第2話 魔王さま、言葉を覚える。
昼に時間が取れず少し前話から時間が空いてしまいました。申し訳ありません。
私がこの世界に着て幾日が経過した。時間にしておよそ240時間といったところだろう。まあ10日だな。おかげで「おはよう」や「こんにちは」、「こんばんは」といったような挨拶はかろうじて覚えることができた。
村人たちも身振り手振りを使ってコミュニケーションを取ろうとしてくれている。それに私は完全な部外者であるのに、食料も住居もいただいている。かなりの好待遇であることは間違いない。嬉しい限りだ。その気持ちに応えたい。帰りたい気持ちがあるのは事実であるが、ここまでよくされると恩返しもしたくなる。私をこの村に連れてきてくれたあの娘には、とくに。
「おはようございます!※※※※※※※※※※?」
「ああ、おはよう。」
ジェスチャーで元気なことを伝える。たぶん「気分はどうだ?」とかそんな意味だろうと思ったからだ。英語で言う「How are you?」だな。その程度の会話は毎朝ほかの村人たちもしているから、ニュアンスはもうわかっている。だが返答の仕方はわからない。そこはもっと観察が必要だろう。
ただ、そろそろ観察だけでは難しくなってきた。能動的に言葉を覚える必要がある。そこで、昔知った知識を活用することにした。
紙にぐちゃぐちゃと書いたものを人に見せる。それで返ってくる言葉は十中八九「これは何?」だ。もちろん一人だけに聞くわけではなく、一応大人数に聞くべきだろう。
そうして私は能動的に「これは何?」と聞く方法を手に入れたわけだ。
娘に聞く。
「これは何だ?」
「これ?これは魚ですよ。」
少年に聞く。
「これは何だ?」
「これは木の実だよ!※※※※※※!」
笑顔だから食べれるものだろう。おいしい可能性が高い。
村長だと思われる、村で最も慕われている老人に聞く。
「これは何だ?」
「これか、これはかごじゃ。」
それからさらに1週間が過ぎだ。そんな行動を繰り返し、私はある程度村にある物の名前を覚えることができた。村にあるものではすべての名詞を思えることはできないだろうが、そこは仕方ないと割り切るしかない。次は動詞だが……こっちは観察でしかわからないだろう。
言語の一つ二つ、簡単に理解できずして何が魔王か。……まあ理解することと使用することは全く違うことであるのだが。
まあ気長にやろう。時間はあまりないが、村に来たおかげで余裕はできたのだ。さっさと覚えて帰る方法を探しに行こう。
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最近あの人が私たちの言葉を理解しています。まだここに来て21回日が昇っただけなのに、もう挨拶と物の名前は覚えてるみたいです。やっぱり普通の人じゃありませんね。初めて会った時からわかってはいましたが。ほんとに一体何者なんでしょうか……。
「これは何だ?」
あの人はよくこの言葉を言います。こちらの言葉を早く覚えたいのでしょう。
でも気のせいでしょうか?どこか焦っているように感じます。そんなに早く覚えて何をしたいんでしょうか?帰りたかったり……とか?何にもないところから現れたのです。実はほかの場所にいたとか、ありえない話じゃないでしょう。
「おい、娘。」
もしそうでも私としてはまだ帰ってほしくはありませんが……。あの人は多分あれですから、まだいてもらわないと困ります。
私はあの人を打算で助けました。あの人がいればきっと……。
「おい、おい、娘。あー・・。き、聞いているか?」
「え?ああ、すいません。考え事をしていました。」
「そうか……。えーっと……お前の、名前が……・※※※※。」
拙いながらも彼はそう言いました。最後は何て言ったかわかりませんでしたが。名前……そういえば言ったことがありませんでした。彼の名前も知りません。えっと、できるだけ簡単に。
「私は、シェリル・ミア・トートです。」
「ありがとう。シェリル・ミア・トートか。」
「シェリルでいいですよ。あなたの名前は、何ですか?」
「私の……名前か。」
そのまま黙ってしまいました。な、何かいけないこと言っちゃいましたかね!?だとしたら謝らないと……!
