告白 24
自分がまだ金のない子どもで、最も早い移動手段が自転車なのを伊太郎は今ほど恨んだ事はなかった。
一応、何度かかけた風香の携帯は電源が切られていた。
国道を、伊太郎は破けそうな心臓と、喉をすり切らしそうな乱れた呼吸に顔をゆがめながらペダルを漕いだ。
昨日、風香とここを走った時は、こんな事になるなんて思いもしなかった。
風香は、もし、司の本当の顔を知ったら、どんな顔をするのだろう。
そうだ、宮治の生死や施設の行方より、自分は……。
伊太郎は昨日の風香の涙を思い出す。
ごめんなんだ。アイツの泣き顔を見るの何か。
「風香っ」
伊太郎はハンドルを切り、勢いよく道を曲った。国道から側道に入れば宮治の家はすぐだ。
伊太郎は自転車を投げ捨てるように降りると、走って玄関に走り込んだ。
「風香ぁ!!」
叫ぶ。しかし返事がない。
見ると、玄関には風香の靴と、男ものの靴が一足。
「風香!」
もう一度呼びながら廊下を上がる。
その時、空気が動いた。宮治の部屋から顔が覗く。
それは
「司さん」
「伊太郎くん」
司は青い顔をして明らかに動揺していた。
伊太郎は足早に歩み寄ると司に掴みかかる。
「風香は、どこにやったんですか! 風香は……」
その時、司の向こうに見えたその景色に伊太郎は絶句した。
そこには、真っ白な顔で横たわる風香の姿があった。
全身の血がざっと音を立てて引いて行く。指先にしびれるような感覚が走りぬけ、伊太郎は司を掴んだ手にさらに力を込めた。
「お前!風香に何をした!」
「違う!僕じゃない。僕も今来たばかりで……」
司は必死に言い逃れをしようと首を横に振る。昨日は宮治で、今日は風香か? いい加減にしろ! こいつはどこまで……。
「ふざけんな!」
伊太郎は思いっきり司の横面を殴る。司の体は軽く後ろにふっ飛び壁に当たって崩れ落ちた。
「風香!」
伊太郎が駆け寄る。そして彼女を抱きあげた。
嘘だろ? 嘘だろ? 嘘だろ? 嘘だろ?
伊太郎は何度もその言葉を頭の中で繰り返し、こみ上げそうな嗚咽を唇を噛んで飲みこんだ。
風香の頬にこわごわ触れてみる。
冷たい。瞼もの中の眼球の動きも見てとれない。そして昨日までよく動いていたそのふっくらとした唇は、今や青黒くて……。
「風香! 嘘だって言えよ!!」
伊太郎は思いっきり彼女の体を抱きしめると叫んだ。
しかし、風香のその手はだらりと垂れ、もう命は輝きを失ったかのようだ。
伊太郎はそのまま司を睨みつけると、今までに出したことのないような声でどなった。
母親に捨てられた時も、どんな人間に同情された時も、孤独を感じていた時にも声一つ上げなかった自分の心が、今は割れて砕けてしまいそうだ。
「司! どうして風香にまでこんな事したんだよ! そんなにあの施設が、遺言状が欲しいのかよ!」
司の顔が跳ねあげられ目が見開かれる。
「風香ちゃんは僕じゃない。 確かに、遺言状は探していた。君や風香ちゃんを使って探りを入れさせようと思っていた。でも、僕は……」
「うるさい!」
伊太郎は風香をぎゅっと抱きしめると目をギュッと瞑った。
怒りより悔しさが、砕け散りそうな心を僅かに奮い立たせていた。
わかっていた。気がついていたのに、自分は何にもできなかった。のんきに眠って、風香が一人ここに向かったのにも気付けなかった。
あの、背中に何にも、何にも……。
「風香は、アンタのことが好きだったんだ」
ポツリと、雨雲から初めに落ちる涙のように、伊太郎の声が零れ落ちた。