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告白 32

 やはり。

 伊太郎はさっきの司の表情を思い出して視線を落とした。

 自分と似たあの司の表情。あれは、迎えを待つ者の顔。自分が忘れられていないか、心配し、寂しさと不安に耐える顔なんだ。

 あれを見た時、そして柳とのやり取りで、そんな気がしていた。

 宮治は言葉を無くす柳の方を見た。


「お前は、里美だね」


 柳は押し黙る、何度か唇が『今更、今更』呟きの形に動いてから、吐き捨てたのは違う言葉だった。

 

「そうよ。私と司の母親、里香は宮治に捨てられた家族なのよ。そして」


 柳は生ゴミでも見つめるような目で振り返る。


「重清は私の子ども。司は私の姉、里香の子どもよ」


「え……」


 風香は目を丸め皆を見つめる。そう、彼らは皆、親族だったのだ。

 つまり柳は司の叔母であり、重清は従兄なのだ。

 柳は再び宮治に視線を戻すと、憎々しげに声をうねらせた。


「こいつはね、私達の母親を捨てたの。他に女を作ってね。牧師?笑わせるわ。とんだ生臭坊主よ」


「里美」


 宮治がかすれた声で、その名を呼ぶ。しかしその心までは届かない。娘、柳里美は積もり積もった恨みを吐き出し続ける。


「母は私達を抱え、必死で女で一人で育てた。でも、無理がたたってね、私達が幼い頃に死んだわ。私と里香は里子に出された。わかる?幼い頃に父親に捨てられ、母親に死なれ、他人に預けられた子供の気持ち」


 だから、柳は施設の子どもたちをしきりに可哀想と言っていたのか。

 その歪んだ劣等感は、伊太郎にもわかる気がした。

 同じ立場だというのを認めたくない。でも事実は曲げられない。

 そう言った時、人がとる態度は一つ。相手を見下し、虚構の優越感に浸るのだ。


 伊太郎が皆と馴染まないでいたのも、柳が可哀想がっていたのも、同じ気持ちだったという事だ。

 伊太郎はいたたまれない気持ちに、沈黙した。


「すまなかった」


「今更遅いわよ。私はその後もまともな人生なんか歩めなかった。父親の影ばかり求めた私はろくでもない男に引っかかってね。見てよ!こんなろくでもない役立たずのガキまで作らされて」


 柳は尚も謝罪を撥ね退ける。そして飛んできたその言葉に、宮治だけでなく、重清もまた心を抉られ身を小さくした。


「でも、重清さんは、施設にいたんじゃ」


 風香の言葉を、柳は鼻で笑い飛ばず。


「施設に放り込んだわよ。こぶつきじゃまともな人生歩めないもの。でも、結果は同じよね。親に捨てられた子どもは、どうせまともには生きられないのよ。けどね、こんな私にもようやく神様は味方してくれたの。重清がいる施設のオーナーの名前を見た時、震えたわ。笑わせるじゃない。女作って自分の子供を捨てた男が、児童養護施設のオーナー!? それでね。思いついたのよ。私はこいつの娘よ。財産くらい貰っても構わないって事にね」


 悔しかったのだろうな。

 伊太郎はわめき散らす柳の背中がどんどん、幼い少女のそれに見えてくるのを感じた。

 父に棄てられ、里親ともうまくはきっと行かなかったのかもしれない。

 自分の不運を誰かのせいにしないとやってこれなかった哀れな女の子。

 そんな彼女が、自分を捨てた父親が、他の子どもを育てている。しかも赤の他人の子をだ。それを知った時……心は軋みながら歪んでしまったのだろう。

 伊太郎は溜息をつくと、司の方に向き直った。


「司さん。貴方のお母さんは?」


「……もう、ずっと昔に亡くなりました」


 司の横顔は涙の流せない泣き顔だった。そこに他人を攻撃しないと、自分の抱える痛みに耐えられないのだと叫ぶ声が飛ぶ。


「そう! その話を聞いた時もね、司、あんたに同情したふりしたけど、本当はせいせいしてたのよ」


「え」


 司が顔を上げる。


「私、大嫌いだったの! 私と違って顔がよくて、いつもちやほやされてたアンタの母親がね。同じ姉妹で、この男はね、顔の綺麗な姉ばかり可愛がった。その証拠に別れる時も、姉にだけ自分の使っていたバイオリンをやってたの。アンタが毎週末あれを弾く度に、頭がおかしくなるくらい憎しみを思い出していたわ。アンタの母親へのね」


「バイオ……リン?」


 司は目を瞬かせた。


「私を差別して捨てたこいつにも、一人いい思いした姉にも、同時に復讐してやろうと思ったのよ。それで、アンタを見つけ出して、この計画を持ちかけたわけ。馬鹿よね。単純よね」


 柳はそういうと、両手を胸の前で組み、小馬鹿にする口調で演技をして見せた。


「『私も重清も、辛いばかりの人生だったの。ね。せめて本当の父親の気持ちを受け継ぎたいの。娘と孫として。施設が第三者に渡るのなんて耐えられない。でも、今更父の前にも出られない。だから、権利書と遺言状を探し出して。遺言状さえなければ、別れた妻の子でも自動的に私のものになるの。ひいては、重清のためにも。私と重清は血のつながったあなたの家族なのよ』」


 そして再び、憎らしい表情に戻ると、司を覗きこむ。


「そうやって泣きつけばコロッと騙された」


「叔母さん。僕は……」


「ば〜か。私はね、初めからアンタに罪を被せて、遺産を独り占めするつもりだったのよ。あ、訴えようったって無駄よ。この男が権利書や遺言状を探したり、このバカ娘に探らせ、重清と連絡を取っていた。それらが皆、示すのはアンタ一人よ」


 柳は得意そうに言うと、そういって腹をゆすぶり高笑いした。


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