表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/40

告白 5

 伊太郎は、口やかましいだけじゃない、風香のこんな顔だって知っている。


「読書会、終わったようですね」


 司はそういうと立ち上がった。窓際まで歩き、少女と風香に手を振る。

 二人は司に気が付き手を振り返してきた。

 なんだか、その光景は、伊太郎から遠い世界の出来事のように思えた。

 司の事は好きじゃない。でも、羨ましいなと思う。特に、風香とあんな風に笑い合えるのは。

 風香がこちらに気が付き、笑顔を凍りつかせた。すぐに頬を染め、口を突き出しそっぽを向く。

 まだ、怒っているのだ。当然だろうな、と伊太郎は素直に謝る事も出来ずに自分もそっぽを向く。

 そんな二人のかけ橋になるように、司が声を上げた。


「そうだ。風香ちゃん、これから先代のオーナーの所に行くんですよね」


「あ、はい。そうですけど」


「伊太郎君も一緒に行ってはどうですか?」


「「はぁ?」」


 この時ばかりは風香と伊太郎の息はぴったり合い、司を両方から凝視する。

 風香は毎日先代のオーナーの所に通っていた。脳梗塞で半身が麻痺になり、最近は物忘れも進んできているオーナーの所にだいたい3時から7時まで、夕食や風呂の世話に行っているのだ。

 もちろん、仕事ではない。風香が勝手にやっている事なのだが、伊太郎が知る限り、先代オーナーが退院して来てから風香は、これを一日も欠かしたことはなかった。


「ね?」


 出た。ごり押しの微笑みだ。

 司の笑顔に、思わず風香と顔を見合わせる。風香もさすがに弱った顔をしていた。

 司が窓からひらり、中庭にその長い足を踊らせ軽く飛んで出た。三輪車の少女の隣にしゃがみ、風香を上目で見つめ、またにこり。


「風香ちゃん、彼女は僕が皆の所に連れて行くから。ね?お願いするよ」


 みるみる風香の顔が赤くなっていくのが、伊太郎の所からもはっきり見て取れた。これだから、嫌なのだ。


「はい。わかりました。司さんのお願いなら……」


 蚊の鳴くような声で風香が承諾する。

 断るわけないよな。伊太郎は思いっきり溜息をついて、耳まで赤くする風香を呆れて見つめた。


「伊太郎君、カップはそのままでいいからね。じゃ、先代さんによろしく」


 司がそう言って少女を連れて去っていく。

 司に連れられた少女は嬉しそうに司に何かを話し、彼は頷く。ここではありふれた光景がそこにはあった。 

 残された二人は窓を挟んでその姿を見送った。

 風が吹き、銀杏の木がそんな二人を笑うように揺れた。

 風香は伊太郎を睨むと


「私、部屋に戻って荷物とったらすぐに出るから。ちんたらしてたら置いてくからね。自転車も用意してよ。じゃなきゃ、あんた、運動部みたいに私の隣を走る事になるからね。あ、ちなみについてこれなくて迷子になっても、探しには行きませんから。いい?私が自転車出して、門の前に行くまでには用意しててよね」


 そう、いつもの早口でまくし立てた。

 伊太郎はホッとした。

 そしてやっぱりこちらも「はいはい」と気だるげに、いつものように応たのだった。

 ちょっと、本当にちょっとだけ、司に感謝しながら。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