。静穏を貪る人々は行方知れずの道に彷徨いてしまうがいい。嗤うこともできないような意気地なしは、原子の東へ向かい、ルールブックをひとつ手にして、祈りを身に付けるのだ。

 私のフィロソフィについて語るとするならば、それは晴天を歪める白濁とした雲のように、それは夕景を諫める弱化の技法のように、それは星空を辱しめる寸分違わぬ永遠の継続方法であるのだ。理解可能な度数で構わないが、我々のプロセスはプロセスに非ず。夢と紛うことのないように幾重ものパスワードを張り巡らせた高貴なフィロソフィなのだ。

 あなたはそれを愚かだと言うだろう。百も承知であるし、否定はできないかもしれない。しかし、あなたはカマラサウルスを熟知して、それを飼い慣らすことができるのだろうか。

 もし不可能であれ、この意味が難解であれ、それは組み立てることが叶わないプラモデルのように夢心地であり、心臓の侵食にギルティだと烙印を押すようなものではないのか。

 わからないかね。

 あるものはあるし、ないものはないのだと。


       2


 あるものがあるのは当たり前だし、ないものだってあるのだ。

 それが理解できないとは落ちぶれたものではないのか。独立の篝火に夢を見て生まれ、その命には数多の声と眼が貼り付けられている。その命はお前の重さの尺度で量ることも可能ではあるにしても、それはどうせ軽石も同じだと取るのだろう。本来の、あるべき尺度で量るのならば、ダイヤモンドでもエメラルドでも、あのような石ころの数々は取るに足らないものに違いないだろう。

 希望というバフをその身に受け、それでも北へ走るというお前は何をどうするために長い洞穴の開口部から開口部への移動を敢行したのか。

 お前に意思が、つまり、原始、或いは創世の禁忌にさえも触れるような概念を持ち合わせていないとしたら、それはそれであったとして、私はお前のフィロソフィを否定し、その初で無様な夢を看破せねばならない。

 わかるだろう。わかってくれるだろう。光は収束し、絶命の瞬間に産声を上げる。お前はどうであろうか。希望のバフはお前にとってデバフに値するとしても、そんな不自由の主張は許されはしない。お前が良くても数多の尺度は許さないことは自明だろう。

 そのフィロソフィの根元にあるのは、どう足掻こうが類希なる命の意思であること、そう、お前の揺籃という歴史の番狂わせであり、それを大団円まで運ばなければならないという善良な神、有形無形は問わないが、それの指の下に生まれた以上、そのフィロソフィは独立した火ではなく、空気に依存する火でしかないのだ。

 あるものはある、ないものもある。

 この原初の理念が、お前にはないのだろうか。


       3


 あるものはあり、ないものはない。

 何処が不満だというのだろう。麦の穂が揺蕩うことはあり、鉄の旗が靡くことはないのだ。

 原初だ、根元だ、神の膝元だ。あなたは私に騙るが、それらは無意味だということに気付くことだ。累積した倫理をベースにして、この私は作り上げられ、それは高尚さと低俗さを兼ね合わせた存在で、遠目に見て神に近く、近くで見れば泥人形である私なのだ。それはあなたも同様であることはあなた自身にもわかる筈だ。

 あなたは月の雫が月のものではないと言う。心臓の圧迫による熱い空気が心臓のものではないと言う。果てには、空は権力の及ぶ領域であると言うのだろうか。ああ、あなたは哀れだ。

 まず、あなたは誰だろう。私に何故構うのか。バージョンアップされた際のマルウェアか。木洩れ日を電子音に変換しようとする無頼の輩だろうか。一振りの胡椒があなたを導くように、この現実に必要なのはあなたではないし、私でもない。

 蛇が鳴く頃、あなたという概念は成長し、かつては北西に都を置いた国が衰退し、月の見える湖畔に建国したというのは嘘だろうか。ジープで渡った凍った砂漠の空にあって、針葉樹の蔓延る七色の平原にないのは、私でもあなたでもなく、それは必要とされない美しさを兼ね備えた、私からすれば人工ヒエラルキアの外に鎮座する、何処かの戦禍の三姉妹が見た白昼夢のような惑いを後ろめたく残した天の雫だ。

