告白 7
家に入るとすぐ右手にある居間は通り過ぎ、風香は真っ直ぐに廊下を進んだ。伊太郎は一応通りざまに居間を軽く覗くが、やはり人はいない。
「たぶん、宮じぃの部屋よ」
風香は宮治の事を宮じぃと呼ぶ。もちろん愛嬌を込めた呼び名なのだが、この時ばかりは彼独りに客の相手を任せた重清に腹を立てているのか、やや乱暴な感じに聞えた。
「こんにちは!」
風香はあるふすまの前に立つと、一気にそれを引いた。
「風香か」
宮治の声がし、室内の空気が静かにこちらに流れるのを伊太郎は感じた。なにも、はなっから喧嘩腰でなくてもいいじゃないか。悪いのはここにいない重清さんなんだし。と、伊太郎は思いながら風香の後ろから室内を見た。
そこには庭に面した縁側におかれた、リクライニングチェアに腰かけた宮治と、その傍に一緒に庭を望むように籐の椅子に座る男女の姿があった。
三人の真ん中には小さなテーブルがあり、重清が用意して行ったのか、カップが三つと向かれた梨が置かれていた。
「これは、お孫様がいらっしゃいましたか」
女性の方が、大人の女を思わせるやや低くそれでも透き通った声でこちらを振り返った。
黒目がちの瞳に長い首がたおやかな印象を与えている。地味なスーツを着てはいるが、それでもこの女性から匂いたつ色香は微塵もくすんでいないように思えた。
両手に手袋をしているのが少し気になったが、なによりもこれまで出会ったことのないような女性の魅力に、伊太郎は声が出せなかった。
「違います。私は宮じぃの娘です」
その隣で風香がまだ警戒を解かずに女に突っかかるように言い放つ。
「あら、娘さん?」
女性が首を傾げた。瞬きする様は少女のようにあどけなくて不思議な感じがする。宮治は気分が良いのか低く笑い
「施設の子どもは、皆、私の子どもです」
と説明した。女は得心したようで声を漏らすと頷いた。
「風香と言います。宮じぃ、こちらは?重清はどこに行ってるの?宮じぃにお客さんの相手一人でさせるなんてさ。何考えてるんだか。ここも開けっぱなしだし、そろそろ風が冷たくなるって言うの。宮じぃ、頭いつ切れるかわかんないんだから、不用意な事しないでよ」
「そう言う風に一気にまくし立てられる方が、血圧があがりそうだよ」
宮治はそういって苦笑すると、伊太郎の方に視線を投げた。お客さんを紹介する前に、こちら側の人間を紹介する必要があると言っているようだ。
伊太郎は慌てて頭を下げた。
「あ、僕は伊太郎と言います。あの、僕も施設でお世話になってて」
「貴方も」
伊太郎はその声を聞きながら、彼女達もあの豚ババァのように自分達を『可哀想』だとか思っているんだろうな、と苦々しい気持ちで顔を上げた。
「伊太郎君、風香さん、はじめまして」
しかし、顔をあげて見えたのは、そんな事微塵も感じさせない目だった。何が違うかははっきりは分からない。ただ、憐れみと言ったものは一切彼女からも、その隣の男からも感じられず、むしろ、こう言った事情を知らない人間が普通に中学生を見つめる目と変わりはなかった。
「私も、はじめまして、になりますね」
ちょっと探るような口調でそう口を開いたのは、それまで黙っていた男の方だ。何かのスポーツをしていたのだろうか、体格が良く、座っているから正確には分からないが身長もありそうだった。
品のよい顔立ちは日本のものとどこか異国の物が混在したような作りで、少々彫が深い。目の色も僅かにグレーがかって見える。その目と同じように頭髪もグレーで後ろに撫でつけられていた。しかし、一番気になるのは、その耳だ。
前を向いている。それが妙に目について、一見ハンサムな部類に入りそうなその中年にアクセント的な愛嬌を添えていた。
風香もその耳に気が付いているらしく、デリカシーもなくその耳に凝視だ。
しかし、男の方はそんな視線を知ってか知らずか、穏やかで低い声で話を続ける。
「私は空知と申します。こちらの施設の今の運営元となる聖ペテロ教会の神父をしております。今日はオーナーさんに彼女の事を紹介しに来ました」
「天宮晴美と申します」
女性はそう自己紹介すると、二人に頭を軽く下げた。