71 あいつと俺の距離
いつまでもサンドイッチ状態で、静弥を抱きしめているヴェインとアグローヴェを無理やり引き離した俺は、これだけは言っておかなければならないと、口を開いていた。
「しず、俺は誰とも付き合ってなんかない。それは、千歌子の妄想だ」
俺がそう言うと、静弥は目を丸くして驚いていた。
「えっ?だって、千歌子ちゃんが、かっちゃんから告白されて付き合うようになったって……。だから、今までみたいにかっちゃんに付いて歩いたら駄目だって……」
「は?!何だそれ……」
まさか、静弥が俺に余所余所しい態度を取っていたのは、俺のキツイ物言いだけが原因じゃなかったのか?!
千歌子の野郎……。
ぶっ殺す……。
そんな事を考えていると、静弥は何を思ったのか納得したような表情で言ったのだ。
「あっ、そっか。千歌子ちゃん、かっちゃんの事好きだったんだね……。それで、私とかっちゃんの事何か誤解して、そんなこと言ったんだね……。はぁ。かっちゃんと付き合うなんて絶対にあり得ないのに。千歌子ちゃんは、心配性だなぁ」
「はえ?俺と付き合うのがあり得ない?」
まさかの静弥の言葉に、またしても俺は変な声を出していたが、今はそんな事をかまっている余裕なんて俺にはなかった。
しずの口から、俺が恋愛対象としてあり得ないと言われたのも同然だったからだ。
動揺しきっている俺に気が付いていない静弥は、のほほんとした口調で言ったのだ。
「だって、かっちゃんは……。弟みたいな感じだし?」
「おとうと……」
「だって、生まれた時からのお隣さんで、小さい時は、かっちゃんの方が私に甘えてたくらいだし?今じゃ、かっちゃんの方が大きいけど、ふとした時に、小さい頃の甘えん坊さんだったかっちゃんに見えるっていうか?」
静弥の言葉に、後ろでソウが吹き出していたが今はそれどころではなかった。
まぁ、後で絞めるが。
まさかの弟……。それに、俺は別に静弥に甘えた記憶なんて……。
動揺していた俺は、震える声で否定の言葉を吐いていた。
「ありえないだろう……。それに、しずに甘えた記憶なんてないぞ……」
俺が、狼狽えながらそう言うと、昔を思い出すような、懐かしそうに微笑みながら静弥はとんでもないことを口走っていたのだ。
「くふふ。かっちゃん、忘れちゃったの?昔、私に言ったじゃない。「ぼく、大きくなったら静弥ちゃんのお嫁さんになる~」って。大泣きしたじゃない?それで、慰めるために、引っ付いてはなれなかったかっちゃんと一緒にお風呂に入ったり、お布団で眠ったり。あの時は、3日くらい、甘えて私から離れなかったよね~。くふふ。かっちゃん、私が父さんと結婚するから、無理って言ったら、火が付いたように泣いちゃって。可愛かったなぁ。実は、あの時のホームビデオが家に残ってるんだよね~」
まさかの、俺が忘れていた黒歴史をここで暴露されてしまった俺は、頭を抱えて床を転げ回る羽目になっていた。
そう言われれば、昔、静弥と結婚したいと言ったら、「父さんのお嫁さんになるから無理」って、断られて、大泣きしたような気もする……。
段々と、あの時の恥ずかしい黒歴史が脳裏に蘇ってきた俺は、恥ずかしさで死にそうだった。
と言うか、映像として残ってるとか聞いてないぞ!!
俺が転げ回っていると、静弥は可笑しそうに続けて言ったのだ。
「そう言えば、あの時一緒にお風呂に入った私のむ―――」
これ以上恥ずかしい事を暴露されてはたまらないと、俺は転げ回るのを止めて、急いで静弥の口を塞いでいた。
勢いの付き過ぎた俺は、思わず静弥を押し倒していた。
思いの外近い距離にある静弥の瞳と目が合った俺は、心臓が口から飛び出しそうだった。
もし、手で静弥の口を塞いでなければ、唇同士が……。
って、そんな事を考えている場合じゃないと、俺は急いで静弥の上から退いていた。
「悪い……。でもな、しずが悪い。俺の恥ずかしい過去をバラすから……。それに、俺は弟なんかじゃない……。それだけは覚えておけ」
絶対赤くなってしまっている顔を見られたくなかった俺は、静弥に背を向けてそう言い放っていた。
「ご、ごめん。懐かしくてつい……。それに、千歌子ちゃんの言うこと鵜呑みにして、かっちゃんのこと避けてたこと……。ごめんね。千歌子ちゃん、私のこと嫌いだったみたいで……、きっとだから私に……」
「俺こそごめん。色々意地になって、しずにキツイこと言った……。謝って許されることじゃないけどな……。でも、ごめん」
「ううん。私も……、ちゃんとかっちゃんに確かめればよかったのに、確かめるのが怖くて、見ないふりしてた……。だから、私もごめんね」
赤くなった顔を見られたくはなかったが、しずの顔がどうしても見たくなった俺は、背後を振り返っていた。
そこには、俺と同じくらい顔を赤くさせた静弥がいた。
その大きな瞳を見つめると、涙の膜が張っていて、今にも零れてしまいそうだった。
なんとなく、静弥の頬に片手を添えて、親指で頬を撫でていた。
すると、静弥は少しだけくすぐったそうにしていたが、昔のように笑ってくれた。
すると、その拍子に目尻から一滴涙が零れていた。
俺は、その涙がとても美しいと思った。
それと同時に、目の前の愛おしいこの子を絶対に、何があっても守ろうと心に強く思ったのだ。
「ふふふ。それじゃ、仲直りだね?」
「ああ。そうだな」
「えへへ。うれしいなぁ。かっちゃんと昔みたいにお話できて」
「ああ。俺も、もっと早くこうしたかった」
そう言って、数年ぶりに何の蟠りもなく話せたことが心から嬉しかった。
それに、なんだかんだで、俺としずのやり取りに入ってこずに、仲直りを見守っているヴェインには、一応心の中で感謝した。
だけど、それとこれとは別の話で、静弥を渡すつもりはない。
お互いの誤解も解けたことで、これからは俺が……。
いや、今は静弥との間にあった蟠りがなくなった事をまずは喜ぼう。
急いては事を仕損じるとも言うしな。
これからゆっくりと、距離を縮めていけばいい。
邪魔者はいるものの、静弥の側に居られることが重要なんだ。