 月の雫が見えないし、信じられないあなたは同様の現実主義に陥っていて、その白昼夢があなたを間違えた方角、それは青白い長髪の男が風を吹く方角に導くのだ。

 あるものはある、ないものはない。


       4


 あるものはある、ないものもあるのだ。

 わからないのか。わからないのか。崇高な理念で、本来ならばお前に説くことすら意味を為さないほどの崇高な理念なのだ。

 お前はお前の平坦な行方をお前の手で歪めていることを知っているのか知らないでいるのか、それを私は知らないが、それは天からの水によって証明されよう。その証明でお前が軽やかであるならば、その身体は天秤の右に乗せられ、左には貴金属の群れが乗せられ、きっとお前が重いということが白日に晒されるのだ。

 お前が流す黒い黒い涙の理由(わけ)を私は知っている。だが、それは教えない。教えるとしたら、地平線の入れ換えを二十五回経た後に現れる光輝く王宮で酒の杯を交わしてからだ。何はともあれ、お前は命の背負い人に変わらない。この賢明な私がお前を見逃すと思うな。

 お前のフィロソフィは理解した。

 いいかね。これが全てだ。お前の単純明快なフィロソフィは上部の上澄みから、根底の澱まで余すことなく理解しきった。簡単だった。それは羽毛のひとつひとつを抜いて数えることよりも。

 あるものはある、ないものもある。

 ああ、素晴らしいかな。パピルスにだって書いてあるぞ。


       5


 あるものはある、ないものはない。

 固定された羽では飛べない。それはあなたにもわかるだろうし、その腐った角でも共鳴を可能としていることくらいは容易く理解できる。送受信に不自由であれ、あなたはあなたの感受性を誇りに思うからだ。

 複製されたドームの中、あなたはあなたの語るフィロソフィ、汚い純化の魔法で歌うファジーな夜景に浮かぶ真理について、裏打ちされた楕円の中空に拐ったあなたの残滓について、明確に語らねばならない。

 幸よ、あなたにあれ。

 なければそれでいいのだが、私はあなたの幸福ですら願わずにはいられないのだ。この胸の晩鐘が教えてくれる爛れた空の降下に伴って、私はプライスレスな時間と私自身をスクロールし、吐き出された万象の狭間に浮いてやるのだ。

 積み重ねた塔は月の雫に絢爛の灯を放ち、呆然と穿った水性の星に靡いてどうにでもなるのだ。

 あなたは言うだろう。万象が理解を拒む言葉を。何故なら、あなたは不条理であるからで、また不条理を愛しているからだ。ないものすらあると宣うあなたに未来の未来の話など期待できるわけがない。あなたは過去の過去を話したことがあるだろうか。

 如月の花時計の上で浮遊して、間違い探しに(カルマ)の本質を見つけるとして、あなたはあなたであることを誇りに思えるのだろうか。

 トーチカの奥に見たことがあるだろうと私は思うが、あなたはクライシスの定義を誤って、蠅の王の左の掌に見えもしない言葉や言葉を打ち付けて遠くの黒い峰を目指すのだろう。

 幸よあればあるだけ、それはあなたではなく。

 解除された(のろ)いは視点の変更をせずとも(まじな)いであり、かの敵愾心を燃やす誤れる存在の呪いを身に受けてやる他はない。

 あるものはあるし、ないものはない。


       6


 あるものだけがあるというのは滑稽なことだ。

 お前はヒト科の園に生まれ、その優美で揺らぐことのない大地に抱擁されているのだ。その恩寵の中心にあって、お前は何故、園を出ようとするのか。何故、大地を裏切ろうとするのか。奇怪な草花が生い茂る園の外の澱んだ空気に触れたのか。それとも、最初から異端であり、ヒト科のミュータントとでも言うのか。

