第1話 魔王さま、村へ行く。
それにしてもここはいったいどこだろうか。もともといた世界は「魔王軍によって荒廃した世界」という設定であったため、その様相はさながらディストピアだった。少なくとも、このようなどこまでも続く草原など存在しなかった。
それに加えて意思の疎通もできない現状を鑑みると、私の知っている世界でないことはもうまぎれもないだろう。
ここは仕方がないと諦め、言葉を覚え次第旅にでも出るしかないだろう。その時に全世界の地図でもあればよいのだが……。
いや、今はこれからのことを心配するよりも目の前で涙をこぼす娘のことを心配するべきだろう。私のせいで泣いたかもしれないのだ。普段は勇者に対し「世界の半分をやろう」などとお決まりのセリフを吐いているが、別に本当に世界を支配していたいわけではない。生物として罪悪感などは持っている。だから目の前にいる娘にもう一度声をかけた。
「娘よ、その、私はこのような見た目だが怖くないぞ?」
「?」
うむ、わかってはいたが間違いなく通じていない。目尻に大粒の涙をため込みながらも微笑んでいるが、その頭上には?マークが見えている。せめて自分が危険人物でないことは伝えたい。しかしどうすればよいのだろう。身振り手振りでは難しいだろう。どうしたものか……。
ん?袖に違和感?見れば娘が袖をつまんでいる。
「どうした?」
「※※※※……※※※※※※※※。」
手を引きたいといったところだろうか?いいだろう。ついて行こうではないか。ん?もしかして人間が住む集落にでも行くのだろうか?であれば偽装魔法をかけておいたほうがいいだろう。肌の色は娘と同じ程度でよいだろう。角は消す。服は……。生活水準がわからない以上このままいくしかないだろう。娘は白いワンピース1枚だけに見えるが、ほかの人間がそうとは限らない。
適当に設定した偽装魔法を自分にかける。
「!?」
驚かれた。まあいきなり目の前の人物の見た目が変われば驚きもするか。私だって娘の姿がいきなり魔族のような青い肌になったら驚くだろう。そういえばこの世界に魔法という概念は存在するのだろうか?それで驚かれた可能性も否定できない。悪いことをしただろうか?
「※※※※※※※※※※※※!?」
……。わからない。娘の顔は驚愕に包まれている。何に驚いたのだろう。気にしないほうがよいだろうか?一応首をかしげておこう。
こうしていても埒が明かない。
「※※※※※※※※※※※※!」
娘の手を取り、先を促した。娘は我に返ったようで、振り返らずに歩いていく。耳まで赤くなっている。……おそらく思春期と思われる女性の手を取るのはまずかったかもしれない。後ろをついて行くことしかできないこの状況がもどかしい。
しかし私はどこに連れていかれるのだろうか?例えば集落であればこちらの言葉を話す人が多くいるはずだ。であればその分私が言葉を覚える期間も短くて済むかもしれない。だがもしこの娘が一人で生活しているとしたら?その場合は……。いや、ポジティブに考えていこう。言葉を覚える云々以前に、年端もいかぬ娘が一人で暮らしているなど想像もしたくない。
まあ今は娘について行くしかないのだ。一人で行動するよりもいいと考えよう。
----------------
「※※※※※!※※※、※※※※※※!」
何か言ってますけどわかんないです!言葉が通じない人なんか初めて会うのでどうすればいいのかわかりません……。
「※※※※、※※、※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※?」
「?」
もう笑うしかないですね……。いやでも!諦めるなんて言葉、私にはありません!村に連れていきたいですが、どうすればいいでしょう?初対面の男の人の手を握るのはさすがに恥ずかしいですし……。袖をクイってすれば気づきますかね?
「※※※※?」
「こっちに……来てほしいんです。」
袖を引いたらついてきてくれました!なんて言ってるかわかりませんけど身振り手振りでどうにかなりそうですね!
「!?」
今姿変わりましたよ!?肌青かったですよね!?角はどこに行ったんですか!?ていうか……。
「魔法が使えるんですか!?」
魔法は限られた人しか使えないはずなのに……。ていうか姿を変える魔法は何に分類されるんでしょうか?五大属性に含まれるはずはないですし、光や闇は太古の昔に消滅したと聞いています。見た目人じゃありませんでしたしそのあたりも関係してくるんでしょうか……?
ひゃっ!ててててて、手を握られました!
「いきなり何するんですか!」
恥ずかしいから袖しか触らなかったのに!オンナゴコロとゆーものがわかってないですね!まあ恥ずかしいとかは私の都合なのでいいですけど……。
あ……驚いてないで先に進めということでしょうか?それもそうですね。
でも言葉が通じない人、村に連れて行って大丈夫でしょうか?みんな優しいから攻撃するなんてことはないでしょうけど……生活とか難しいですよね……。心配ですね……。まあ!大丈夫なことを信じましょう!
