第4話 魔王さま、初めて戦う。(後編)
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目の前の少年は齢13,4歳だと見受けられる。見た目通りなのかそれとも実は違う年齢なのかはわからないが、とにかく敵であることは間違いないだろう。これから親しくなろうとしている相手に凶悪な笑みを浮かべながら殺すとは、冗談でも言わないだろう。
「そんなこと言って言いわけェ?ボクほんとに容赦ないよォ?」
「くどい、何度も言わせるな。黙れと言っているのがわからないか?」
本気で頭に響く。これはどういうことだろう。何らかの能力だろうか?いや、敵を目の前にして思索にふけるのは愚策だ。考えないようにしよう。
「それで、なぜここに来た。ご主人様とやらの命令か?」
「そんなこと言うわけないじゃん!聞かれたから答えるってバカのすることって知らないのォ!?」
「それを言うなら、敵対者に出合い頭に攻撃しないのもバカのすることだろう。」
今はまだ相手も動いていない。それに私はもう相手のことを認識している。最初から敵だと見做しているのなら、不意打ちなり何なりすればいい。それをしないのは奴がバカか、あるいは絶対の自信があるからだろう。小さい村相手にこれだけの軍勢を率いてくるような者だ、勝手に後者だと思っているがどうか。
「えェ?だってそれじゃァさァ?……ツマラナイじゃん?ボクはさァ、ヒトをいたぶるのがシュミなんだァ!一発で殺しちゃったら苦悶の表情も見れないじゃないかァ!」
バカだった。それも救えないくらいの。きっと挫折を経験したことがないタイプの人間なのだろう。そういった類の人間は大体自分の身を自分で滅ぼす。
「もういい、それ以上己の痴態を晒すな。」
「ナニ?偉そうに。今から死ぬんだよォ?あ、辞世の句ってことでいいのォ?」
「御託はいい。さっさとかかってこい。なに、殺しはせん。」
「へェ、それじゃあボクから行くよォ!」
そう言いながら殴り掛かってくる。腰に差した剣は抜いていない。まあ避けてカウンターを入れればいいだろう。……ん?
「避けないのォ?傲慢なんだねェ!」
「グァ!」
体が、動かん!一体どういうことだ!
「どうしたのォ?アッハハ!変な顔!動かないならまだまだ行くよォ!」
「君の仕業かっ!ガッ!グゥ!」
斬り付けられることは数あれど殴られたことなど今まで一度もない。なるほど、拳とはここまで痛いものなのか。
しかしこの状況はまずい。体が動かないのはさすがに問題だ。魔法を使おうにも狙いが定まらないし、相手の攻撃は食らい続けてしまう。なるほど、バカであり自信があるものだったか。
「ほらほらほらほらァ!避けないと死んじゃうよォ!?」
考えろ。体中の痛みなぞ無視しろ。冷静になれ。幸いこいつに力はない。力がなければ殴殺するにも時間がかかる。私が死ぬまでにこいつを屈服させられれば私の勝ちだ。
状況を分析しよう。私はなぜか動けない。こいつは武器を使わず、あくまでも拳に頼っている。黒曜共は動きを止めているため村に被害はない。
私が動けるようになることが最優先だ。動かない黒曜共は今は無視してかまわないだろうから、こいつが武器を取り出す前に片を付けてしまいたい。
「動けない理由がわからないって顔してるねェ!メイドの土産に教えてあげようかァ?」
「ッ!」
「僕の言葉には魔力が含まれていてさァ!聞くだけで相手の動きを止められるんだァ!」
ふむ、ということは。こいつの魔力が体内に入って動けなくなる、ということか。だから不快な声だと感じたのだろう。ならばその魔力を外に排斥してしまえばいいわけだ。言われてみれば確かに体内の魔力に違和感がある。
であればこうすればよいか。
「魔力全開放」
体内の魔力を全て力に変換するだけの単純な魔法である。これで……。
「うむ、動けるな。」
「なっ!えぇ!?なんでだよ!ボクの言葉を聞いて動けるなんて……!」
体内の魔力をすべて出し切れば、必然奴の魔力も体外に排出されることになる。
「君、戦闘中に手の内を晒すものではない。無言で行うべきとは言わんが、言葉には常に気を使うことだ。原理さえわかればこの程度造作もない。」
「ああああああ!むかつくなァ!その上から目線!」
さて、反撃と行こう。まず手始めに。
「散々殴ってくれたお返しだ。こうして殴るのは初めてだから加減が効かん。歯を食いしばれ。」
「はァ!?ちょっと待……」
「問答無用!」
「ガ八ッ!」
拳を引いて、前に突き出す。それだけで少年の小柄な体が吹き飛ぶ。奴の服に汚れが付き、傷だらけになる。しかしそれで五体満足なあたり頑丈なのだろう。なにせ魔力全開放を使った拳なのだ。常人なら痛いでは済まされない。
「私はこの村に恩義を感じている。相手が万の大軍だろうが強大な一人だろうが、この村だけは守ると決めている。」
「なんだよ今の力はァ……!てめェ人間じゃねえな!?」
「人間か否かと問われると、否と答えざるを得ないな。」
「じゃあ何だってんだよォ!」
何、か。私は何だ。私は……魔王だ。しかしそれはゲームの中の話であり、今はその役職なわけではない。しかし、それでも私は……。
「私は魔王だ。名乗る名は持ち合わせていない。」
「はァ?魔王?」
奴がいぶかしげな顔をした後笑顔になる。
「なァんだ!」
「!?」
「魔王ってことはボクたちと同じじゃないか!君も呼ばれてきたんだァ!」
こいつは何を言っているのだ。
「ねェ、ボクたちの仲間になってよ。ボクのゴシュジンサマと一緒にこの世界を終わらせるんだ!あの人はボクより強いんだから!心躍るでしょ!?最高でしょ!?」
「お前も、魔王なのか?」
「そうだよ!ボクは魔王ストライス!ほら、仲間になれよ!」
目を輝かせて言うストライス。こいつが?魔王?私と同じ?
