第7話 魔王さま、冒険者になる。
私たち二人が村を出て4日が過ぎた。もうすぐ陽が落ちようかという時間になりようやく目的の町が見えてきた。
「ダリヤさん!見えてきましたよ!」
「あれが、何々……?カイゼンか。」
地図で街の名前を確認する。見えてきた町はカイゼンと言うらしい。
この道程でこちらの言葉は大体覚えた。やはり独学で学ぶより、誰かに教えてもらったほうが早い。普通なら4日で多言語をマスターする人間などいないが、生憎と私は魔王だ。その程度造作もない。書くのはまだ無理だが読むことと聞くこと、話すことは十分できる。それだけできれば問題ないだろう。
「カイゼンは商業都市です!まあ村から出たことないのでらしいって話ですが。なんでも、全国各地からいろんなものが集められているそうですよ?」
「商業都市か。ならば旅のための資金も調達できるだろうか?」
「それはちょっとわかんないです。」
「急ごう。陽が沈むとまた野宿になる。今夜は宿に泊まりたいし……」
「資金あるんです?」
ないのであった。むしろ今から稼ごうという話をしていたではないか。
「……今日も野宿だ、すまんな。年頃の女性にはつらいだろう。」
「大丈夫です!なんだかんだ言って慣れてますから!」
この4日間で再確認した。シェリルはとてもいい子だ。お互いに辛いことには苦言一つ呈さず、常に場を和ませようと明るくふるまってくれる。一緒に旅をしてこれほど楽しい子はそうはいないのではなかろうか?
「どのあたりにする?あの木の根元でよいか?」
「いいですよ!」
これまでの3日間と同じように身を寄せ合い、互いの外套を毛布代わりに木に寄りかかる。この世界の夜はかなり冷えるようだ。
まさか目的地を前にしてなお野宿することになるとは思わなかった。
「本当にすまないな。」
「ダリヤさんが謝ることじゃありません!それより明日のことを考えましょう!」
「それもそうだな。町に入ったら何があるだろうか。楽しみだな、シェリル。」
そんな他愛のない話をしながら夜明けを待つ。
やがて……。日付が変わるころだろうか?周りからガサゴソと音が鳴り始める音に目が覚める。シェリルはすぅすぅと寝息を立てている。
「こんな時間に一体何者だ?」
だんだんと近づいてくるその音は、どうやら四方八方から聞こえているようだ。気配は隠さないし害意もむき出しだ。殺しに来たにしては存在感が強すぎる。
「「「「GRRRRRRRR……。」」」」
「っ!獣の類か!」
そこにいたのはオオカミのような、それでいて巨体を有した獣だった。
敵なら屈服させていたし黒曜なら潰していた。しかし獣はどうしようもない。この世界の環境がわからない以上、傷つけるわけにはいかない。しかし威嚇しても退いてはくれないだろう。それが獣というものだ。
シェリルに聞くのが一番だが、当の本人はぐっすりと眠っている。幸せそうな寝顔を見ると、起こそうとは思えない。
仕方ない、シェリルが起きるまで牽制を続けるしかなかろう。
その間に諦めてくれればいいのだが。
----------------
「ん……。ふゎ……。ダリヤさん、おはようございま……。どういう状況ですか?」
「おはよう、シェリル。突然で悪いがこいつらは多少傷をつけても大丈夫なのか?」
結局獣共はあれからずっと動かずにそこにいた。私の牽制のおかげだろう、攻撃を受けることもなかった。その分精神は削られたが。
「普通のオオカミですね、一応駆除対象になっています。」
「ならば殺して毛皮を剥ぐとしよう。少しくらいは資金の足しになるだろう。」
まあそれを早く知れていれば夜の間に片が付いたのだが。
立ち上がり、斬撃を放つ。2匹殺したところでほかのオオカミが危険を察知したようで逃げていった。
「自然界の運命とは、かくも惨いものだな。」
「あなたが原因でしょう?」
「私たちが生きていくためには仕方ないとはいえ、生き物を殺して心が動かぬわけではない。」
「そうなんですね……。」
2匹のオオカミの皮をはぎ、爪と牙を取り、骨は木の下に埋めた。近くに住んだ川があったため肉を洗い、朝飯はその肉を魔法で焼いて食った。襲われたからと言って、殺した生命を放置してはならない。何かを犠牲にして生きる私たちは、その犠牲者に感謝するべきなのだ。
「では行くか、シェリル。」
「ごめんなさい、オオカミさん……。行きましょう、ダリヤさん!」
朝飯まで食べ終わった私たちは、予想から一日遅れで目的の町、カイゼンに到着したのだった。
----------------
カイゼンは商業都市らしく、大勢の人間でにぎわっていた。すれ違う人たちの顔に曇りというものはなく、皆が皆笑顔で通り過ぎていった。
「シェリル、この毛皮と爪、牙はどこに行けば売れる?」
「来たことないからわかんないです。その辺の商人に聞いたほうがいいと思いますよ?」
「それもそうだな。」
しかしどの商人に聞いたものか。住人からの信頼が厚く、客が多い商人がよいのだろうが、後者はともかく前者が難しい。
仕方ない、道行く人間に聞くとしよう。ちょうどよく通りかかった恰幅のいい男性に話しかけた。
「もし、そこのお方。今時間はよろしいですか?」
「ん?なんだい?見ない顔だね?時間はあるけど……。なんだい?」
「ご厚意痛み入ります。実はこのオオカミの毛皮等を売りたいのですが、どこに行けばいいのかわからないのです。」
「オオカミの毛皮ねえ……。この通りをまっすぐ行くと正面に大きい建物が見えてくる。通称ギルドってんだけど、野生生物との戦闘で手に入れた物は専らあそこがいい。」
「教えてくださり、ありがとうございます。私たちはここに来るのは初めてでして……。」
「はっはっは!初めてか!そりゃあ仕方ない!あそこならふんだくられることもない!安心して売るといい!」
そういって人ごみに紛れていった。
これはいい情報を手に入れた。
「シェリル、そのギルドとやらに向かうとしよう。これを売れば少しくらいは資金になるだろう。」
「はい!賛成です!お金がないと何もできませんものね!」
世知辛いものだ。異世界に来ても結局必要になるのは金らしい。金が存在しない世界があるのであればむしろ見てみたい気もするが。物々交換で済ませるのだろうか?
