第9話 魔王さま、事件発生。
依頼をこなし始めて数日が過ぎた。相変わらずランクEの依頼しかすることはないが、それでも資金はある程度貯まってきている。しかし次の町まで行けるかと言われると少し心もとない。ある程度は言葉の通りに「ある程度」なのである。まあ飢えることはないだろうから、冒険者になってよかったと思っている。
だが一体何をすればランクが上がるのだろうか?いつまでもランクEの依頼を受け続けている意味はない。実力的にはもっと高ランクの依頼を受けても問題はないのだが。規定だという以上仕方がないが、そろそろランクを上げたいような気はする。
そこで、すっかり顔なじみになったナタリーに聞いてみることにする。
「ナタリー、ランクを上げる方法は何だ?」
「ランクを上げる方法ですか?こちらが指定する依頼を達成していただければよろしいのですが……。」
「何か問題があるのか?」
「ダリヤ様が加入してまだ幾日も経過しておりません。もう少し時間が経ってからでないと紹介できないのです。」
「具体的にはあとどれくらいだ?」
「目安としましては1か月ほどですので、後3~4週間かと思いますよ。」
これは困った。できる限り早く動きたいというのに、どれだけランクEの依頼をこなしても次に上がるためにはまだ時間がかかるのか。しかしこれも規定なのだろう。……ん、目安としては?
「例外があるということか?」
「例外と言えば例外ですが……。自分より高いランクの冒険者からの推薦があれば依頼を紹介することは可能です。」
当然のことながら冒険者に知り合いなどいない。つまり、私の強さを証明してくれる人間はここにいないのだ。シェリルために交友を断っていたのが裏目に出てしまった形になる。それがあるのならば少人数の人間と交友関係を持っておくべきだった。
いやまあ一人だけ私の強さを知っている者はいるが彼女はここに来るような人間ではないだろう。いやまあそもそも冒険者ですらないと思うが。
とするともう地道に依頼をこなしていくしか方法はないわけだ。時間がかかりそうだなあ……。まあ仕方がないか……。何をするにしてもお金は必要になるわけだしな。ここで諦めては魔王の名が腐る。諦めが悪いのも魔王に必要な素質の一つだ。私にはないが形態変化とかな。
「それでは仕方がない、またいつものように薬草採取に行ってくる。今日は……そうだな、この遠い地域でいい。」
「申請を受理いたしました。しかしそこにはランクCの獣も確認されています。十分注意してくださいね。それでは、行ってらっしゃいませ。」
「忠告痛み入る。行くぞ、シェリル!……シェリル?」
少し目を離したすきにシェリルがいなくなっている。面倒な事態に巻き込まれでもしたのだろうか?だとすれば一大事だ。何のために四六時中一緒にいるかわからない。いや、もしかすると普通に私に行き先を告げずにどこかへ行っただけなのかもしれない。しばらく待ってみることにしよう。
……ん?紙が落ちている?ここにはさっきまでシェリルが立っていたはず……。
『この娘さんは預かった!返してほしくばここ(裏に地図描いたよ!)まで来い!
