告白 15
司は言葉の代わりに風香の頭を撫でると
「今、僕達にできるのは回復を信じて祈るしかないよ。きっと大丈夫。だから、今夜は……」
「そんなの、わからないじゃない!」
風香が声を上げた。伊太郎は驚いてその横顔を見つめる。いつもは司の前ではまともに話せない風香が、今は彼に突っかかっていた。
司の胸元をつかみ、必死に訴える。
「宮じぃ、もういい年なんだよ? 体力だってあるわけじゃないんだよ? 夕方、あんなに元気に話してたのに。持って行ったCDだって、嬉しそうに受け取ってくれたのに。それなのに……」
「CD?」
司が首を傾げる。彼は自分の演奏が録音されているのを知らないらしい。伊太郎はそれについて口を挟もうとした。
が、風香の声がそれを遮る。
「司さん。病院に連れて行って! ううん。私一人でも行くから。どこの病院か教えて!」
「風香ちゃん」
困ったように司が眉を下げる。でも、口をへの字にした風香はもう、その考えから一歩も動こうとはしなかった。
強い意志の宿るその瞳で、司を見つめる。
きっと、ここで司が首を縦に振らなければ、こんな時間でも彼女は飛び出して行って闇雲に探すんだろう。そんな凄みがあった。
面倒な事は関わり合いたくない。でも……。
風香の真剣な横顔を見つめる。風香は真っ先に自分を頼って来てくれた。その気持ちくらいには応えても、いいかもしれない。
「司さん。僕からもお願いします」
気がついたら、伊太郎は自分でも驚くほど揺るぎない声で司にそう進言していた。司の目が僅かに見開かれるが、すぐに笑みに細められると、降参といった風に両手を上げた。
「わかりました。僕も同行していいのなら……。ただし、宮治さんには会えないかもしれませんよ」
「かまいません!」
「じゃ、タクシーを呼びましょう。君たちはしたくして、玄関方で待っていて下さい」
司は二人にそう言い残すと、暗い廊下を事務所の方へと姿を消した。
伊太郎はその背中がすっかり見えなくなってから、そっと風香の方を見てみた。風香は弱り切ったその顔で、あやふやな笑みを伊太郎に向けていた。
「ごめんね。巻き込んじゃって。でも、ありがとう」
「な、なにらしくないこと言ってんだよ」
風香に礼なんて言われた事のない伊太郎は、あまりに素直な風香のその言葉にどう反応すればいいのか混乱し、思わずいつものように悪態で返した。
そらしてしまった視界には、風香の表情は見えない。でも、彼女の元気がないのは確かだ。
かといって、やっぱり司の様な支えにはなれないし、導いてやる事も出来ない。それどころか自分には、やってやれることなんかほとんどない。
できるのはきっと。伊太郎は口を尖らせると少々口ごもりながら言葉を付け足した。
「風香のふは不滅のふなんだろ? しっかりしろよ」
自分にできる事。それはきっとこうやって軽口を叩くだけだ。それでも、空気が僅かに解けたのは肌に感じられた。
顔をあげると、さっきより明るい笑顔で風香が涙をぬぐっていた。
「そうだよね。うん。そうだ。風香ちゃんのふは不滅のふ。だよね。伊太郎にしてはいいこと言うじゃん。伊太郎のいは陰険じゃなくて『いい奴』のいに昇格してあげるよ。あ、でも、今夜だけね」
「そりゃどうも」
そんなのどっちでもいいよ。そう思いながら、伊太郎はどこかホッとして肩をすくめた。風香の涙をこうも立て続けに見るなんて、こりごり。もうこれ以上は見たくもない。風香がこんなんじゃ、こっちまで調子がくるってしまいそうだ。
「じゃ、また後でな」
「うん」
風香が跳ねるように自分の部屋に戻ってくる。
細い肩で髪が弾んでいる。柔らかそうな部屋着の裾がひらひらと蝶のように揺れていた。
いい奴……か。なんか、微妙だな。
伊太郎は苦笑すると、自分も支度をするために部屋に戻った。