告白 23
「あ、あんた達……」
伊太郎は思わず立ち上がると二人を見つめた。
「こんにちは」
晴美が微笑みを浮かべ伊太郎のすぐ傍まで来た。
伊太郎は警戒しながらも、寝起きの頭をフル回転させる。
なぜ彼らがここにいる?遺言状はもう手に入れたのか?それとも権利書の方を取りに来た?
否、どちらの場合も二人揃って来る必要はない。
今朝の司の電話の相手が彼らだとして、ここにいる理由は……。
「こんにちは。日曜ですが、ここに何か用ですか?職員の人に用事なら、平日の方がいいですよ」
「違うのよ。今日は司遼太さんという方に用事があって」
やっぱり、知り合いか?
「司さんから、なにか連絡があったんですか?」
「いえ?」
しかし、晴美は意外にも首を横に振った。いや、演技なのかもしれない。伊太郎は観察を止めずに言葉を続ける。
「でも、今日、ここに司さんがいるとは限らないじゃないですか。日曜ですよ?休みの可能性だってあるのに」
「それは大丈夫。重清さんに、昨日、聞きましたから」
「は?」
「昨日、帰ってからすぐに電話をしたんですよ。こちらも用事があって、宮治さんをお一人にしたまま帰ってしまったものですから、気になりまして」
空知神父が静かに話す。微塵も戸惑いや誤魔化しのない声だ。
「そしたら重清さんが出られましてね。宮治さんは心配ないと。で、事のついでと申しましたら失礼ですが、出来るだけ早くに司さんにお会いしたいとお話ししましたら、シフトの方を教えていただきまして」
「重清さんが……ですか?」
おかしい。どうして重清は嘘をついた?
彼が帰った時、すでに宮治は倒れて意識不明だったんじゃないのか? それに、なぜ、この電話の事を黙っていた? つじつまが合わないじゃないか?
嘘って言うのは、何かを隠したい時につくものだ。
重清は何を隠そうとした?
伊太郎は目を伏せた。
自分に注がれる二人の視線が気にならないわけではないが、不思議と彼らは司の居場所を聞くでもなく、自分の言葉を待っているように思えた。
この嘘で隠される事実は、重清が帰って来た時、まだ宮治に意識はあったという事だ。
なぜそれを隠さないといけない?
別に帰って来てから倒れたというシナリオでも問題ないはずだ。
重清が困ると思ったのは、きっと……。
伊太郎は自分の乱暴な推理が事実の一端を掠めていたのを確信し、溜息をついた。
重清が宮治が倒れる原因を作ったからだ。それが司の指示かどうかまでは残念ながら分からないが、少なくとも、施設の職員でない重清が『何故か』司のシフトを知っていた事は明確になる。
やはり、司と重清は繋がっている。そして、宮治の容態悪化も人為的なものである可能性が高い。
「賢い子ね」
「え?」
伊太郎は晴美の声に顔を上げた。今の、口に出して話していたつもりはないんだけど?
「聞こえてたわよ。よく、頭の回る子ね」
晴美は目を細めると、伊太郎の頭を撫でた。
次いで、言葉を添える。
「でも、私達は司さんにあった事はないの」
全てを見透かされているようで、伊太郎はゾクリとすると晴美の手を振り払うように後ずさりした。
晴美は放り出された手を自分の胸の前で結ぶように腕組みし、小首を傾げる。
結いあげられた髪が一束首筋に落ちて、何とも色っぽい。
「最後に司さんに会ったのは?」
どうやら嘘はつけなさそうだ。伊太郎は混乱したまま晴美と空知神父を交互に見ながら答えた。
「病院で」
「病院!?」
空知神父が意外そうな声を上げた。晴美の方はじっと黙って、少し残念そうに視線を落とす。
「昨日、宮治さんが倒れたんです。脳出血です。緊急手術になって、僕と風香と司さんと重清さんが、今朝まで病院に詰めていました」
「で、手術は」
「成功です。でも、意識回復が見込めるかどうかは厳しいそうです」
二人が視線を交わした。それだけで何かの話がまとまったようだ。二人はこれまで見せていた柔和な仮面を脱いだような、厳しい顔つきになると伊太郎の方を同時に振り返った。
「で、今は」
「わかりません。司さんと重清さんが残りましたから、どちらかが付き添っているとは思います」
「風香さんは?」
「それもわからないんです。でも、確かなのは起きて昼飯を食べた事くらいで……」
その時だった。食堂の入口の方から声がした。
それは小さな声だったが知っている声で、伊太郎は半身横に体をそらせてその方を見る。
「君は……」
昨日の三輪車の女の子だ。女の子は三人を見上げながら
「お姉ちゃんなら自転車に乗って出かけたよ。かくれんぼしてたら出ていくの見えたの」
と答えた。風香が一人で出かけた!?
別れた時のしおれた背中を思い出す。とうてい気分転換にどこかふらりと出かけたとは思えない。彼女なら司の連絡を待ってもおかしくないはずなのに……。
あ、ということは司から電話があったのか!
「きっとそうよ」
また晴美が自分の考えに相槌を打った。妙だ。そんなに自分は自分の考えを逐一口にしているのか?
「今は、それはいいでしょう。でも、そのまま病院に向かったのかしら」
晴美がぴしゃりと伊太郎の疑問を封鎖すると、今度は独り言のように呟いた。
少女は首を横に振る。
「ううん。私、聞いたもん。どこにいくの?って」
「どこだって?」
「みやじぃのおうちに、大切なものを取りに行くって言ってた」
「!!!」
宮治の家にある、大切なもの。
遺言状か!
風香はまだ司を微塵も疑っていない。こんな時だ、もしかしたら司に誘導されて風香は……。
「止めなきゃ!」
伊太郎は誰に言うでもなくそう言葉を零すと、椅子を蹴って走りだした。
「伊太郎君!」
背中で神父の声がした。
まだ、彼らへの疑惑を捨て切れたわけじゃない。行動を一緒にする事は出来ない。
風香、早まるなよ!
伊太郎は祈るような気持ちで施設を飛び出した。