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告白 28

「な、どうして」


 重清が動揺して一歩後ずさる。豚ババァこと柳は顔をしかめ、重清を一睨みする。


「どうして。風香と司さんがここにいるか、って言うのを言ってるんですよね」


 伊太郎は風香を庇うように立ち、二人を睨みあげた。

 部屋にも入ってこれずおろおろと言葉を無くす重清とは逆に、柳は堂々としたものだ。

 伊太郎に対峙すると、ナメクジの様な分厚い唇をくねらせた。


「こんにちは。伊太郎君。どうしたの? 私がここにいるのに驚いているのかしら?」


「いいえ」


 伊太郎は首を横に振った。


「ここに必ず、現れると思ってましたよ」


「どういうことかしら?」


 柳は丸太の様な腕を組むと、伊太郎の後ろの司を一瞥し、すぐに伊太郎に視線を戻した。

 心拍数が、徐々にその感覚を開けているのが背中で聞けてとれた。

 伊太郎は一呼吸置くと話し始めた。


「今日、一つおかしい事実が浮かんだんです。昨日、帰って来てすぐに宮治さんが倒れているのを見つけて通報したとはずの重清さんが、帰宅後の空知神父からの電話を取って『宮治さんは大丈夫』って答えたって事実が」


 重清は目を伏せる。


「そうですよね? 重清さん」


「そうなの!?」


 ややヒステリックな声が飛ぶ。もちろん柳の、だ。重清は頷く。

 そして、伊太郎が予想した通りの事を口にした。


「司からの連絡だと思ったんだ。あの家は、滅多に電話は来ないし。急な訪問で計画が狂ったから……」


「計画とは、宮治さんの降圧剤に細工する事ですか?」


 重清は頷いた。


「う、そ」


 風香の声がする。司は否定しない。重清は唇を一度強く噛むと、顔を勢いよく上げ、何かにすがりつくように声を上げた。


「でも、違った。客が来た。だから、とっさに嘘をついてしまったんです。本当です! 俺は司のいいなりで……本当は怖かったんだ。施設の権利なんて、俺は」


 って、言うと思ったよ。伊太郎は冷めた思いで、見ようによっては気の毒なほど顔を崩す重清を見つめた。

 柳の傍を通り過ぎ、重清の目の前に立つ。

 そして、口の端を上げて突きつけた。嘘をたった今、自分で証明した事を。


「重清さん」


 伊太郎は声を落とす。そしてその肩に手を置いた。


「流暢な説明、どうも」


「!!!」


 その場に一本の矢が走り抜けたような緊張が走った。

 みなの視線が、重清の口、その一点に集まる。


「吃音は、演技だったんですよね?」


 沈黙が重く重清にのしかかる。伊太郎はそれらの反応の効果をゆっくりとみてとってから、さらに話しを続けた。


「僕が初めに違和感を感じたのは、救急車への通報です」


「通報?」


 風香の声に頷く。


「おかしいと思ったんだ。重清さんは重度の吃音の筈だ。緊張や話し始めは必ずと言っていいほど、僕だって聞き取れないくらいの吃音だったんだ。それが、家に帰って意識不明の宮治さんを見て、冷静に救急車を呼べると思う?」


「あら、それは偏見じゃない? その時はうまく話せたのかもしれないでしょ」


 柳が肉に埋もれた目をさらに細めた。しかし伊太郎は怯まない。


「それだけじゃない。時間的にもおかしいんだ。司さんが仕事が終わるのが5時とする。珍しく残業も何もないとしてね。僕たちが行った3時頃にはもう重清さんはいなかった。司さんがどれだけ早く着いても5時すぎ。証言のままだと、重清さんは早くて5時に帰って来た事になる。たかだか福々堂の羊羹を買いに? 時間かかりすぎじゃないか。客用のお茶受けを買いに行ってるんだ、寄り道は普通、考えられない」


 伊太郎は一息ついて、重清を見る。重清は顔を青くし、もはや反論の気力はないようだ。嘘をつくその口を抑え、壁に寄り掛かった。

 伊太郎は再び病室内に振り返る。


「つまり、初めの重清さんが帰宅して宮治さんを発見、通報して救急車が駆けつけたところに、シスターと訪ねて来た司さんが居合わせた。この部分から嘘だったんです。じゃあ、何故嘘をついたのか……。それは空知神父の電話です」


 そういうとチラリ、晴美の方を伺った。やはり何もかもを見透かすような目で、彼女はこちらを見ている。伊太郎は肩をすくめ、続きを話すことにした。


「重清さんにとって、来客は全くのアクシデントだった」


 伊太郎はこう想像していた。

 重清の当初のシナリオはこうだ。

 風香がやってくる時間に合わせ、宮治の血圧を上げる。昏倒とする所を二人で目撃し、風香に救急車を呼ばせた後に、遺言状を出させ、それを奪うのだ。

 もしかしたら、その先に風香を始末し、司に風香殺しを押しつける算段もあったのかもしれないが、そこまではわからない。

 とにかく、来客の存在で重清は動揺した。

 帰ってきたら幸い宮治は一人で客は帰っていたが、肝心の風香も帰った後だ。

 これでは計画は実行されない。重清は焦り、鳴った電話が、首謀者からの首尾確認の電話だと勘違いして、思わず取ってしまったのだ。


「電話の内容は『宮治さんは大丈夫』というのと『司さんのシフト』についてでしたよね。重清が誰かさんからの電話と間違って電話を取ってしまったのは本当でしょう。でも、重清はどこかで気が付いたんです。風香の件は今すぐにでなくてもいい事に。それでとっさに考えたんです。これを利用し、計画通りに宮治を殺し、遺言状を手に入れ、全てを司の指示の元にやっているように見せかける事を」


 伊太郎は「そうですね?」と重清に声をかけてから続けた。

 重清の方は、もはや廊下に崩れ落ち、項垂れ、声も上げない。


「明らかに嘘とわかるそれをつき、きな臭さを残し、さらに自分と司の繋がりをちらつかせたんです。この嘘が有効になるかどうかは分からない。神父が誰かに証言しない限りは無効だ。でも、この場合、電話を取ってしまった、そのミスさえカバーできればまずは十分だったんです。つっこまれたら、つっこまれたんで問題はない。今のように『すべて司の指示だった』という台詞を用意さえすれば」


 で、偶然にも司は重清が連絡する前、救急搬送する時に現れた。難なく司から風香に遺言状の件を持ちかけるきっかけを作れたのだ。

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