告白 30
「司、アンタ……」
柳が顔を歪め司の方を睨む。司は申し訳なさそうに唇を結び、俯いた。
「ババァ。アンタが初めの計画の破たんを知ったのは、きっとあの早朝の電話だよね。アンタの計画じゃとっくに手に入っているはずの遺言状がまだないのに、思わず焦って司さんを責めた。でも、司さんは知らないんだ。アンタと重清がわざと宮治さんをこんな状態にしたって言うのを。知れば掌を返す恐れもある。だから、司には自分がここに来るまでは、彼が宮治に付き添い、重清に遺言状を任せると伝えたんだ」
きっと、重清本人からの連絡が来るまでは冷や汗ものだっただろう。いつ、宮治が目を覚まし、殺害に重清が絡んでいるか話すかもしれないと思うと。
でも、重清はそれも司に全て被せる準備はしていた。そこで柳は重清の計画にのり、一般病棟に移るのを待って司と付き添いを交代し、行動したんだ。
「ね、司さん。僕、まだ答え、聞いてないです。どうして、司さんは宮治さんの家に今日、現れたんですか?誰に、何を頼まれたんですか?」
「そ、それは……」
「司!」
柳の声が飛ぶ。途端に司の表情は、年端もいかない子どもが酷く叱責を受けたような頼りない顔になり、眉を寄せた。
そして、絞り出した声は。
「伊太郎君、。全部、全部、僕が悪いんです。君の推理は凄い。正直、ここまで君が考える子だとは思わなかった。でもね、違うんだ。僕が、みな」
「答えになってませんよ! どうして庇うんです! どうしてこんな奴らを!!」
「伊太郎君」
司は首をゆるゆる振り、頑なに真実を拒否する。
事実を明るみに出すのだけがいい事だとは思わない。
でも、このままなら、宮治の死は、風香の気持ちは、どうなる?
どうか、どうか宮治が息を引き取る、その前に全てを明らかにしてほしかった。そうしないと、こんなので見送るのなんて……。
伊太郎は自分に鞭打つと、司を説得するように静かに続けた。
「司さんがこの件を知らされてなかった証明も、できるんですよ」
司を追いつめるようでしたくなかったけど。と心の中で付け足す。
「司さんは、僕に言った様に、僕と風香を使って遺言状を探そうとはしていたのは本当だと思う。でも、危険にさらされるなんて思っていなかった。だから、風香が倒れているのを見た時、とっさには嘘もつけなかったし、動揺してたんだ」
あの時の司は明らかにうろたえていた。風香を始末する計画何か知らされていなかったんだろう。さらには宮治の事だって……。
「宮治さんの件も知らなかったはずだよ。司さんは本当の病変で人為的なものとは思わなかったんだ。だって、救急車に同乗して付き合う必要はなかったでしょ。付き添いは重清さんに任せて、さっさと風香に連絡をいれて遺言状を探させればいい。でも、しなかった。それは、本当に心配したからだ」
「心配なんかしない! 僕は、本当にこいつを、宮治賢を恨んでいたんだ!」
司は声を上げて激しく頭を振る。何かを振り切るように、自分に呪いをかけるように。伊太郎にはここまでする司の気持ちが理解できない。
「どうして?」
風香が震える声で訊いた。司は手を止め、風香を見つめる。
「それは」
やっぱり、嘘なんじゃないか。伊太郎はやり切れない思いに唇を一度噛むと、証明を続けた。
「僕はね、風香からの報告も、遺言状の件を探ったり、体調を管理するためだけだとは思っていないんだ。司さんは本当に、宮治さんを心配してたんだ」
だって、必要ないのだ。毎日、毎日探りを入れる必要何か。重清もいる。変わった事があればすぐに耳に入れられる立場にあった。変わりなくても様子を聞きたがったのは、やはり、それは純粋な心配なんじゃないだろうか。
しかし、司は首を横に振る。
「違う!違う!違う!」
「そうよ。司さん、いつも気にしてた。宮じぃがどんなものに食べたかとか、マヒはどうとか、そんなんだけじゃなくて。何に喜んだのかとか……そう、一番気にしてたのは、どんな思い出話をしたかじゃなかったっけ。それはいつも」
風香の祈るような声に、司はさらに首を振る。
「遺言のヒントを探るためだ!」
「もう、いいでしょ!」
声を上げたのは風香だった。涙目で見上げるその目はまっすぐ司を射抜いており、行き場のない悔しさにその唇は曲げられていた。
「風香、ちゃん」
風香は立ちあがると、否定を止めた司のその手を握った。
「私ね、どうして『大切なもの』って聞いた時、CDだと思ったと思う?」
それは、子どもに謎かけをするような優しい声。風香は目を細めると続けた。
「宮じぃはいつも言ってたの。宮じぃの宝は、バイオリンだって。でも、宮じぃはバイオリン持ってなかった。だから……」
だから、風香はバイオリンの音色が入ったCDが『宮治の大切なもの』と思ったのか。
これで、また一つ繋がった。
最後に残ったのは、宮治を、施設を狙った動機だ。