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告白 11

 施設に戻る頃には空はずいぶんその色を赤く染めていた。

 この季節は斜めに差し込む西日も優しい。伊太郎は小さな子供たちが遊ぶ中庭を風香と自転車で抜け、施設の裏にある駐輪場でようやく地面に降りた。

 中庭の方から、かくれんぼの掛け声がする。さっきの三輪車の少女が自転車の影に隠れながら「まーだだよ」と答えていた。

 もう、この子はここに馴染んだんだな。

 伊太郎は嬉しいような、羨ましいような複雑な気持ちでその子の小さな背中を見つめた。

 自分は五年もここにいて、まだ馴染んだ気はしない。と、いうより馴染みたくないのだ。馴染んでしまえば、迎えを諦める事に、約束を信じない事になってしまいそうだから。

 自分は他の連中とは違う。

 その意識がここの人間を遠ざけても、そうでないと待つ事に耐えられなくなるんじゃないかって怖いのだ。

 昔は他の連中も風香のように何かとこんな伊太郎でもかまってきていた。しかしそれも昨日まで同室にいた奴を含め、いつまでも伊太郎が線引を止めないのを悟ると、自然に離れて行ってしまった。

 そして五年経った今では、伊太郎の居場所はあの窓際しかなくなったのだ。


「伊太郎。私、司さんの所に行くから」


 なんだ、帰ってきてすぐかよ。

 唯一自分にまとわりつく風香が、帰ってきてそうそう司の所に向かおうとするので、伊太郎は眉間にしわを作りスタンドを思い切り蹴り上げる。


「何だよ。さっきの事、話すのか?」


「うん、それもあるけどね、いつもこうしてるんだ」


「は?」


 風香は伊太郎の視線など気にもとめていない。心はすでに司の方に飛んで言っているようで、窓ガラスに映る自分の影を見ながら乱れた髪を直していた。


「これも立派なボランティア活動だから、宮じぃの様子も知りたいし、帰ってきたら司さんに宮じぃの様子を報告する事になってんの。言葉の様子はどうだったか、物忘れは進んでなかったか、今日一日どんな事をしてどこに行っていたのかとか、あと何をどれくらい食べたのか、トイレの状況までね」


 そんな面倒な事をしていたのか。伊太郎はその意味を考えながら、両手をトレーナーのポケットにつっこんだ。 

 司が宮治と見識があるのかどうかは知らないが、健康管理を兼ねているって事だろうか。中学までしか出ていない武骨な重清にも、お調子者の風香にも健康管理を、と言っても難しい。

 だから司は観察ポイントを風香に伝え、それを報告させているのかもしれない。

 でも、なにかが不自然だ。

 伊太郎は首をひねって考えた。でも、何がどう不自然なのかわからない。ボランティア日誌はここに来るボランティア皆がつけるし、職員がオーナーの心配するのも特に変わってはいないのだが。


「じゃ」


 言葉少ない風香の目には、もう司が映っているのかもしれない。でも、今ばかりは彼女を一人で行かせるのもどうかと思い、伊太郎はその背中に声をかけた。


「待てよ。僕の一緒に行くよ」


「どうして〜。はっきり言って邪魔なんですけど」


「はっきり言いすぎ」


 不満をあらわにする風香に伊太郎は肩を並べると


「今日は一応僕も一緒にって事だったからね。それに、あの状況を風香が正確に伝えられるとは思えない」


「何よ。人を馬鹿みたいに。私だってそれくらいできますよ〜。あれでしょ。耳が小人みたいな神父と、無駄にフェロモンまき散らす胡散臭い女の二人組が、施設を乗っ取りに来てたって、そう言えばいいんでしょ」


「……」


 やっぱり風香にはそう言う風に聞こえていたのか。伊太郎は頭を抱えると自分の判断は正しかったのを確信した。


「一緒に行くよ」


「え〜」


 風香の不満はこの際無視だ。乗っ取りなんて不穏な事ではないだろうとしても、運営にかかわる事なら職員である司の耳に入れておいた方がいい。ただし、正確に。 

 伊太郎は再び後頭部に風香の容赦ない誹謗中傷を受けながら、それは無視して事務室の方へと急いだ。

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