----------------
集落だ!遠くに集落が見えるぞ!これで言語理解が早くなりそうだ!嬉しいものだ。待っていろ、皆の者!できるだけ早く帰って魔王業に復帰するからな!
……魔王業……か。今考えると本当にブラックだった。このまま帰らないほうがよいのではないだろうか?そのほうが幸せになれるのでは……?いや、これ以上考えるのはよそう。それは後回しだ。帰る方法がわかってから考えていいだろう。魔王として失格の考えであることは言うまでもないが、な。
ん?ここで待っていろ、と?何かあるのだろうか?村に入るためには許可がいる、とかそういう決まりがあるのだろうか。それはそれでおかしい話だが、であれば仕方がないだろう。そもそも案内してもらっている身なのだ、従おう。
娘が村の門と思しき場所へ向かう。おや、たいそうなお出迎えではないか。それだけ集落の人間に愛されているのだろうな。私は愛されるなどと言うことはなかったな。生まれた時から異次元の支配者たる魔王として存在し、周りにいるのは私に憎悪を向ける人間たちと敬意を向ける魔族達のみ、という設定だった。今更うらやましいなどとは言わないが、良き人間たちに囲まれて暮らしてきたのだろう。集落の性格がわかるというものだ。
しばらくして戻ってきた娘の顔には笑顔があった。会話が楽しかったのだろうか?
「※※※※※※※※!」
相変わらず言っていることはわからないが、袖を引いてくるあたり歓迎された、ということだろう。私としても嬉しい限りだ。
門まで行くと老若男女関係なしに30人程の人間が屈託のない笑顔で立っていた。私もつられて笑顔になる。が、話しかけてくるものはいない。娘が言葉が通じないことを話したのだろうか?
まさに村と呼ぶべき集落の中をのぞくと、木造家屋が何棟か建っていた。村人の服は簡素な作りだが汚れているわけではなく、清潔感が感じられた。生活水準は別に低いわけではないようだ。しかし私ほどの服は浮いてしまうだろう。……後で着替えるとしよう。
それにしても全員でこれだけなのだろうか?であれば集落の規模としてはかなり小さいほうだろう。老いた者も若い者も幼い者もいる、過疎化が進んだ集落などではないらしい。しばらくはここで生活できるのだろうか?ありがたいことだ。彼らに感謝しなければなるまい。
----------------
やっと村が見えてきました!この人もそこはかとなく嬉しそうですね。村があるのがそんなにいいんでしょうか?
でも村に入れても大丈夫か聞くほうが先ですね。この辺りでいいでしょう。手の平を突き出すジェスチャーで待ってくれるでしょうか?……通じたみたいですね、よかったです。
「門番さーん!帰りました!門開けてくださーい!」
「ああ、お帰り!みんなもうすぐそこで待ってるよ!」
空いた門から影が飛び出してきました。
「姉ちゃん!お帰り!」
「ただいま、遅くなってごめんね?リュートくん。みんなケガとかはない?」
「みんな僕が守ってたから大丈夫だったよ!」
「それは偉いねぇ。」
よかったです。誰もケガしてる人はいないんですね。
「そうだ、村長を呼んできてくれない?」
「わかった!そんちょー!」
今回は話さなければならないことがあるのです。あの人がこの村で暮らしてもいいか、一応村長に聞く必要がありますよね……。私としては無条件で村にいてほしいんですけど……。
「どうした?帰っていの一番に儂を呼びつけて。」
「村長、村人が増えても大丈夫ですか?」
「増える?食料が足りてないわけでもないし、大歓迎じゃが?」
「でもその人、私たちの言葉が通じないんです。」
「そのくらいでこの村が拒否するわけないのはお前が一番よくわかっておるじゃろう?」
「じゃ、じゃあ今から呼んできますね!ちょっと待っててください!」
「ほっほっほっ、忙しい娘じゃのお。」
よかったです!わかってはいましたがそれでも不安は残っていましたから。でもこれであの人を私たちの村にお迎えすることができます!ああ、自然と顔がほころんでしまいますね……!
「いていいそうです!」
また袖を引いて連れていきます。この人もさっきより嬉しそうです!
門まで連れてきましたけど……。誰も声をかけませんね。私がしゃべれないって言ったからでしょうか?まあみんな笑顔でいますし、この人も笑顔ですし、心は通じたと信じましょう!
まだ心配なことはありますけど、ひとまずはこれで安心ですね。あの場所はちょっと危険な場所だと聞いていますから、焦ってしまいましたが……。
とにかく、この人がいれば……。
もしありましたら誤字脱字報告、よろしくお願いします。
魔王さまが言葉を覚えるまでこの形式で続きます。