告白 19
伊太郎は部屋に急いで戻り、後ろ手に扉を慎重に閉めた。
心臓が破れそうなほど音を立てている。
なんとか冷静を取り戻そうと視線を泳がせる。風香と重清はのんきにまだ夢の中だった。
元のように風香の体を起こして寝たふりをしようか。いや、そんな事すれば今度こそ風香を起こしかねない。じゃ、今、起きた所を装うのはどうだろう?その方がむしろ自然だし、どこに言っていたか直接問いただす事も出来るんじゃないだろうか。
伊太郎はそう決めると、窓際まで歩いた。ブラインドの隙間からは薄暗くもさっきより明るくなった空が覗いていた。
ブラインドを目の高さまで上げて外を見る。どうやらここは病院の端。タクシーがつけた道路から見ると裏手にあたる道に面しているようで、向かいには民家が並ぶ面白味のない風景が続いていた。
西向きなのか、太陽は見えないが、夜が白々と明けていく空はどこかぼんやりしていて、今の自分の頭の中のようだった。
司は、誰と何を話していた?
耳に聞こえて来た単語を並べ、足りない部分を推測で細くしながら考える。
権利書。遺言状。急ぐ。
キーワードはどれも不穏なものばかりだ。
でも、昨日までの靄をまた一つ晴らすものでもあった。
そう、伊太郎がひっかかっていた事の一つが、司のボランティアへの協力。特にあの豚ババアの読書会だ。
あの時、司はいつも施設の人間を全員一か所に集める。よほどの用事がない限り、あの笑顔でごり押しされ連れて行かれる。そして司一人、事務所に残るのだ。
それは、つまり、他の部屋に誰もいない状態。司が全くのフリーって事になる。
その間に、奴は施設内を探して回っていたのかもしれない。
権利書はその時に見つけたと言ってもいいかもしれない。でも、遺言の方はどうだろう?普通、職場にそんなもの置くと思えない。
と、すれば家って事になる。
で、ここで使えるのは。
伊太郎はそっとまだ眠っている二人を振り返った。
彼らだ。
風香は司に従順だし、逐一報告していたらしい。
さっきのやり取りだと重清も同じ。司のいう事はみな信じているといった感だった。
この二人に探らせていたのかもしれない。
なぜ?
それこそ乗っ取りか?
じゃ、一体誰と。
伊太郎は昨日の事を思い出し、顔を暗くした。もしかしたら、風香の懸念はそんなに的外れではなかったのかもしれない。
仮に、司があの空知神父と晴美という女性と組んでいたとしたらどうだ?3人で施設の乗っ取りを計画。
司は風香の報告で宮治の健康状態も把握していたはずだ。薬の管理はどうしていたのだろう?
ものわすれを始めている宮治本人がしているとは考えにくい。かといって午後からしか来ない風香でもないだろう。と、したら重清だ。
もし、重清が司に言われるままに降圧剤の分量を減らす、もしくはあの二人に薬の場所を示したいたりなんかしたら、この脳出血を人為的に起こすって事は考えられないだろうか?
やばい。ここは宮治の顔を見たらさっさと去る方がいい。そして、風香に今の考えを……。
振り返り、その寝顔を見る。
安らかな風香の寝顔は幸せそうだった。何かの夢を見ているのだろう、頬も桜色に染まり、ぷっくりとした唇が微かに微笑んでいる。
伊太郎は思わずその頬かかる髪を、そっと人差指でさらってやった。
僅かに触れた指先に、その頬の柔らかさが伝わり、胃の辺りが重苦しくなる。
そしてふと、夜中に見た光景が脳裏によみがえった。
司にしがみつく風香。
そうだ。風香は司が好きなんだ。
そんなわかりきった事を、頭の中で言葉という形にはめる、それだけで逃げ出したくなる衝動にかられそうになる。
風香に、こんな事、話せるわけないか。
伊太郎がそう、溜息をついた時だった。
ドアノブが回される音がした。






