告白 8
「晴美さんは普段は料理教室を開かれているのですが、カウンセリングもされていましてね」
空知神父がそこまで説明して、大体の内容はわかった。
晴美という女性に施設内の子どものカウンセリング、心のケアを頼もうという事なのだろう。
それについては少し前から職員が考えていると聞いた事があった。
養護施設に来る子どもは、何かしらの事情を抱えている。そんな子ども達の中には酷く心に傷を負って入所してくるものも少なくない。
専門のスタッフが欲しい、というのは伊太郎にもわかりやすい話だと思った。
まぁ、自分に必要かと訊かれたら断るだろうけど。見ず知らずの人間に洗いざらい話して、スッキリするという感覚が分からなかったし、第一、こんな女性と二人きりにされたら、かえって悩みの種が増えてしまいそうで……。
「いたろー。やらしい顔してる」
「は?」
そんな事をぼんやり考えていると、いきなり横っ面を声で殴られた。自然、緩んだ顔になってしまっていたらしい。
伊太郎は我に返ると、冷たい視線の風香から逃げるように顔を赤くして俯いた。
原因の晴美さんはころころと笑っている。
「で、重清は?」
風香はそんな伊太郎に早々に見切りをつけたらしく、半身乗り出すと宮治に問うた。その声にはまだ警戒の色があり、伊太郎はそこまで美人を敵視しなくてもいいのに……と伏せ目で風香の横顔をチラリと見上げた。
宮治はそんな好戦的な風香の口調を一笑すると、ふと、伊太郎の方に視線を投げた。
それは不思議な眼差しだった。懐かしさとも、珍しさとも違う。敢えて例えるのなら、可哀想がるあのババァの目に似ていた。
でも、同じなはずありえない。長年施設のオーナーとして運営に携わってきた彼が、そう言う風に子どもを見るなんてありえないはずだからだ。
とはいえ、伊太郎は宮治と過ごしたのは初めの一年だけ。彼の事をよく知るわけじゃない。世話になった恩を感じないわけではないが、懐かしいというほどの間柄でもない。
だからさした落胆もしないで済んだ。伊太郎はただただ居心地の悪さに苦笑し「お久しぶりです」と軽く頭を下げただけだ。
宮治は目を細めると、軽く頷いた。最近、物忘れが始まっていると聞く。もしかしたら、自分の事は覚えていなかっただけかもしれないな。伊太郎はそう好意的に思いなおすことにした。
「重清は使いにやってるよ。お客様に出すお茶受けを切らしていてね」
「そんなら、私に言ってくれたら途中で買って来たのに。だいたい重清が買うお茶受けって、どうせいつもの福々堂のまんじゅうか羊羹でしょ?遠いじゃない。片道自転車でも20分はかかるし、お客さん、待たせる事になっちゃうでしょ?」
「そうだな。気がつかなかったよ。次からはお前に頼む事にしよう」
宮治は頷きながら客の二人に「すみませんね」と付け足した。二人は「いえ、おかまいなく」と無難に返す。
「そういや、風香、頼んでいたものは……」
宮治がふと気がついたように言葉を向けた。風香は唇を尖らせ、背負っていたバックパックを肩からおろし、中をまさぐる。
「持って来たよ。けど、宮じぃさ、CDなんか聴けるの?」
「馬鹿言うな。それくらい造作ないわ」
風香はCDケースを取り出すと、客の二人の隣を通り抜け、宮治に差し出した。それは販売されているようなものではなく、ラベルも何もない真っ白なCDだった。
「これは?」
空知神父も不思議に思ったらしく首を傾げる。
風香はなぜか自慢げにその神父を振り返った。
「クラシックよ。うちの保育士さんがヴァイオリンで弾いてくれたの。毎週土曜にいつも聞かせてくれるんだけどさ、私、いつもそれ、録音してて、宮じぃに話したら、ど〜しても聞きたいって言うからさ、コピーしてあげたわけ。凄く綺麗な音色なんだから。これはもう、世界の宝ね。これが聴けるのと聴けないのとじゃ人生、3倍くらい幸福度が変わると思う」