PS.来なくても命は取らないけど来るまでは返さないゾ!♪』
……は?え?これ誘拐?ふぅむ……。魔法を使えば一発で場所がわかるが、魔法を使う人は少ないからできるだけ使うなとシェリルに言われている。
仕方がない、地図に沿っていくしか……。読めるかぁ!いやきったな!これは地図じゃないだろう!もうぐっちゃぐちゃではないか!コホンッ!取り乱してしまった。そうだ、私が読めないだけで街の人ならわかるかもしれない。
「ナタリー、これ…、どの辺りかわかるか?」
「えーっとこれは……。暗号か何かですか?」
「たぶん地図だ。シェリルが攫われた。」
「攫われた!?一大事ではないですか!?」
そう、一大事なのだ。書き方の違和感がすごいのと最後の音符を除けば。すごく緩い。緩すぎる。これは攫った人間の関係人物に送る紙面ではないだろう。金品の要求もしないとか誘拐犯として馬鹿げている。
しかしナタリーも分からない場所だ、地道に探すしかないだろう。まあ地図が汚いのが悪いのだが。
「ナタリー、悪いが依頼を取り消せるか?」
「可能です!シェリル様を今すぐ探しに行ってください!」
「迷惑をかけるな。行ってくる!」
失態だ。私は彼女に、「命に代えても守る」と言った。しかしどうだ?現に私の傍を離れさせてしまった。今回は命の危機まではないのかもしれないが、結局は約束を守れていないのと同じだ。彼女には軽蔑されるだろうか?どうであろうな。
今は何も考えず、町の全てをあたるしかないだろう。念話で場所はわからない。そもそもさっきから送り続けてはいるが返事が返ってくる気配すらない。地道にやるしかないだろう。誘拐犯め、一体どう料理してやろうか……。
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あれから相当な時間探した。すれ違う人々にシェリルの特徴を放し、見ていないか聞いたが収穫はゼロだった。
すでに日は傾き始め、青かった空は端のほうから赤く染まっている。完全に沈んでしまうまでもう時間がないだろう。それまでに見つけてしまいたい。
「クソッ!どこにいるんだ!」
カイゼンという町は商業都市らしく相当広い。これだけ探してもまだ半分にも満たないのだ。
シェリルは無事でいるのだろうか?今はそれだけが心配だ。いくら魔法が使えるからと言っても内面は普通の少女、命は取らないと書いてあったが今頃パニックを引き起こしているのではないだろうか?
というか地図が悪いのはあるだろう。もっとまともな地図をかける者はいなかったのだろうか?ギルドの場所は描かれていない、目印も描いていない、わかるのはどこかの路地裏だということくらい。一体誰が何を考えてこんなのものを描いたのだろうか?書いた本人が読めるかどうかも疑わしい。
仕方がない、一度ギルドに戻ってみよう。情報が欲しければあそこが一番いい。
「まだ見つからないんだが……。何か入ってきてないか?」
「申し訳ありません、ダリヤ様。ギルドには何も……。」
「そうか……。わかった、ありがとう。また行ってくる。」
「あ、あの、ダリヤ様!依頼として貼り出すこともできますが、いかがしますか?」
「申し出は嬉しいがこれは私の問題だ。どれだけ時間をかけても私一人でやりたい。」
「そうですか……。失礼いたしました。」
まったく誰なのだ!こんなこと考えついた輩は!たっぷりとお灸をすえてやる必要がありそうだな!
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真っ暗な闇を切り裂くように、白い光がうっすらと出始めた。そう、日の出だ。結局一晩中探したが見つからなかったのだ。暗闇への慣れがあるとはいえ周りが見づらかったことに違いはないため、昼間と同じくらいの範囲しか探すことができなかった。
これだけ探してまだ見つからないのか……。この地図は本当に路地裏を指しているのか?実は他のものを指示している可能性があるのか?そう考えながらギルドに行ってみる。
「ナタリー、まだ見つからないのだが、まだ情報はないか?」
「ダリヤ様!?ひどいクマ……。一睡もせずに探していたのですか!?」
「ああ。おかげで眠気がひどい。いや、私のことはどうでもいい。シェリルの情報を……。」
「あなた!遅いですわよ!?昨日は何をしていらしていたので!?」
後ろから唐突に声が聞こえてくる。見ればそこには依頼初日にオオカミから助けた娘が立っていた。
頭から湯気が出そうなほどに怒っているが、彼女自身と何か約束をした覚えはない。まあ途中からうっすら考えていたことではあったのだが。今の言葉でシェリル誘拐事件の犯人がほぼ確定した。十中八九この娘だろう。
