第10話 魔王さま、服を買う。
「しかしなぜ姫様が中央の城を抜け出してこんなところに来たのだ?いや、初めて会った時もそうだ。なぜあんな所にいた?」
「決まってるじゃない!その方が楽しいからですわ!」
そんな適当な理由で城を抜け出していたのか……。確かにこの性格の姫様には堅苦しい城での生活は苦しいだろう。それが正しいかというと、そうではないのだが。
「リース姫様はよく城を抜け出すお方なのです。そのお姿のおかげでこの町の活気はさらに盛んになっておりますが、その度に近衛兵の方々が必死に捜索するため気が気でなく……。ああ、胃が……。」
「ナタリーさん、あの、無理はしないでくださいね?」
「シェリルの言うとおりだ、ナタリー。ストレスはあまり溜めるなよ?」
リースは天真爛漫な性格ゆえ、元気づけられている者は多いだろう。しかしそれだと今も城の中は大混乱なのではないだろうか?それを考えるとナタリーのストレスはマッハだろう。近いうちにギルドにも来るだろうから、それまで私もここにいるべきだろうか?
「そういえば姫さm」
「リースですわ!」
「リースさm」
「リースですわ!」
強情なお姫様だな!
「はぁ……。リースはなぜシェリルを攫ったのだ?」
「私があなたたち二人の服を見繕ってあげようと思ったのよ!それなのにあなたが来ないから、諦めて夜に彼女の服だけ見繕ったのですわ!」
「行かなかったわけではなく行けなかったのだがな。」
再三言うがあれは地図ではない。百歩譲って地図だとしてもこのあたりの地図ではない。あれのせいでたどり着けなかったのだから私の責任はないはずだ。
「じゃあ今日でもいいかしら?」
「後のことを考えるとやめた方がいいような気はするが……。ダメだと言っても連れて行くのだろう?」
「そうよ!シェリルも、大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ、リース。」
シェリルから敬語が消えている!?どれだけごり押したのだ……。出会ってひと月経つ私にも使っているというのに……。
わがままで天真爛漫で人懐こくて強引な姫様……。リースが城の外にいることの意味を知っている者たちの胃は大丈夫だろうか?それ以前にカイゼン家当主や城にいる者たちのことが不憫で仕方がない。
「それじゃあ行きましょう!こっちよ……ですわ!」
いちいち面倒くさそうなリースに小声でそっと耳打ちする。
「私たちの前にいる時くらい、口調は自由でいいぞ。
「いいの!?じゃあ遠慮なくいくわね!」
容赦ないな。逡巡とか全くなかったぞ今。それだけ普段から抑圧された生活を送っているのだろうか?
それこそが上に立つ者の仕事と言っても差し支えないだろうが、こうなったらもう咎められること覚悟で羽目を外してもらおう。
「ナタリー、そういうわけだ。全責任は私が負おう。何かあったら任せろ。」
「ダ、ダリヤさん!?知りませんよ!?」
「構わん。」
「あなた、ダリヤって言うの?」
そういえば名前を言い忘れていた。リースの名前は聞いていたというのに。これでは不平等だろう。
「ああ、ダリヤ・トートと言う。ここから徒歩4、5日のところにあるトート村から来た。行かなければならない場所があるため旅をしている。」
まあ、正確に言えば帰らなければならない場所、なのだがな……。結局異世界を楽しんでいる自分がいる。まあこのまま戻れなければ……。いや、それはしばらく考えないと決めたではないか!
「そうなのね!行きたい場所が決まってるなんて、素敵だわ!いい旅になるといいわね!」
「ああ、そうなるといいが。」
そのまま3人でギルドを出ていく。ナタリーには本当に迷惑をかける。胃に穴が開かないことを祈ろう。
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「この町の服屋はみんな知ってるから、あなたに一番似合う服を探してあげるわ!」
リースはギルドを出てすぐにそんなことを言い出した。ファッションには自信があるようなことを言っていたからな。私が持っている服もそう多くはないし、ありがたい申し出だ。
しかし姫様が相手だと相当高額な服ばかりになりそうで怖い。金が姫様持ちなのも男としてどうかと思う。
お礼だと言われた以上、とは言ったが気が引けるのは確かだ。どうすべきだろうな……。
「ここよ!」
「いらっしゃい……。おお、姫様じゃないかい!どうしたんだい?ここには女物は置いてないよ?」
そういう店主には見覚えがあった。そう、カイゼンに来た時ギルドを紹介してもらった男性だ。
「あなたは……!あの時はありがとうございます。おかげで稼がせてもらっています。」
「あんた、この前会った……!はっはっは!そうか、姫様。彼に合う服だね?」
「頼めるかしら?」
「姫様の頼みとあれば。こちらへ来てくれ。」
男性に従い、服を見る。なるほど、材質には気を使っているらしい。素人の私が見てもどれも一級品だということがわかるほどである。相当いい店なのだろう。
ん?それぞれに微量な魔力がこもっている?これは何だ?
