8 いつからだろう、死を数えるのが面倒くさくなったのは
ぼくたちは馴染みの廃家の正面――メインストリートに出る。
「ああ、そっちは危ない。超大量のスケルトンがいるから。絶対死ぬ」
「え? そうなんですか?」
例の、初回でぼくが大量にボコられた廃教会方面にエリーが進もうとしたので止めたところ、
「――――っ!」
ちょうど、骸骨の大軍がその角を曲がって、行軍してきた。
ぼくたちは驚いたが、慌てて隠れ、やり過ごす。
「あ、ありがとうございます……止めてもらっていなければ鉢合わせになって殺されていました」
うん、苦しうないぞ。
「でもどうして……はっ! さてはその研ぎ澄まされた感性で敵がやってくるのを即座に見抜いたのですね? さすがですユウさん! だてにこの村に単身潜り込んで無傷で生き残っているだけのことはありますね! レベルは1ですけど」
だからどうせなら最後までちゃんと褒めろって。
「右に行こう」
スケルトンの百鬼夜行が見えなくなったところで、ぼくはこれからの進路を提案する。
「右……ですか?」
「うん。あっちだ」
太陽から向かって右側を指す。
おそらくはカテドラルナイツはその方角にいる。
これにはぼくなりの根拠があった。
いつかのあのメッセージのことだ。
――”太陽を右に。あなたの場所に二人いる”
あれを読んだ当時はまるで意味不明であったが、いまになってみれば自明の理すぎる。
この廃村にぼくの他に二人――つまりエリーとカテドラルナイツがいるよと教えてくれていたのだ。
「……わかりました。ユウさんを信じます」
これまでの実績が後押したのか、彼女はあっさりとぼくの案を支持した。
太陽を右に行くルートは、トンネルように長大な長屋の中を進むルートである。
この長屋はぼくがはじめに目覚めたあの吹けば崩れるボロ屋ほどではないが、それでもかなり老朽化している薄気味悪い建物だ。
扉を開けて慎重に歩を進める。
中は暗闇であったが、直に慣れてうっすらとは見えるようになった。
少し進むと、部屋の隅にうずくまっている子供が見つかる。
「あっあんなところに子ど――」
「ダメだ、止まれ」
間髪入れず近づこうとするエリーをぼくは止める。
「よく見ろ、暗いから分かりづらいがそれは人形だ。それに――」
ぼくは黙って人形の周りの床を指差す。
そこには無数の穴が開いていた。
「インベントリ」
呟き、ぼくは剣を取り出す。
そして音も無く近づくと、思い切り床を突き刺した。
『ギャアアアアアアアア』
途端、床下から異形の叫びがこだまする。
床板を剥がすと、そこには”肉付きのよいスケルトン”が倒れている。
「トラップだ」
伝えると、エリーは心底驚きながらこちらを見る。
「ま、またまた命を救われてしまいました。あ、ありがとうございます!」
「注意して辺りをよく観察した方が良い。この長屋にいる”肉がいくらか残っているタイプのスケルトン”は、巧妙――というか陰湿だ。薄汚い手で獲物がかかるのを手ぐすね引いて待っている」
そう忠告すると、彼女はゴクリと唾を飲み込み神妙に頷いた。
「この暗闇の中でユウさんは床に開いた小さな穴を見つけ、そして瞬時にトラップの仕組みを見抜いたわけなんですね? すごい……本当にすごいです」
「……まあね。エリーもよく集中してくれ」
――とか言って偉ぶってみたけれど、
勿論ぼくにそんな洞察眼はあるはずない。
そうだ、ここでステータス画面を改めて確認してみるとしよう。オープン!
====================
【ステータス】
レベル:1
???:-8
◎スキル
なし
◎特性
なし
◎ステータス
・筋力:1 ・魔力:1
・技量:1 ・奇跡:1
・体力:1 ・時空:1
・敏捷:1 ・深淵:1
====================
お分かりだろうか?
そう、実はもう既に、何度もここで盛大に死んでいる。
途中から数えるのをやめてしまったのだが、”???”の数値からして、実にかれこれ十六回くらいはここで死んでいる計算になる。
やば……。
いやしかし、この回数で察してもらえていると思うが、この長屋、マジでやばい。
落ち着いた感じで”トラップだ”とかさっき教えていたけれどぼく内心ではキレまくっていたから。
まじここの骸骨どもいいかげんにせいやってなってるから。
殺されまくったからな。
真正面からのタイマンで死んだとかならまあ許せるわ。いやうそだけど許せないけど。でもだいぶマシではあるはずなんだわ。
それがここの奴ら揃いも揃って薄汚い真似で嵌め殺してきやがって殺される瞬間マジ呪詛の念で頭おかしくなりそうになるから。
でもまあおかげさまで、最早ぼくは長屋マスターですわ。
通常の人の十六倍くらいのチャンスを費やしただけのことはあります。
「そこ! 角待ちしているぞ!」
壁越しにグサリ!
うぎゃーと異形の断末魔。
「えっ? すごっ! ユウさんスゴすぎどうして分かったんですか!」
「バカが! そこで天井に張り付いてんのバレバレなんだよオッラアア!」
剣を投げてぶっ刺してたたき落とす!
「ええええどうして! 視野広すぎません!? 心眼ですか!? いえ神眼の持ち主なんですかあ!?」
「落とし穴なんかにハマるかボケえええええ! てめえの墓穴にしてやんよオオオ!!」
「きゃあああすごいいいいいいい! すごすぎるううううう!!」
……なにこれ?
並み居るトラップどもをまるで初見であるかのように看破していくの気持ちよすぎなんですけど。
しかもエリーのリアクションがいちいち大きくて、ほんと看破しがいに溢れてる。
一緒に遊んでると楽しいタイプの子だ。
そんな感じでズンズン進む。
進むと、やがて長屋の反対側の出口に辿り着く。
な、長かった……。
淡い外光で縁取られている扉――それを開くと、暗かった室内が照らされる。
「…………ん?」
それによりぼくは、この最後の部屋の中央に落ちている一つの物体に気がつく。
「あれは……」
しかしそれは、明らかにこの場には似つかわしくない代物であった。
見間違いかと思って近くで見てみるが、やはり間違いない。
それは輝かんばかりに真っ白な、女性用のパンツだった。
この薄汚い廃屋に、やたら白すぎる美しいパンツが落ちている。
「どうしたんですか……?」
不思議に思ったらしいエリーが背後から顔を覗かせてくる。
「なにかあったのですか?」
そうしてぼくの見つめる先を確認し、首を傾げた。
「……なにもありませんけど?」
どうやら彼女にはこれが見えていないらしい。
ぼくは覚悟を決めて、ゆっくりとそのパンツに手を延ばす。そして指先がその布地に触れようとした次の瞬間――
「――――――――ぅわッ!?」
まるで世界ごとそのパンツに吸い込まれるようにして、気付けばぼくは違う場所に立っていた。
はじめて死んで目覚めたときにいた、あの無人のマンションだ。
それでぼくはぴんと来る。
あの時この部屋で読んだメッセージの一つを思い出したのだ。
――”留意物を探すがいい。さすればまたここに戻ってこられるだろう”。
読んでくださりありがとうございます。
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