告白 5
伊太郎は、口やかましいだけじゃない、風香のこんな顔だって知っている。
「読書会、終わったようですね」
司はそういうと立ち上がった。窓際まで歩き、少女と風香に手を振る。
二人は司に気が付き手を振り返してきた。
なんだか、その光景は、伊太郎から遠い世界の出来事のように思えた。
司の事は好きじゃない。でも、羨ましいなと思う。特に、風香とあんな風に笑い合えるのは。
風香がこちらに気が付き、笑顔を凍りつかせた。すぐに頬を染め、口を突き出しそっぽを向く。
まだ、怒っているのだ。当然だろうな、と伊太郎は素直に謝る事も出来ずに自分もそっぽを向く。
そんな二人のかけ橋になるように、司が声を上げた。
「そうだ。風香ちゃん、これから先代のオーナーの所に行くんですよね」
「あ、はい。そうですけど」
「伊太郎君も一緒に行ってはどうですか?」
「「はぁ?」」
この時ばかりは風香と伊太郎の息はぴったり合い、司を両方から凝視する。
風香は毎日先代のオーナーの所に通っていた。脳梗塞で半身が麻痺になり、最近は物忘れも進んできているオーナーの所にだいたい3時から7時まで、夕食や風呂の世話に行っているのだ。
もちろん、仕事ではない。風香が勝手にやっている事なのだが、伊太郎が知る限り、先代オーナーが退院して来てから風香は、これを一日も欠かしたことはなかった。
「ね?」
出た。ごり押しの微笑みだ。
司の笑顔に、思わず風香と顔を見合わせる。風香もさすがに弱った顔をしていた。
司が窓からひらり、中庭にその長い足を踊らせ軽く飛んで出た。三輪車の少女の隣にしゃがみ、風香を上目で見つめ、またにこり。
「風香ちゃん、彼女は僕が皆の所に連れて行くから。ね?お願いするよ」
みるみる風香の顔が赤くなっていくのが、伊太郎の所からもはっきり見て取れた。これだから、嫌なのだ。
「はい。わかりました。司さんのお願いなら……」
蚊の鳴くような声で風香が承諾する。
断るわけないよな。伊太郎は思いっきり溜息をついて、耳まで赤くする風香を呆れて見つめた。
「伊太郎君、カップはそのままでいいからね。じゃ、先代さんによろしく」
司がそう言って少女を連れて去っていく。
司に連れられた少女は嬉しそうに司に何かを話し、彼は頷く。ここではありふれた光景がそこにはあった。
残された二人は窓を挟んでその姿を見送った。
風が吹き、銀杏の木がそんな二人を笑うように揺れた。
風香は伊太郎を睨むと
「私、部屋に戻って荷物とったらすぐに出るから。ちんたらしてたら置いてくからね。自転車も用意してよ。じゃなきゃ、あんた、運動部みたいに私の隣を走る事になるからね。あ、ちなみについてこれなくて迷子になっても、探しには行きませんから。いい?私が自転車出して、門の前に行くまでには用意しててよね」
そう、いつもの早口でまくし立てた。
伊太郎はホッとした。
そしてやっぱりこちらも「はいはい」と気だるげに、いつものように応たのだった。
ちょっと、本当にちょっとだけ、司に感謝しながら。