告白 14
「宮じぃ。病院に運ばれたって。し……し……死んじゃ……」
「わかった」
伊太郎はみなまで言えない風香の気持ちに、自分の胸までも痛むのを感じ、彼女を抱きしめかけた。が、一歩手前でその手を止めた。
自分がそうしていいかわからなかったし、何より……。
「風香ちゃん。伊太郎君」
風香の向こうに司が駆け寄ってくるのが見えたからだ。
司も少し動揺しているらしく、少々長めの髪が乱れている。
「シスターが物音を聞いたから、もしかして風香ちゃん、聞いたのかと思って」
「ごめんなさい」
風香は振り返ると、まだ不安げに胸の前で手を組み震えていた。
司はそんな風香に、底なしに優しい笑みを向けると、なんら躊躇なく彼女に手を伸ばし、抱きしめた。
伊太郎の胸が、さっきと違う痛みを覚える。が、司に身を任せる風香の背中を黙ってじっと見つめた。
そうだ、この役目は、自分じゃない。司のが風香にはいいはずだ。そう、言い聞かせ、後ろ手に拳を握りしめる。
そして、ようやく出せた声は
「どういう事ですか?」
状況を冷静に把握、分析する事で感情を消し去ろうとするいつもの自分の声だった。
司は風香の背をなだめるようにさすりながら、いつもの冷静さを取り戻したのか、穏やかな声で答えた。若干いつもより声を落としているのは、もうとっくに就寝時間を過ぎているからだろう。
「僕もさっき、戻って来たところなんです。今日の当直のシスターと事務所で話をしていたら、廊下で物音がして、シスターが風香ちゃんの後姿が見えたというので」
それで風香を探していたわけか。
風香はまだ不安をこらえきれないらしくて、小さく震えている。司は今度は風香に言い聞かせるように、さらに声を柔らかくした。
「心配で、眠れなかったんだね」
「うん。起きてたら自転車の音がして、気になって、そしたら、司さんが……」
司の腕の中に包まれた風香の声は、伊太郎には聞きづらかった。と、いうより聞きたくもなかったのかもしれない。
こんな事に巻き込むなよ。舌打ちしたくなるのをぐっと抑えて。伊太郎は努めて風香を視界に入れないようにしながら司を見た。
「で、何があったんですか?」
「うん。ほら、今日、僕とシスターで宮司さんのお宅に伺う事にしてたじゃないですか。それで6時頃にシスター三綾と向かったんです。そしたらお宅の前に救急車が停まっていて」
司の話だと、司とシスターが駆けつけたのは、重清が呼んだ救急車がちょうど到着た所だったらしい。
重清の話によれば、帰ってくると、客の二人の姿はなく、宮治はあのロッキングチェアーで意識を失っていたそうだ。
「やっぱり! やっぱりアイツら!」
声を上げる風香に、司が首をゆるゆると振る。
「心配なのはわかるけど、むやみに疑っちゃ駄目だよ。風香ちゃん。そのお客さんが帰られた後に体調がおかしくなったのかもしれない」
それは、そうだ。むしろその方が伊太郎にも現実的に思えた。徐々に冷えて来る頭で、伊太郎は状況を想定しながら口を開く。
「で、宮治さんの容体は?」
「うん。正直、あまり楽観はできそうにもないんだ。脳出血を起こされててね、今、緊急オペをされているんだ」
「そんな」
風香は僅かに司から身を話すと、愕然とした顔で司を見上げた。まるで彼に救いの言葉を求めているかのような眼差しだ。しかし、残念ながらここにいる誰一人として慰めの言葉を口にできる者はいなかった。