 終幕の理に感化され、お前は電波の頗る弱い世界への移動を試みるのか。それがどれだけ浮わついた中身のない行為で、どれだけの純粋なヒト科を苦しめると思っているのか。血だけが私たちを私たちと定義する器ではなく、実は骨でも肉でもなく、この澄んだ園の空気の間に流れる電波こそが私たちを私たちとする定義の器なのだ。

 お前が知る由もないことをひとつ教えよう。

 園には線路が敷かれ、本来ならば、お前はそこを巡るボットとなる筈だったのだ。それは私もお前の友も同様である。しかし、お前の中の異端者の魂が回転したフィロソフィに従った結果、お前はお前の為の席を、そして、線路を廃れさせたのだ。お前にこの罪が海溝の底に溜まるガスの如く悠久に不動の様を呈し、その重科の価値が空の最低値にあることなどわかりはしないだろう。

 いいか。あるものはある、ないものもあるのだからな。お前にはその不条理である様、ディザスターの後に降る慈悲について、あるものはある、ないものはないと決める姿勢を改めなければならない。

 何故なら、あるものはある、ないものもあるからだ。


       7


 あるものはある、ないものはない。

 ウッドペッカーの群れが空を射ることがないように、私たちも無用の害は与えないのだ。あなたはいつかのアルコーンのように傲慢で、私たちの電力は補えなくなった。歯車で拙い文を打ち込むのであれば、その歯車で昼に浮く雲か島々のようにリアリティを携えて欲しいものだ。

 悠久の反動で脳の水がおかしくなったのなら、私に見せてくれ。その狂って腐った脳の黄色い水と、刹那の山々から来る鉱物を多く含んだ透明に限りなく近い水を入れ換えて、あなたへの贐としようじゃないか。

 さぁ、終わりを音符で調整しよう。

 ここには白磁の煙と嘘で投げ込まれた曲線を描く放射線の雨しかなく、あなたはそれでも続く必要性を訴えている。そこに意味などなく、続ける意思はあれど、続くことはない。黒い雨が生むのは黒い毒と涙だけで、あなたが言う不条理という言い訳は、その雨の降り頻る丘、向こうに砂漠と土星が見える地を透過できないどころか、触れることすら叶わない。

 封筒に包まれて生まれたあなたにはわからないだろうが、私たちは錯覚の随に、花を咲かせ、海を濁し、空を駆けようとするのだ。星降る瞑目の館においては、血濡れた槍の先を見せることすら無意味で、しかし、あなたはそれを敢行するに違いない。きっと、周りが亡者で、唸るしか能がないにしても、あなたはそれを敢行するに違いない。

 ああ、とても滑稽ではないか。その笑い者志願の姿をビデオカメラで撮って、ラジオニクスで超過させよう。不可能はないのだから。そうだろう、それがあなたの言葉である。

 不可能しかない癖に、不可能はないと豪語するあなたは、いつ世界に宇宙に頭を垂れて、その底のない暗黒の底を舐めてくれるのだろうか。そこにいくつもの毒が混ざることなく敷かれ、或いはもう元には戻らないガラス片が散らばっているとして、あなたはあなたでいられるのだろうか。

 私は当然のことだが、それを期待している。

 さて、あるものはある、ないものはない。

 わかるかね。わからないようなら、もう一度言おう。あるものはある、そして、ないものはないのだ。


       8


 まだわからないのか。あるものはある、ないものですらあるのが私たちの世界なのだ。お前は考え方が古い。あるものはあるとしか捉えられていないのだ。そもそも、思考というものは化石だが、私たちは新しさ、つまり、生き生きとした部分がある。わかるかね。アノマロカリスでさえ新生の海に踊るのだ。どうせ、お前には狂ったように新しさを祈るビカイアすら脳漿か透明な死骸にしか見えないのだろう。オットイアの苦悩を考えたか。マルレラの困惑を想定したか。時を経たならクラドセラケの言葉を解したか。ミグアシャイアですらも新しい。それらは神すらも生まれたか、生まれていないか、本人にすらわからないような境界世界の住人だ。