「ごめんなさい!その、私……」
「大丈夫だ。えっと、その、何だ。」
彼はまた黙り込んで……。いえ、ぶつぶつつぶやいてますね。
「その、ない。」
「ない?」
「ない」
名前が……ない?そんな人がいるんですね。
「じゃあ何と呼べばいいんですか?」
「?」
ああ、この言い方じゃ通じないんですね。じゃあ、えっと、えっと。そうだ!
「私はシェリルです。あなたは何と?」
「……?あ、ああ!私は……※※※※、シェリルが決めてくれないか?」
「私が?」
「ああ。それがいい。」
私が名前を考える?本当に?責任重大じゃないですか!名前なんてそう簡単に思いつくものじゃありません!そんな簡単に言わないでください!まったくもう!
……でも頼まれた以上考えないわけにはいきません。
「あー……時間、かかります。それでも?」
「時間は、かかっていい。名前がないのは、※※※。」
時間をいただけました!これでじっくり考えられます!一日くらいなら遅れても問題ないでしょう。それにしても名付けですか。初めてですから不安ですが、精いっぱい考えることにしましょう!
「明日までに!」
「ありがとう。」
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娘の名前はシェリルと言うらしい。シェリル・ミア・トート。シェリルとトートはよく聞いていた。シェリルでいいと言っていたし、それは娘の代名詞として、だろう。トートは多分村の名前だ。それを考えると……トート村出身のミア家のシェリル、と言ったところだろうか。
小規模な村が故、皆が皆名前で呼び合っていると考えていいだろう。だからミアという単語は聞かなかったのだと考えられる。
しかし名前がないのは不便だ。先程も口が詰まってしまった。シェリルがいい名前を考えてくれることを祈るばかりだ。
「門、柵、家、人、魚、木の実、かご……。ふむ、名詞はもうほぼ完ぺきと言ってよさそうだ。む?どうした、そこに誰かいるだろう。」
「へへっ!※※※※※!」
そこにはよく見る少年がいた。10やそこらといったくらいの年だろう。
「ごめんな、わからん。」
「そっか!」
この少年ももうよくなついてくれている。この子の名前も聞いておくべきだろう。いつまでも「おい」とか「お前」とか「君」とかで呼ぶわけにはいかないのだ。
「お前の名前は何だ?」
「僕の名前はリュート!リュート・ダルク・トートだ!」
「リュートか、いい名だ。」
勇者にそういう名前を付けるプレイヤーもよくいた。響きがかっこいいのだろう。わからなくない。
「ありがとう。それではな。」
「えーっ!※※※※※!」
リュート少年はボールを持っていた。遊びたいのだろう。今聞いた言葉をとりあえず「遊ぶ」、として記憶しておく。
しかしボール遊びか。実はしたことがない。と言うか遊んだ記憶が皆無だ。私にあるのは魔王として玉座に座っていた記憶のみ。……。ここで遊んだほうが後々よいだろう。
「ボールか?」
「うん!」
「遊ぶ」で間違いはなかったらしい。
それからしばらく、まるでサッカーのようにボールを蹴りあった。初めての経験だったため、へとへとになるまで遊んでいた。遊び始めた時には高いところにあった太陽も、もう傾いている。一体どれくらい遊んでいたのやら。……子どもの体力とは侮っていいものではないらしい、と言うことも分かった。リュート少年……。君は体力が無尽蔵なのか?
そうして日が完全に沈んだころ、異変は起こった。村中の鐘が鳴り響き、門番が大声で叫んでいる。皆、何事かと自らの住居から出てくる。私とてそうだ。何があったというのだろう?
「※※※※!※※※※来ました!※※※※です!」
「何っ!?なぜこんな村にまでくるのじゃ!」
どうやら何かが来たらしい。普段は来ない何かが。あの焦りよう、脅威、と呼べるものなのではないだろうか?皆震えている。手を組んで上に掲げるている者もいれば、泣いているものもいる。
「あの、何が?」
「知らんのか?」
「何をです?」
「そうか、本当に知らんのか……。」
この世界では常識として扱われているものなのだろうか?
「見た※※が※※※。」
どうやら見せてくれるらしい。村の皆がここまで取り乱すなど、まずありえない。そこまで恐怖の対象として見られているものなのだろう。
門番に連れられて櫓の上に上る。
そこにいたのは、おびただしい数の、異形の、群れ、だった。
誤字脱字等報告、よろしくお願いします。
やっと魔王さまが言葉を覚え始めました。