「気付いたかい?」
「それが魔力がこもっていることを言っているのなら、気付きましたよ。」
「それだよ。これには一つ一つ魔力を込めて編んでるんだ。その分値は張るが、ある程度の耐久性は保証してる。」
ふむ、確かに書かれている金額は結構高い。しかしそれにより耐久性に優れるというのなら、それでも買う価値はあるだろう。
そういえばこれから戦うこともあると思うが、鎧などはどうすればいいのだろうか?そのことを考えて買った方がいいだろうか?
「すいません、失礼なことをお聞きしますが、この上に防具など来ても大丈夫だったりは……。」
「ああ!ギルドを紹介したのは俺だったね!そうか、冒険者になったか。それなら確かにこれから防具をつけることもあるか。まあ問題はないよ。だがその場合デザイン重視にはできないね。」
「構いません。……!?……いや、防具をつける時とつけない時のために、デザイン重視のものも頼めますか?」
後ろからリースの鋭い視線を感じる。そうだった。ファッションに関してすごいのであって、服なら何でもいいわけではなかったな。
「あはは、大丈夫だよ。ちょっと待っててね。っと、これと、これなら合うかな。これなんかどうだい?」
「いや、服のことは私にはわからないのです。」
「んー。上はこれ、下はこれを着てみてよ。一番合うと思うわよ。」
「まあリースが言うなら。試着室はどこに?」
「あっちだよ。」
男性の指し示す方に布で仕切られた部屋があった。そこに入り、服を着てみる。
リースは何というか……すごいな。身長を言ったわけでもないのに上下ともに大きさはぴったりだ。しかし何だろう、この魔王感漂う服は。リースは私が魔王であることなど知らないはずなのに。雰囲気か?
上は黒地に金の刺繍が施されている。下は裾に行くほどだんだん広がっていく、いわゆるベルボトムのズボンだ。男物の服を選ぶセンスは壊滅的……なのかもしれない。
そういえばこの刺繍は……。
「ダリヤ、か。ふふっ、悪くないな。」
試着室から出てカウンターに服を持っていく。
「あら、それでいいの?」
「ああ、気に入ったよ。さすがリースだな。」
「でしょ?もっと褒めてくれていいのよ?」
「すごいな、リースは。俺じゃあ多分この服には目がいかなかっただろう。この店なのもいい。本当にいい目を持っていると思うぞ?」
多少からかい交じりにそう言う。
「そ、そこまで言う!?いや冗談のつもりだったんだけど……。」
「安心しろ、半分は冗談だぞ?」
「それは言わなくていいんじゃない!?」
「まあ半分は真実だから大丈夫だろう。」
リースが頬を膨らませている。そんな仕草もかわいらしいと思う。まるで小動物のようで。そう、ハムスターを見ている気分だ。この世界にハムスターがいるのかは知らないが。
「これだけで大丈夫かい?他には?」
「今日のところはこれだけで大丈夫です。」
リースが払うことになっているため、あまり多くは買いたくない。本人はお礼だと言っているが、私がやったことはオオカミを追い払い町の近くまでついて行っただけだ。いや、本人からすれば命の危機から救ってくれた認識なのか?それでこんなことを?
……やはり甘んじて受けるしかなさそうだ。
「二つ合わせて9ガルダだよ。」
「高いな……。」
「お礼で私が払うって言ってるでしょ?」
「わかっているさ。男が女性に金を出してもらうのは少し気が引けるがな……。」
「いいの!お金だけは有り余ってるんだから。」
リースの顔に影が落ちる。城で何かあるのだろう。お金を全く使わないような理由が。
「姫様が払うのかい?羨ましいねえ!人の分払うなんて、珍しいこともあるもんだ。」
「そうなんですか?」
「姫様誰かの分払ったなんて話は聞かないからね。相当気に入られたようだね!」
「そ、それは言わなくていいじゃない!」
「だけど顔が真っ赤だよ?」
「それも言わなくていいの!」
気に入られた……のか。シェリルの分も払っている以上、私たち二人が、なのだろう。
「はい、商品だよ。また来なね!」
「ええ、また来ます。」
そういって服屋を出て、一度ギルドに戻ることにする。
……予定だったのだが。
「姫様!こんなところにいらっしゃったのですね!?」
城の者だろうか?そこには数十名の鎧を着た人間がいた。俗に言う騎士だろう。その言葉からリースを探しに来たものと見える。まあ当たり前か。
「リース、迎えか?」
「……ええ、残念ですがそのようです。またお会いしましょう。それでは。」
馬車に乗り込み中央部に向けて進みだした。
最後に見えたリースの悲壮な顔が気になるが、私のようなものがそれを気にしてもどうしようもない。また会う機会があれば、その時に聞いてみるとしよう。
「シェリル、私の服、どうだった?」
「とても似合っていたと思います。でもそれ今聞きますか?」
「お前には聞いていなかったからな。」
「最後の顔、見たでしょう。」
シェリルも気になったようだな。……昨日の時点で強引にでも友達になった中のようだし、やはり気になるのだろう。だが……。
「私たちが気にしても意味はない。さあ、ギルドに戻るぞ。」
「……はい。」
その日からしばらく、リースの姿を見ることはなかった。
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地の文苦手ですみません……。