男性の言うとおりに大通りを進んでいくと、ひときわ大きい建物が見えてきた。大きさ相当に大きい看板には、「冒険者ギルド・カイゼン支部」と書かれている。なるほど、冒険者のためのギルドであったか。
中に入った途端、酒を飲んでいる者や賭け事をしている者たちの喧騒にまみれていた室内は静かになり、私たちに視線が注がれる。いや、正確に言えばシェリルに、である。最初の出会いがアレだったので私は気にしていないが、シェリルは年相応に美しい見た目をしている。男たちの視線がシェリルに向いても仕方がないのだろう。
「こりゃあ別嬪さんだ。」
「あの娘、かわいいじゃねえか。」
「あの男がいなけりゃ口を出したってのによお。」
口々にそんな声が聞こえてくる。
そんな中、一人の屈強な男が私に声をかけてくる。
「あんた、見ねえ顔だな?初めてか?」
「ええ、はい。恥ずかしながら生まれ故郷から出たこともなく……。この毛皮を売るにはここがいいと道行く者に聞いたものでして。」
「毛皮ぁ?あんまり金にゃあならんぞ?」
「構いません。少しでも資金になるのであれば、それで。」
「そうかよ。あっちのカウンターに行きな。」
そう示されたカウンターには思いっきり売却所と書かれている。
「ありがとう。」
「構わんさ。助け合いの精神ってやつだよ。」
その男と別れ、売却所へ行く。
受付の眼鏡をかけた女性に毛皮、爪、牙を見せながら売れるかどうか聞く
「これらを売りたいんだが、大丈夫だろうか?」
「オオカミの毛皮に爪と牙ですね。どれも傷みはありませんし、これならば相場通りの値段で買い取らせていただきます。」
「いくらになる?」
「今の相場ですと……。そうですね、毛皮がそれぞれ3ガルダ、爪と牙がそれぞれ1ガルダと言ったところです。」
よく考えれば金額を言われたところで価値がわからん。
『シェリル。』
『はい?』
『金の価値はわかるか?』
『ええ、わかりますよ。トート村には5年ほど前に来たので。その前はお金、使ってましたから。』
「……交代できるか?」
「わっかりました!」
ここはシェリルと交代したほうがいいだろう。私では金の価値がわからん。
「毛皮が3、爪と牙が1ですね?ということは全部合計で34ガルダですよね?」
「毛皮が2枚と牙が4つ、爪が24個ありますので、そうですね、合計金額34ガルダです。」
「大丈夫です!ところでここらで安くてできるだけサービスのいい宿屋はありませんか?」
「それでしたらギルドを出て右にしばらく行けばキーティアという宿屋がございます。」
「宿泊料は?」
「1泊驚きの3ガルダです。1食1ガルダで朝、昼、夜のご飯も頼むことができ、申請すれば湯浴みも可能です。」
「ありがとうございます!おねーさん!」
シェリルに任せてよかったと思う。これである程度の相場は判明した。私ではこうはいかなかっただろう。
「そうだ、お客様。」
「ん?私か?」
「はい。あなたです。冒険者ギルドに加入いただくと、日銭が稼ぎやすくなるかと思いますがいかがですか?」
ギルドに加入か……。悪くないかもしれない。
「依頼を受けることができるわけか?」
「はい、それにより報酬を受け取ることができます。その他にも売る者の値段も10%増加します。」
それは何とも魅力的だ。異世界に転生したら大体こういうものに加入することが多いと聞くが、本当だったらしい。魅力が大きい。
冒険者として動けば他の魔王の行動も把握できるかもしれない。その点でも加入する意味はあるといえるだろう。
「頼む。」
「ありがとうございます!ではこちらにサインをお願いします。」
名前くらい書けるようになっていて本当に良かったと思う。いらぬ恥をかくところだった。
「ダリヤ・トート、と。これでよいか?」
「はい、結構です。明日、同じ時間以降にもう一度いらっしゃってください。カードを発行いたします。」
受付のその言葉を最後に私たちは店を出た。
これで私も異世界でのお決まり、冒険者になったらしい。旅に出るための資金集めも楽になりそうだ。
ちなみにキーティアの飯は驚くほどうまかった。
誤字脱字等報告お願いします。
面白ければブックマーク登録していただけると幸いです。