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告白 18

「さて。今、何時だ」


 室内を見回す。そこで初めて司の姿がないのに気が付いた。

 重清は変わらない姿勢で向かいのソファで高いびきをかいている。

 彼の太い腕に着いた時計は6時前をさしていた。

 手術、終わったのか?伊太郎はそう思い、部屋を出た。しかし、薄暗い窓もない廊下には朝の気配も、何かが動いた気配もなく、ただただ静かだ。

 司は、どこに行ったんだろう?

 昨日一日の事を考える。


 ボランティアに協力的な司。

 宮治の様子を報告させる司。

 様子を見に行くといって出かけた司。

 重清にイニシアティブをとっている風な司。


 風香には悪いが、その司全てが伊太郎には引っかかっていた。

 まだ、明確に疑いを持つほどのものはないし、何かが起こったわけじゃない。宮治の様態悪化はあくまで病的なもののはずだ。

 でも、何かが、伊太郎に警告していた。

 これは偶然じゃない。と。

 伊太郎は司がトイレにでも出かけている可能性を含み、探すことにした。まずは彼と話してみないと、この靄のような気持ちの悪さは払拭できないと思ったからだ。

 廊下を行き、途中にあった洗面所も覗いてみる。

 しかし姿はない。

 こんな売店も開いていない病院で、他に行くとしたら、ナースステーションか


「電話か?」


 救急で運ばれそのまま手術になった宮治にはまだきまった病室がない。医者に呼ばれ何らかの説明を受けているのなら探し様がないが、その可能性を除けば電話しかないように思われた。

 電話はどこだ?

 伊太郎は一番近く、階段のすぐ傍にあった案内板で、案外すぐ傍、自販機のある廊下の隙間のような場所にそれがあるのを確認した。

 電話。だとしたら。誰に?

 今、自分が考えられる、司の電話の相手はそう多くはない気がした。

 しばらく進むと、自販機の灯りが漏れているのが見えた。耳を澄ませ、一歩に気を遣う。

 話声がした。

 それは枯草がかすれるような小声で、内容までは分からない。

 でも、司のそれである様な気がした。

 やっぱり。

 伊太郎は緊張しながら歩を進める。 

 何を話しているのだ?誰と?何のために?

 疑問は尽きそうにはない。

 すぐ傍までたどり着く。幸い会話はまだ途切れていない。煌々とする光から隠れるように、伊太郎はピタリと頬まで体をその冷たい壁に張りつかせた。

 声の明度は先ほどよりは高くなり、この話声が司のものだというのは推測から確信に変わる。


「は……ええ。なん……権利書の方は。……言状……では」


 途切れ途切れに聞こえる単語に伊太郎の頬は固まった。ギクリと心臓が乱暴に握りしめられたような痛みと、呼吸もはばからられる緊張に自分の手でその口を塞ぐ。

 司の言葉。それは少なくとも宮治の様態に関する内容ではない事は明確で、いや、むしろこれは……。

 伊太郎は急速に、靄が晴れないまでも、その向こうの何かの形が確かなものに変わっていくのを感じた。

 同時に余計な事に首を突っ込んでしまったかもしれないと、後悔の色が濃くなっていく。


「でき……急ぎます。では」


 受話器が置かれる音がした。

 伊太郎は慌てて踵を返す。まずい。自分がこの会話を聞いていたと知られるのは。きっと、まずい。

 背中で小銭の音がした。

 無神論者の伊太郎はこの時ばかりは神に感謝する。司はなにか飲み物を買うつもりだ。時間が稼げる。

 伊太郎は足音をできるだけ立てないように来た道を走った。振り向きもせずに。

 二本目の缶コーヒーがガランと音を立てた時、伊太郎の影はその廊下からなくなっていた。



 司はその缶コーヒーを緩慢な動きで取り出すと、小さくため息をついた。

 さっきまで受話器を握っていた冷たい指先に、金属の温もりがじんじんとし、心地よいと言うより、表面だけを強引に熱にさらされる感覚がして眉を寄せる。

 司はぼんやりとした自販機の光に照らされた缶を見つめ、その二本目の缶コーヒーを贈る予定の相手が、まるでそこにいるように呟いた。


「廊下での立ち聞きは冷えたでしょう。コーヒーでも飲んで温まりませんか?」


 と。

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