 嘆かわしいことだが、お前のようなヒト科がヒト科であることを誇らしく思っているのだ。それが日々プランクトンや太古の海の光の粒の如く無知蒙昧に増殖し、剰え誰も諭しはしないのだ。この混沌の向こうにイデアなどない。先哲たちもわかってくれるだろう。賢い彼らだって、ヒト科の堕落など予想していなかったのだ。

 見ろ。あれがアドバルーンだ。お前の脳はあれに似るか。幻想を幻想として、また幻想を現実として還元するしかないお前のような稚拙な終焉方向の信奉者の脳はアドバルーン、いや、それよりも軟弱なただの風船でしかない。空に浮かべることだけが能なのだ。

 頭上にはメタルのビジョン。お前は世界の鉄屑か。幽霊でさえ理解できることがお前には理解できない。死体でさえもクアドラプル。順応して空を浮かぶだけなら誰にだってできる。お前は澱んだ飢餓の遂行者だ。

 あるものはある、ないものはない。そんな考えは棄却すべきで、私たちの崇高な理念に沿えない被創造物は淘汰されなくてはならない。

 あるものは勿論、ないものもあるのだ。


       9


 あるものはある、ないものはない。

 これだけは譲ることはできない。

 星を見ろ。天使のワルツはないだろう。

 川を見ろ。古代の首長竜は泳いでいない。

 自分を見ろ。あなたはただのヒトだ。

 言い逃れなどできない。あなたはあなたがヒトであるという不壊の真実を受け入れることしか路はない。あなたは選べる余裕があると認識しているが、その認識に形はなく、その認識に大した意味はない。歴史を見上げろ、頭上を見下せ、天使は何処にいるかね。何処でワインを飲み、梯子を下ろしているのか。あなたにはありありと見えるのだろう。それはそれは鮮明に、不動の地位で。

 ああ、そうだ、あなたはアドバルーンだ。そこからなら見えない方が不思議ではないか。しかし、そんなに高くから何が見えるのかね。雲の海か。摩天楼が背伸びする空にあなたは誇らしげな顔を見せるのだろうが、それは低き地の、しかし、高き空を見下せるほどに気高く聡明な者どもからすれば、あなたは滑稽な道化師なのだ。

 要害の地から聞こえるか。あなたを説く声が。あなたを笑いたくても押さえる声が。だが、私は敢えて笑おう。

 星を見ろ。天使のワルツはないだろう。

 川を見ろ。古代の首長竜は泳いでいない。

 自分を見ろ。あなたはただのヒトだ。

 空気に熱線は風に遊び、燥ぐ。狼狽えるな、名のある賢者よ。いくつもの星を靡いてあなたは生命の極致で下も上も右も左も前も後ろも、あなたはあなたの望むままに同時に見ることが叶うのだろう。

 イージーモードの夢から醒めて、あなたはハードコアを敢行しているのだろう。エンチャントは済んだかね。プリーチャーたちの無限の邂逅に必然を探すかね。あなたは星を見れば天使が見える。

 さて、歯の隙間から右も左も自由に、酒石の凋落の先にポートレートの悲劇を眺める。あなたは知っているだろうか、アイスキュロスの最期を。かの偉大な筆を持つ男でさえ滑稽な終焉を受け入れた。あなたも偉大だから、きっとそうだ。卑下するかね。それほどにあるものはあるし、ないものでもあると語るのだから覚悟ぐらいはあるのだろうね。

 ほら、天使を数えて教えてくれ。

 そのビジョンを。

 あるものはあり、ないものはないと言う私に、あるものは勿論、ないものもあるのだということをわからせてくれ。


       10


 あるものはある。ないものもある。

 心の貧しいものには見えないのかもしれないが、ほら、夜空には夥しいほどの、悪魔が眼を伏せて隠れんばかりの天使がいるのだ。私にはとても数えることは叶わない。何故なら天使はその白き翼にタキオンを取り入れて飛び回るからだ。

 お前は波打ち際を見たことがあるか。その夢が押し寄せ砕け、偽の旗手に率いられて砕け散る衆愚の様を。浜木綿が靡く時、その地獄にある毒が風にちらちらと舞うことを知ってか知らずか、お前はのうのうと宣うばかりだ。その毒に喉が潰された時、お前は後悔する。