冗談じゃない。
「ふざけるなよ。」
「はァ?聞こえなかったからもう一回言ってよ!」
「ふざけるなと言っている。」
「……それが答えってことでいい?」
私は魔王だ。それ以上でもそれ以下でもない。だがそれゆえの矜持はある。奴が魔王だというのなら、私の考えも聞いてもらわなければならん。
……ここまで怒りに打ち震えるのは初めてだ。
まさか。
まさかここまで愚かな「魔王」がいたとは思いもしなかった。
「おい、よく聞け小僧。」
「指図すんなよテメ」
「黙れ。いいか?魔王とはな、最後に滅びるために存在しているのだ。正義を振りかざすものの剣に倒れ、断末魔の悲鳴を上げ、世界を呪いながら、醜く消えていくものが魔王なのだ。」
「はァ!?テメェ何言って」
「それゆえに、自分より格上の者にも向かっていかねばならん。それをなんだ?貴様は。自分より強い者に傅きその権威をかさにして暴力を振り回す。魔王として愚かこの上ない。」
聞いてもらうどころではない。これでは押し付けであり、わがままであり、ただのエゴだ。そんなことはわかっている。だがそれでも。言わずにはいられない。
「そんな貴様が私と同じと宣うか。恥を知れ。魔王としての矜持すらも持たぬ貴様に、くれてやる命などないわ!」
「だ、だ、だ、黙れええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!テメェにボクの何がわかる!ボクは魔王だ!強いんだよ!テメェごときに負けるわけないだろうがあああああ!」
距離を詰めてただひたすらに拳を振り回す。剣は使わないようだ。
しかしその攻撃は私にあたることはない。当たり前だ。先程とは状況が違う。奴はもはや正気を失い、私の体は自由に動く。もし第三者の目が合ったなら、この時点で勝負あったとみるだろう。
「面倒くさいなァ!もういいや!これ使おう!」
最終手段を残していたのか。奴は懐から小瓶を取り出し、口を付けた。
たちどころに体格が大きくなり、溢れ出る魔力量もより強大になっていく。
強化剤といったところだろう。効能は身体増強、魔力量増加くらいのもののようだ。
「アハハハハ!死ねえええええぇぇぇぇぇ!」
このままではらちが明かない。そう考えていたのは私も同じだ。だから。
その拳を真正面から受け止めた。
「は……はァ!?」
正直なところ魔力はかつかつだ。魔力全開放のせいでほとんど残っていない。自然回復した分くらいだ。それでもこれくらいただの筋力で受け止められる。いや、受け止めなければならない。
そして。
「中位魔法、斬撃!」
「あああああああああ!ボクの腕がああああ!」
突き出した右腕はその肩から切断され、しばらく宙を舞った後地面へと落ちる。そこに赤いシミを広げている腕を見やると、肉体から離れたことで強化剤の効果が切れたのかしぼんでいく。元の大きさより小さくなり、やがて骨と皮だけになる。
「くそっ!くそっ!なんで!なんでこうなるんだよ!死にたくない!こんなところで死にたくない!嫌っ、嫌だっ!」
「殺しはせぬよ。昔から、知性あるものを殺すのは知性なきものと相場が決まっている。」
「じゃあボクがテメェ……あなたに力を貸すから!」
「保身のために簡単に寝返る者など必要ない。さっさと消えろ。目障りだ。」
その時、奴の目が私から外れ、あらぬ方向を見る。
「ッ!?ゴシュジンサマ!?違う!これは違うんです!」
どうやら奴には例のご主人様とやらが見えているらしい。失態を咎められているところだろうか。
「嫌だ!死にたくない!ボクにもう一度機会を!ゴシュジンサマ!どうか、どうかご慈悲を!嫌だ!嫌!こんなところで!死にたくないいいいぃぃぃぃぃぃ!」
奴の体が足からボロボロになっていく。風化している、といえば一番近いだろうか。これが奴に対するご主人様の罰なのだろう。それにしても一度の失敗で命を取るだろうか?それともすでに失敗していたのだろうか?
相変わらず奴は死にたくないと喚いているが、風化は止まりそうにない。
そのまま魔王ストライスは消えていった。最後まで生存の意思を残して。まったく、最後の最後まで小者だった。
しかし。
「それだよ、魔王ストライス。その悲鳴だけは、魔王にふさわしいものといえるだろう。」
特段死闘といえるような戦いではなかった。ただまあ奴の敗因といえば。
「フラグを乱立しすぎだ、愚か者め。」
これで私の最初の戦いは、勝利で幕を下ろしたのだった。
誤字脱字等報告お願いします。
書き溜めてないです申し訳ありません。