【92】
遂にアーステル国の猫獣人である公爵令嬢とお会いする事になった。
「初めましてアーステル国から参りました リノア・キール と申します。」
私が想像していたよりもとても丁寧に挨拶をしてくれた。先日エルから軽く聞いていた通り公爵令嬢と言うよりは女騎士のような立ち振る舞いではあったが、それが『気まま』に繋がるかと言えばそれは無い。
「私は ソフィア・カルストン と申します。
そして」
「ローゼリア・ウィンズリー でございます。」
ソフィア様に続けて私も淑女の礼をして名乗る。
「ほぉ、貴女がローゼリア様なのですね。」
リノア様がやっと見つけた!という風に目を細めて私を見る。
(エルからでも私の話を聞いたのだろうか?まぁ私達がお会いするってのは事前に報告が行ってるはずだから聞いていてもおかしくないもの。)
リノア様の言葉に少しの違和感があったので聞いてみた。
「私をご存知でいらしたのですか?」
「えぇ、ラウスから聞いてました。助けてくれたご令嬢がこの国にいるのだと」
「リノア様、立ち話もなんですので中庭にご案内致しますわ。そちらにお茶会の準備もしていますの。ね、ローゼリア様」
いつもはロゼちゃん呼びのソフィア様だけど一応公式では無いと言っても隣国のご令嬢の前なのだ。愛称呼びではいけない。しかし、いつも嬉しそうに『ロゼちゃん』と呼んでくれるソフィア様に『ローゼリア』と呼ばれるのは少し変な感じがしてしまう。
私達は少し歩いて城の中庭へとやってきた。もうそこにはお茶会の準備がされていて色とりどりの美味しそうなお菓子が並んであった。
「さぁリノア様、この国の人気なケーキやクッキーを用意しましたの。お好きなものをお選び下さい。」
「ふむ、沢山有りすぎて困ってしまいますね。」
猫の細い尻尾をユラユラと揺らしながらお菓子を吟味しているリノア様はとても可愛らしかった。
「リノア様は甘い物がお好きなのですか?」
隣に座るリノア様のユラユラと揺れる尻尾の誘惑に勝ち、私は質問を投げかけた。
「えぇ、好きなのだけどアーステル国ではあまり良しとされないのだ。男は当たり前なのだけど、女も騎士道精神を学ばされるの。だから、甘い物や可愛い物はあまり良しとされてなくて...だからこの国に来るの凄く楽しみだったのです。ラウスからここには美味しい甘いお菓子が豊富で可愛い物もいっぱいあってそれが良しとされている。と聞かされたので。...それにラウスにも会えるので」
最後の言葉はとても小さかったけれど隣に座っていた私にはしっかりと聞こえた。
(リノア様...エルの事が...)
私の胸の奥がズキンと小さく傷んだ。
(何だろう...これ)
何故リノア様の口からエルの話がただ出ただけで私の胸の奥が痛むのだろう。そう自分に問いかけても答えは出なかった。
その痛みを気にしないようにリノア様やソフィア様とのお茶会を楽しんだ。
「あ!ロゼ」
後ろから良く知っている、そして懐かしい声が聞こえて私は振り向いた。
「エル」
ほんの数日...1週間程会えなかっただけなのにエルを見ると数年会えていなかったかのような懐かしさを覚えた。
「ロゼ、久しぶり。何だか変な感じ、ほんの少し会えてなかったのにずっと会えてなかったかのように感じるんだ。ここにいる間、ずっとロゼの事を考えてた。」
とエルは笑う。
「そうだ、今日はリノアとお茶会だったんだよね。どうだった?アイツ粗相してない?ロゼやソフィア嬢に失礼な事言わなかった?」
エルがリノア様の事を『リノア』と呼び捨てにしたり『アイツ』等と親しげに言うのが何故だか嫌だった。
でも、なんで嫌なのか分からないのでこの気持ちに蓋をして『大丈夫』だと今日あったお茶会でのリノア様の話をエルにした。
「とても可愛らしい方ね、リノア様。でも、猫の獣人ではなくて『黒豹』の獣人なのだと教えて貰ったわ!」
そうなのだ、リノア様はネコ科ではあるが『黒豹』の獣人である為、運動が得意で剣の腕もアーステル国の女性の中では上位らしい。
だから尚更、甘い物や可愛い物を好む事を許されていないと寂しそうにリノア様は語っていた。
「あ〜そんな感じだった、かな?猫も黒豹も同じだよ!それに今は借りてきた猫のように大人しいから猫で良いんだよ。」
よく分からない持論を述べるエルに呆れた目線を送ると彼は気付いているのかいないのか、話題を変えた。
「リノアが滞在中は僕もこの城にいなきゃいけないんだ。でも、学園には明日から通うから」
(...家には帰ってこない、のね...)
とても寂しい気持ちが押し寄せてきたがそれに気づかないようにエルに『明日、学園で』と笑顔で別れを告げた。
(...ちゃんと笑顔作れてたよね?...エル、気付いてなかったもの。大丈夫!昨日はなんだか変な気持ちばかりになったわ。どうしちゃったのかしら、私...)
モヤモヤした気持ちが私を襲うがきっと初めて見た『黒豹の獣人』にただただ興奮しただけなのだと自分に言い聞かせて帰路に着いた。
ここまで読んで下さりありがとうございます。