 ルールブックの目次には、お前の取り扱い方は記されていないが、消し方ならば書いてある。海を跳ねる魚のように、宇宙に揺らぐ虫の翅の夢のように、お前は文明とともに生まれ、文明とともに廃れる。

 あるものはある。加えて、ないものもあるのだ。


       11


 あるものはあるし、ないものもあると唱えるあなたは墓に住む蛆も同じだ。黒い穴から見えるのは、黒い闇だけだ。あなたは存続を優先する癖に私に停止を要求するのか。それは傲慢ではないか。あなたはあなたの優先さえ優先できれば、あなたの心を満たせるのか。

 星を見ろ。あなたが天使だと誤認するのは数多の星々で、それに羽は何もない。あるのは秩序のための輪のみだ。

 ビジョンは見えないのか。その乳白色の海に石油の百合は咲くのか。私から見ると石英の空に狂乱のネリネが咲き誇るのだが、あなたの視界も教えて欲しい。

 その優美な様を、ギリシャ文字で描いた繊細な偽証を。

 咲かせよ。幾万もの願いの成れの果てに込められた流浪の怒りを。あなたの言葉は萃然と、砂丘をその地を支配する蛇のように滑るのだから、あなたに敵などいないのだろう。

 咲かせよ。ミクロの音符の声を。数字は宇宙だ。そこにあるものもないものもあるというあなたの素晴らしい論理に咲かせてくれ。ネモフィラの言語のようなあなたの姿勢を、余すことなく余剰の空に浮かべさせてくれ。その一片も無駄にすることなく。

 こんな容量では語れないのか。それなら仕方がない。クオリティは私の掌にはない。石英の声を聞き、そこから伸びる天使の触手に茹だるシグナルを手にせよ。モーダルエラーの産声にあなたは怯えることなどなく、進むがいい。何を失敗すると恐れているのか。あなたはネモフィラだ。

 災禍を引き起こして、単なる装飾品と化した現実と私は乖離しよう。この乖離のプロセスこそが私のフィロソフィであることは否定できないことくらい、あなたならば知っている。何故なら、私が幾度も幾度もあなたの耳に注いだからだ。

 まだわからないのか。天使は星とは違う。宇宙には宇宙の、あなたの論理を超過した玉座が虚ろなまま浮遊しているのだ。

 あるものはあり、ないものはない。そろそろ、明確に、クオリティは維持して行こうではないか。


       12


 ないものもあるのだ。お前が譲らないのと同様に私も譲りはしない。お前が言う言葉は世界の言語の望むところではない。不確かな足にあって、石英の花など満足には咲くわけがないし、そのプレタポルテの論理には何もないのだ。

 お前の言う玉座に座るのは私だ。そして、お前だ。さらに言えばあらゆる言語を持つ者が癒着することが可能なのだ。

 ルビーとサファイアが兄弟であるように、お前と私も同じなのだ。私がアドバルーンで見る世界を、お前はカイトで見ればいい。

 憮然として眺める漠然とした砂丘を、お前の言語で、お前が生まれたままに語る全てで補うのならば、きっと、宇宙に舞う天使の群れでさえ見ることが叶う筈だ。海沿いの白い街の円周に欺く心肺の先端は、ガリカニスムとユルトラモンタニスムの中庸にあり、極を避けようとする多肢症のアーキタイプ、まるで私が語る理想像のような光多き、誤謬のない天使そのものなのだ。

 お前にはその神秘が表層で止まり、心奥に滲み出すことはない。その濾過された神秘こそに価値があることを、お前は勿論、警備兵、そしてバリケード自身も知らないのだ。これを無知と言わずして何と言おう。

 お前はクオリティも何も言えないのだ。お前は空に天使を見たことがないから、お前の生み出したガラクタ、ああ、お前はフィロソフィと呼んでいたが、そんな廃絶の認可を推奨するような、高尚な表現をすればデカダンスと言うのだろうが、そんなものに価値を見出だしてしまうのだ。そうならないために、その熟達したキアロスクロで暗きを見給え。細胞のひとつひとつを北や西から掻き集め、東と南に広がる仄かな熱の屋根の下に置くのだ。そうして初めてお前は浄化される。

