1 異世界といえばチートで無双だよね
「――――っ! ここは……どこだ?」
何の変哲のない昼下がりの午後、果たしてその直前までぼくはなにをしていたのか。
自分の部屋で眠っていたのか、それとも出先だったのか、何か事故に遭ったんだったか、もしくは何もなかったんだったか――
そんなことはもはや何も覚えてはいないのだが、とにかく今ふと気がつけば、見ず知らずのこの場所にやって来ていた。
「なんだ……ここ、村か?」
村――
正確には廃村。
もっと言うならばその中の廃家の一室である。
ありとあらゆる箇所が朽ち果て、腐り、本当に今すぐ倒壊してもなんら不思議ではないそんな、人が住まなくなって幾星霜が経過しているに違いない木造建築。
元は人家であったのだろう、部屋の隅にはいくつかの今では鉄くずでしかないかつての生活器具が転がっている。
ぼくはゆっくりと立ち上がる。
そうして、更なる異変に気がつく。
身体――
ぼくのこの身体――
どうも、具合が異なる。
窓にまだくっついている、ガラスの破片に自身を映してみると、やはり、それはぼくではない。
いやとても似ている――
同一人物と言っても過言ではないほど類似してはいるけれど、ぼくではない。
年齢は見た感じでは十代半ばほどであろうか。
自分の実年齢を思い出そうとしてみたけれど、どういうわけか先ほど同様によく思い出せなかった。
「いったい……」
外を窺うとこの家と同様の廃屋が建ち並んでいる。
まるで人の気配が感じられない。
そしてなにより、空の太陽の位置が低い。
兎にも角にも、もう間もなく、日が暮れようとしている。
「それにしたって、こんな廃墟群で夜を迎えるなんて……」
ゾッとしない。
ぼくは歩き出す。一歩を踏み出す。
ギイイイイイ――
身の毛のよだつ音。
ビクリとする。
足を置いた木の床が大きな音で軋んだのだ。
「うわっ」
よく見れば足下の板が腐り、軋みやすくなっていた。
「……ビックリさせるなよ」
いやそもそもぼくは何をこんなにビビっているのだろう。
まあ実際問題として、目が覚めたらよく分からない廃村にいたというシチュエーション自体は、実にホラーじみているとは思うのだが、でも別に幽霊やそういう超常的なホラー体験がこの先本当に待っているというわけでもないだろうし。
別にコソコソする必要はない。
今度は音を気にせず、歩いて行く。
部屋の出口を抜け、隣の――
「――――あ、」
部屋に移動したところで、ぼくはなんと、第一村人を発見した。
『ギギィイ……――』
まあ正確には、それは人ではなかったのだが。
人成らざるもの。
「が、骸骨……」
白骨である。
白い骨が一体、いびつな動作で部屋中を闊歩していた。
そしてその骨は既にこちらを発見している。
空っぽの眼窩に灯っている蒼白い人魂のような光が、こちらをジッと見つめていた。
『ギャアアアアアアアアアア!』
骸骨が奇声を上げる。
そして次の瞬間にはこちらに襲いかかってくる。
「うわっ! まじかよ!」
ぼくは突然始まった戦闘に動転していた。
「スケルトン相手に素手でとか――」
絶対無理だろ。
闇雲に横に駆け、そして壁に衝突する。
木造の廃家が衝撃でグラグラと揺れて軋んだ。
振り返ると、骸骨は先ほどぼくが立っていた位置でこちらを振り返っている。
そしてまたぼくの方へと向き直り突進してくる。
「くそがあ――!」
ぼくは半ばやけになって右ストレートを繰り出す。
それは骸骨の頭蓋に直撃した。
「痛ってぇ!」
カルシウム製の固体をグーで殴るという行為は普通に痛かった。
右拳から血が噴きだす。
しかしぼくは恐怖と興奮で半狂乱に陥っている。
裂ける皮膚を気にせず、骨折する拳も気にかけず、繰り返しストレートを繰り出し続ける。
そのまま相手に掴みかかり、そして馬乗りになり、何度も何度も頭蓋を床にたたきつけた。
「うわああああ!」
それをひたすらに繰り返した。
気付けば、骸骨は完全に機能を停止していた。
「はあはあはあはあ……」
肩で息をしながら、それをひっくり返すと、眼窩の光は消えていた。
もうピクりともしない。
「勝った……?」
その動かなくなった白骨死体を見下ろしながら、ぼくは安堵する。
意外といけるもんなんだな、素手でも。
結局スケルトンなんて動いてるだけのただの骨だったってことだ。
楽勝だ。恐るるに足らん。
息も切れているし、手なんて裂傷と骨折だらけで血みどろで真っ青だけれど、でも窮地は脱した。
ピンチを切り抜け、故にぼくは気持ちよくなって盛大にドヤっていた。
ドゴオオオオ――
しかし次の瞬間、ぼくのいた部屋がグラグラと揺れて、四方の壁が瓦解する。
相当なオンボロであるこの家が、先ほどの大立ち回りに堪えることができなかったようだ。
柱が折れ、壁が崩れ、屋根が落ち、床が沈む。
「うわ――――!」
倒壊が終わる。
しかし幸運なことにぼくはまだ生きていた。
多量の瓦礫の隙間から恐る恐る立ち上がり、顔を上げる。
「……あ」
するとそこには一体の骸骨が立っていた。
どうやら家の外を周回している個体であったらしい。
家屋が倒壊したことで、ぼくはそいつと目があった。
『ギキャギキャギキャギキャ――!』
気色の悪い声をあげるそいつは、先ほどのと異なり、右手に剣を左手に盾を装備している。
しかも――
ヒュンヒュン!
かなり振りがはやく、鋭い。
「これは……むりだ」
現実に家を出たら突然長い凶器を持った不審者が立っていたとして、あなたは果たしてどうしますか?
ぼくならそう、迷わず逃げます。
なので今回も例に洩れずそれを実行する。
全力ダッシュである。
廃家跡から通りに出て、骸骨の立っているのとは逆方向に向かって駆ける。
一瞬背後を振り返ると骸骨はこちらを追ってきていた。
「くそがあ――!」
速度を緩めず、撒こうとして、通りを曲がる。
「は?」
しかしそれは失敗だった。
曲がった先には、教会があった。いや、廃教会と言うのが正しいか。
そしてその入り口の前には数多の巡礼者――否、骸骨の大群がいた。
十――、いや二十体はくだらない。
『シキャカカウアッカカアカッカカカカア――ッ!』
それらがいっせいにぼくに気がつき、悍しい声で叫び、そして一斉に飛びかかってくる。
いくつもの剣がぼくの身体に突き刺さり、切り裂く。
「ふっざけんな――っ!!」
振り向いて逃げようとしたら、
『ギキャギキャギキャギキャ!』
先ほど家の外で見つかっていた個体が追いついてきていた。
大きく剣を振りかぶり、こちらの頭蓋に向かって振り下ろしてくる。
「あ――――」
それが、頭蓋にめり込み、そして中身をばらまく。
倒れ込んだぼくを今度は後ろから何十ものスケルトンたちが背中に剣を突き刺してくる。
次々と、絶え間なく、隙間なく、ぼくの背中に刃物を突き立て、痛みが痛みではなくなっていく。
何も感じなくなっていく。
そしてぼくは意識を――否、命を失った。
あっけなかった。
ただし、死は想像していたものよりもはるかに過酷で、苦痛で、激痛を伴うものだった。
もう二度と御免だと、そう思った。
まあ、言われるまでもなく、もう二度とはあるはずないのだけれど。
読んでくださりありがとうございます。
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