5 さてはヒロインですね?
窓はこの家の裏庭に繋がっていた。
裏庭はなかなかに広く、奥の方には井戸が見える。
そしてその井戸の向こう側には骸骨が立っており、しきりに剣で何かを突き刺していた。
(いったい何を……?)
骸骨が刺しているものが何なのか気になったが、しかし井戸が邪魔になりここからはよく見えない。
(でもあの調子ならば、ぼくが窓から外に降りても気付かなそうだ)
そう楽観したのも束の間、
「――――っ!?」
目の前の、窓のすぐ真下を、骸骨がゆっくりと横切った。
(アイツか)
ここに来た最初に、ぼくの頭をかち割りやがった剣と盾の骸骨。
あの時も家のすぐ外に立っていたが、どうやら普段はこの家の外周を周回している個体であったらしい。
となると、窓から外に出る上で、奴が最たる障害となるのは間違いない。
(行って戻ってくるまで、どれくらいの猶予があるんだろう?)
左手首に指をやり、脈で数を数える。
次に骸骨が窓の外を通ったのは約百八十秒後であった。
おっっそ。
むちゃくちゃ余裕だ。警戒して損したレベル。
初回でぼくを見つけて追いかけてきた時はあんなに速かったのに……。
普段はこんなにのんびりなのか。
(三分あれば奴が一周して戻ってくる前に、井戸のアイツも不意打ちで片付けられる)
モブをちょくちょく片付けておくと、それがきっと後で効いてくる。
いざという時に多勢に無勢の乱戦にならないで済むかもしれないから。
室内での攻防で学んだことだが、最悪一対一にさえ持ち込めれば、詰みにはならない。
ワンチャンある。
少なくともこれまでの一対一の戦闘では、すべてぼくは勝利を収めている。
(となれば善は急げだ)
骸骨が建物の角を曲がったのを確認して、ぼくは静かに、しかし素速く窓から裏庭に跳び降りる。
それから体勢を低くし、井戸の向こう側へと大きく迂回して回り込んでいく。
井戸のところで何かを一心に刺している骸骨は、未だこちらに気付いてはいない。
(いける――)
ぼくはそのまま奴の背後をとることに成功する。
そして、
「――――――っ!!」
目撃してしまった。
骸骨が一心に剣で抜いては刺しを繰り返しているその対象を。
井戸の向こう側に回り込んだことで、今度はそれが何かはっきりと見ることが出来た。
人間だった。
それも女の子だ。
神職のような白いローブを身につけた、金髪碧眼の美しい少女。
長く綺麗なその髪は血でベトリと頬に張り付き、ローブも散り散りに切り裂かれ今では細い布きれのようになってあられもなくなってしまっている。
両腕は縛られているようだ。おかげで何も抵抗できないでいる。
それで胸から腹を大きく縦に切り開かれ、そこから体内を直に何度も絶えず剣で滅多刺しにされている。
抜いては刺し、抜いては刺し――その度に彼女の表情は苦痛に歪む。
胸の前で大きく裂けた傷口から、内臓がミンチになり血を溢れさせていくのがここからでもわかる。
地獄――地獄の処刑場のような有り様。
「っぅ――――!」
少女が呻きをあげる。
そう、驚くことにその子はまだ生きていた。
生きたまま、刺され続けている。
よくよく見れば、一定のスパンで自身に回復魔法をかけているようだ。少しではあるがダメージが時々癒えている。
そうしながら声を我慢し、涙ぐみながら、絶望に喘ぎ、それでも懸命に堪え続けていた。
「ぅ……ぅ……ぅ」
僅かに漏れ出る苦痛の喘ぎ。
助けなくては――!
そう思った。
あまりにも、彼女に起きている出来事がムゴすぎた。
一刻も早く、解放してあげたいと思った。
「インベントリ」
口の中で音も無く呟く。
所持品から鉄くずの文字をタッチする。
すると、表示の個数が減り、次の瞬間にはぼくの右手にそれが現われた。
所持品の出し入れ方法については、既に検証済みだった。
それからゆっくりと背後に忍び寄っていく。
しかしその時、切り付けられている少女と目があった。
そこに希望の光が灯った。
骸骨は彼女の異変に気がついたのか、咄嗟にこちらを振り返る。
『ギエギエギエ――ッ!』
見つかってしまった。
奴は剣を少女から抜き、ぼくに構えてくる。
(くっそ――!)
しかし存外にその時のぼくは落ち着き払っていた。
右手の鉄くずを握り直し、フーッと息を吐く。
女の子は「逃げて」と懸命に訴えてきているが、綺麗さっぱりに無視をする。
『ギエギーーーー!』
骸骨は怒り狂ったようにこちらに向かって踏み込みを行う。
(――――――ッ!)
しかし、
「その行動は、もう知っているぞ」
剣の骸骨の動作は既に完全掌握済みだ。
知らない攻撃はもう絶対に来ない。回避方法もすべてインプット済みであり、しかも三人衆の時とは異なり、一対一であれば差し返しを入れることも可能。
故に、ぼくが負けるはずもなかった。
迷わず大きく後ろに跳ぶ。
直後に骸骨の小さな薙ぎがぼくの残像を払い、空振りとなる。
『ギエ!?』
避けられたのが想定外だったのかもしれない。骸骨が妙な声を出した。
「消え失せろ下種野郎が――!」
即座に詰め寄り鉄くずを叩き付ける。
『ッギエギ』
どうやらぼくは予想以上に腹が立っていたらしい。
怒りをのせた一撃は、敵の頭蓋を完膚なきまでに砕き、そうして骸骨は地面に沈んだ。
完全勝利と言っていいだろう。
鉄くずで剣を相手に勝つことができた。
七度の死が少なからず報われた瞬間だった。
お付き合いいただき誠に感謝。
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