「生憎昨日は誘拐犯に連れ去られた連れを探していたんだ。場所の指定がされていなくてね。町中を探し回ったんだが見つからなかったんだよ。」
「場所なら描いたでしょう!?」
カマをかける必要すらなかったようだ。むしろ質問形式で聞いても答えてくれたであろう。
「やっぱり君か……。これは地図ではない、暗号と呼ぶ。」
昨日の紙を彼女に見せながらそう言う。
「わからないはずありませんわ!ここが今のこの場所、これが近くの宿、そしてここがあなたが行くべきだった場所ですわ!」
そう指示された場所は、早いところギルドの裏手の大通りだった。確かにそこは見ていないが、やはり地図が悪かったようだ。どう見ても地形がこの辺りではない。これではこの近くだとわからない。
「地図を君のフィーリングで描かれても困る。建物の名前くらい書いていてくれればよかったものを……。」
「い、急いでたんですのよ!」
「急いでいても地図は丁寧に描いてくれ……。」
ん?そういえば彼女が入ってきてからだれもが口を開け驚いている。皆が思っていることはさしずめ、なぜこんなところにこの人が!?だろうか?……それはそうだろう。初日の印象で彼女についての予想はついている。
「……ダリヤ様、なぜそのお方と普通に話すことができるのです?お言葉ですが彼女との関係をお聞きしてもよろしいですか?」
「初日の依頼でオオカミに襲われていた彼女を助けただけだ。」
「そうですわ!あの時はありがとうございました!」
金色のポニーテイルを揺らし、笑いながらそう言う彼女。そこに淑女らしさは微塵もない。いうなればおてんばお嬢様というべきだろう。
「……なぜ姫様がここにいらっしゃるのですか?」
「そんなもの簡単よ!そこの冒険者に会いたかったから!」
姫様。そう、それが彼女の正体だ。
「名前を言い忘れてたから、また会いたかったの!」
口調すら忘れて、目を輝かせながら。心なしか興奮気味だ。
「別に聞く気はなかったわけだが?」
「失礼ね!あなたは私を助けてくれた人。そんな人に名前も名乗らず帰ってしまうなんて、カイゼン家の恥でしかないもの。」
私としては関係を持つつもりはなかったがそうはさせてくれないようだ。
「ならば仕方がないな。仕方がないが……。先にシェリルの安否を確認したい。今どこにいる?」
「あの子ならもうすぐ帰ってくるはずょ……ですわ。もうしばらくお待ちください。」
「?」
口調を思い出したようだ。妙に赤くなっている。素の自分を見られたのが少し恥ずかしいのだろう。そっちの方が性格に合っていていいと思うが、それを言ってさらに顔を赤くさせる趣味はない。世の中には言わぬが花という言葉もあるのだ。
それはさておき、もうすぐ帰るとはどういうことだろうか?一体どこに行っているのだ?
そんな質問の答えは本当にすぐわかった。
「えーっと……。ダリヤさん、昨日はすみませんでした……。」
ギルドの門をくぐり、シェリルの姿が現れた。それは昨日誘拐される前の姿とは全く違い、髪の長さはそのままに服が変わっており、まるで女神を彷彿とさせるかのような美しさだった。
「それで、その……。どう、ですか?」
「……。」
「ダリヤさん?ダリヤさーん!」
「見惚れて声も出せないようですわね!当り前ですわ!ファッションのことと町の外に出ることにおいてはほかに並ぶ者がいない私が見繕ったのですから!」
何も言えない。確かに私はこの時姫が言っている通り、シェリルの姿に見惚れていた。
銀の髪色に合うような白を基調としたシャツ。しかし真っ白というわけではなく、ところどころに黒の刺繍が施されている。すらっとした足が見えるような青っぽいスカートも悪くない。
シェリルは私服と呼べるものは白いワンピースしかもっていなかった。この服だと印象がまるで違う。
「君の言うとおり、シェリルに見惚れていたよ。」
「ええっ!?本当ですか!?」
「ふふんっ!だから言ったでしょう?」
それにしても質のよさそうな服だ。ここまでしてくれたのはありがたいが、いくらかかったのだろうか?金を払わないなどという不誠実なことはしたくないが、今の手持ちで足りるのだろうか?
「無粋な話だが、どれくらいかかった?購入したものならばさすがに金は払おう。」
「構いませんわ、お金なんて。この前のお礼です。」
「……そうか。ありがとう。」
お礼と言われては引き下がるしかない。これ以上金の話をすると押し問答になってしまう。
「私の名前、聞いてくれる気になったかしら?」
「さすがにここまでされればな。」
「よかった!私はカイゼン家第二皇女、リース・カイゼンよ!よろしくね!」
こうして私たちは一国の姫と知り合いになったのだった。
……やはり素のほうがいいぞ、お姫様。
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