告白 13
伊太郎はその夜、なかなか眠る事が出来なかった。
もともと気になると考え込んでしまう性分だ、次いで今日から一人部屋で、やはり落ち着かないというのもあった。
消灯を過ぎてからの外出は基本的に禁じられているので、ふらっと散歩とう言うわけにもいかないし、談話室で時間を潰しにしても、テレビは原則見る事は出来ないし……結局、こうやって部屋でごろごろしているしかないのだ。
二段ベッドの下は誰かの下敷きになっているようで気分は良くない。天井が他人の床なのだ。
でも、前にここにいた奴は頑として上を譲ってくれなかったから、伊太郎は彼と同室になってからずっと下で寝ていた。
もう、空になっているのだから上に寝てもいい気はしたが、それも今更面倒だ。
そう、今更なんだ。
いつもあぁやって、窓際で迎えを待っている。でも、今更母親が迎えに来たところで、自分はどんな顔をすればいいのだろう。
なぜ、ここに預けられたのかの理由もはっきりしない。約束の期限は2年も過ぎている。ともすれば、置き去りに……いや、捨てられたんじゃないかという疑念が、この二段ベッドの天井のように迫って来て自分を押し潰しそうになる。
風香は、どうなんだろう?
自分を捨てた親を、恨んでいるのだろうか?
それとも、もし、迎えに来たら、宮治さんの事は置いてでも本当の家族の元に行くのだろうか?
わからなかった。
昼間見た、風香のあの表情は心から宮治を慕い、心配するものでそれは顔も知らない親なんかより、ずっと強い絆を持っているような感じがした。
でも、現実では綺麗な風景は往々にして裏切られる。
募金は横流しされ、福祉は食い物にされ、愛護動物は飽きたら捨てられ、ボランティアは可哀想がりに来る。
風香も、やはり血のつながった家族が欲しいんじゃないだろうか?
世話になったとはいえ、ボケかけて、体も不自由な老人の世話を一生続ける事なんかできるのだろうか?
僕ならしないな。
宮治の家で見た神父や美人の事を思い浮かべる。
彼らの事も面倒なら、やっぱり関わりは持ちたくない。
自分一人のことで精一杯だ。
伊太郎は目を閉じた。
眠りはまだ遠く、静かで他人行儀な冷たい夜だった。
その静寂を、いきなり破る音がした。
「伊太郎!」
伊太郎は開け放たれたドアと同時に飛び込んできた声に驚き、ネジ巻き人形のように飛びあがる。
そこには薄暗い廊下の光を背にした風香が、部屋着のまま立っていた。
「何?は?なに?」
時計を見上げる。いつの間には時計の針は夜中の一時まで進んでいた。
「伊太郎!大変!宮じぃが、宮じぃが……」
風香は酷く動揺しているようだった。せわしなく視線を泳がせ、不安げな手は自身の腕をきつく掴んでいる。
伊太郎はベッドから出ると、風香の顔を覗き込んだ。
「どうした?宮治さんがどうかしたの?夢でも見た?」
しかし風香は首を振ると、涙をこらえきれなくなったその瞳を一度ぎゅっと瞑ってから、伊太郎をじっと見た。
「どうしよう。どうしよう。ねぇ、伊太郎。どうしたらいい?」
わななく唇からは同じ言葉しか出てこない。伊太郎はもどかしくなって風香の両肩を掴むと、じっとその双眸を自分に固定させるように見つめた。
「しっかりしろよ。まずは落ち着け。宮治さんが、どうしたんだ?」
わざと低く、強く、ゆっくりとした口調で尋ねる。風香は真っ青はその顔に充血した目で一度唇を噛むと、うわ言のように口を開いた。