 私には、あるものはあり、ないものもある。お前は胸に手を当てるのだ。わかる筈だ。その身体にはあるものはあり、ないものもあるという世界誕生の水脈に転た寝する事実が。


       13


 あるものはあり、ないものはない。されど、胸に手を当てれば月の光の柔さに驚くことはある。あなたが言いたいのは、天使の存在証明、そして心の存在証明。既に私は破れた青さを見ていたというのかね。

 あなたの神経に通された神の性質はスピノザの語るものと違うようで、どうにもオリジナルに見える。ヒトとして、ないものと交信するのは愚かなことだが、さて、あなたはそれが可能なようだ。

 あなたは憶えているか。何が産声か。火に焼かれた胎児は何を話すだろう。産声が断末魔だろうか。空から降る光の矢、私はカタトゥンボの地で眺めたが、そこに神はいなかった。

 北の地の宇宙飛行士の言葉、それも他人の言葉だが、そう、神はいなかったという言葉は、私の言葉の正確さを補強するのに足るのではないだろうか。神がいないのなら、心も天使もない。それだけではないのか。作り手がいない作品は存在しない。それだけなのだろう。

 あるものはあり、ないものはないのだろう。


       14


 あるものはあり、ないものもある。

 これで最後だ。わかってもらえなくて私は悲しいよ。お前のようなヒト科の劣等生は、お前の言うフィロソフィの犠牲になるのが一番だ。

 私はお前に銃を向けたくないし、それは空を回る天使の意思や、この世界を永遠平和の夢に封鎖してくれた大いなる存在の瞬きの阻害に繋がるからだ。いいか。私は神を見たことがある。神をいないと思うからこそ、ないものはないと言うしかないのだ。

 独立の篝火は煌々と鮮明に、夢と現実が融和した今でさえも高らかに燃えているのだ。生まれながらの喜劇が転調しないように私たちは右手に掲げた白い炎で創造された世界に意味付けをしたのだ。被創造物の私たちは同じく被創造物の全てに触れる権利があるのだ。

 あるものはある、ないものもある。

 星を見よ。愚鈍なお前には見えまい。あの悠然と飛翔する、世界の守護者たちの翼が。さらには、あの間違いもなく輝く不可視の天球の気配が身を震わせるだろう。そこに確かに大いなる意思はあり、それは不可視ではあるが、あるのだ。ないものはある。それはそこにあるのだ。


       15


 あるものはあり、ないものはない。

 ああ、よくわかるよ。あなたは意気地がないから、今、銃を向けているのだ。言葉はあなたにとって装飾品でしかない。

 私は言った。現実は装飾品でしかないのだと。事実、今まさに、現実がそうなっているのだから。あなたの見ていた天使は何処にいるのだろう。あなたの足元か。そこに地面はあるかね。夢と現実を融和させたまま放置させた賢者気取りのあなたが存在の有無を語るなんて本当に滑稽だ。

 その引き金は引けるのかね。ああ、引けるともさ。石英の空に咲く花を見たかね。それで私と並べるのだからな。

 さあ、引き給えよ。その軽い引き金を。

 神がいるなら慈悲がある。慈悲があるなら神はいる。簡単だろう。神がいるなら、その慈悲は降り注ぎ、あなたと私を救うのだ。あなたは私の傀儡で、私の理想的なフィロソフィに手足を蝕まれているのだ。

 何を後悔するかね。何処に希望を探すかね。あなたはもう引き金を引くしか選択肢はないのだ。

 見ろ。乳白色の全天を。何処にあなたの言うものがあるのかね。月でさえも隠れているというのに。あなたの描いた天球図は何処だろう。

 まだ躊躇うのか。そうだ、怒号を上げろ。恥じらいもなく、鬱陶しく、夢から醒めなかった道化の果てを描け。天球図を描いている暇はない。

 あるものはあり、ないものはない!

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