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告白 31

「バイオリン……」


 柳の呟きに伊太郎は彼女の顔を改めて見る。そして強い口調で詰問した。


「ババァ。アンタ、宮治さんに何したんだよ。どうしてこんな事したんだよ。言っとくけど、アンタだって調べればこの計画にかかわってたのはすぐに証明できるんだ」


「何ですって?」


「一つに、状況。司さんが施設を探りまわるのは共犯のアンタがボランティアの時間だけだ。そうだろう。共犯者が皆を引きつけている時じゃないと、安心して嗅ぎまわれないからね。施設に関わり始めたのもほぼ司さんと同じ。宮治さんが倒れて施設を後に直後だ。二つに物的証拠。通話記録だよ。司さんはこの病院からアンタの所に電話している。調べればすぐにわかるよ」


 物的証拠はほぼカマかけに近かった。でも、それを突き付けねば、この強情そうなババァの口は割れないと、伊太郎は踏んだのだ。

 そして、それはほとんど有効だったのをすぐに実感する。

 柳は顔を歪めたのだ。笑みの形に。

 それは醜悪な造形をさらに醜くしていた。しかし、その中にも、もう誤魔化しを止めた潔さがどこか見て取れた。

 観念したのかもしれない。もしくは、この段になって、なお、自分の正当性を主張するつもりなのか。

 柳は宮治を見下ろすと目を細めた。


「点滴の速度を少し早めただけよ。でも、悪いとは思わないわ。こんなジジィ、くたばって当然なのよ。そう思うから、司も私に協力して遺言状を探す気になった。そうでしょ?私たちこそが正当な遺産相続人なのよ。それだけの権利はある。他ののうのうと生きてきた人間なんかに渡してたまるもんですか」


「どういう」


 今度は相続権を主張するというのか? 同居をしていた重清がそれを主張するのはわかる。でも、たかだか施設のボランティアに来ていた柳にどうして?

 それに、未だにわからない大きな謎がある。

 司と重清は彼女のいいなりになった動機、という謎が。

 柳は伊太郎がそこまでは推理できていないのを察すると、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「私まで突き止めた探偵ごっこが好きな坊やも、これまでは分からなかったようね。知りたい? こいつらは口を割らないわよ。宮治に訊けばいいでしょ」


 完全に人を馬鹿にした口調に伊太郎は唇を噛む。司と重清を交互に見るも、柳が言うように口を割る気配はない。まるで、それだけは守らねばならないというように。

 そこに、伊太郎は切り離せない絆の様なものを感じはしたが、それが何なのかまではわからなかった。

 柳がその太い胴を小刻みに揺らし、低い声で笑う。


「それが、できればね」


 宮治に……。モニターを見る。命を証明する電子音の間隔はさらに長く、今にもその命が消えゆくのを知らせていた。

 心音が徐々に伸び、波形の形が変わっていく。


「すみません!」


 看護師が急に声を上げ、忙しく宮治の周りを動き始めた。

 しかし、心音はどんどん伸びて……。


「延命はしないのかよ! 本当に、良いのかよ!」


 伊太郎は重清と司を振り返った。二人ともまるで現実から目をそらすように俯き、一言も発さない。

 宮治は恨まれるような何かをしたのかもしれない。命を取り留めても、マヒや痴呆に苦しむかもしれない。

 でも、でも、誰か他人の手で強制終了させられるほどの罪を持っているというのか!?


「宮じぃ!」


 風香が宮治の手を握ったまま叫んだ。

 その時だった。

 伊太郎は、見た。風香の掌が僅かに光り、宮治の中に吸い込まれていくのを。


「……あなた」


 晴美が目を見張る。そして急いで看護師の方に目をやった。看護師は頷き、モニターを操作する。

 そして、奇跡は再び起きた。


「……ふ……か?」


「宮じぃ!」


 宮治が目を覚ましたのだ。しかも、その目にはハッキリとした意志の輝きが見て取れ、しっかりと風香を捕えている。


「そんな」


 柳が愕然とした表情で頬の肉を震わせた。

 何が起こったのわからない。でも、晴美といい、風香といい、今の光といい、今日は奇跡が起こる、そんな日なのかもしれない。

 とにかく、この奇跡が終わる前に、現実をどうにかしないと。

 伊太郎は興奮と混乱に騒ぎだす胸を押さえると、宮治の元まで歩み寄り、その双眸をとらえた。

 宮治は伊太郎の影に気がつくと、その目に深い悔恨と確かな意識を持って見つめ返す。

 伊太郎はこの事件の本当の原因、それを明らかにするために問うた。それが、きっとこの老人が意識を取り戻した理由なのだと信じながら。

 ひざまづき、宮治に視線を合わせる。

 それは、神の前に告白する者と同じ姿勢だ。ただし、今、告白するのは、この老人の方だが。


「宮治さん。この人達を、知ってますね?」


 宮治は一度目を細める。そして、柳、重清、司の順に視線を巡らすと、その事実を自分自身で噛みしめるように頷いた。


「あ。あぁ。私の娘と、私の孫たちだ」

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