【86】
「ロゼ」
ずっと口を閉じていたエルが部屋に入ると神妙な面持ちで私の名を呼ぶ。
その顔を見て私は先程の前世の記憶についてまだ受け入れられないのだと思ったので
「...混乱するよね。エルは気持ち悪いと思う?」
(気持ち悪がられても仕方ない...よね。前世のそれも異世界なんて訳分からないだろうし。)
エルに気持ち悪がられるのは少し、いやかなり悲しいけどでも仕方ない事だと自分に言い聞かせてソファに腰掛ける。
しかし
「いや、そんな事は無い。決して気持ち悪い等と思い無い。ただ...」
俯きがちだった顔をパッ!っとあげて首を振り私の隣にいつものように腰掛けた。
「ただ?」
「僕はロゼとのこの1歳差をどうやったらうめられるのか考えてロゼと別れてからは必死に身体を鍛えて勉学にも励んだ。そして、ロゼと同じ学園へと通い寝食を共にするすればこの差はうまるんじゃないかとそう思ってたんだ。
ロゼは昔から考えや仕草が大人で再びロゼと会えた時にはもっと引き離された気がしてたんだ。」
どこか少し寂しそうな横顔に『そんな事ない』と言って抱き締めてあげたい衝動に駆られたけど一生懸命話をしてくれているエルに悪いと思い思い留めた。
「前世の記憶があるって聞いて成程なって思ったよ。だからこんなにも大人なのかってね。僕が近付けないのも納得だよ。...納得したんだけど、それじゃ嫌なんだ。」
エルは自分の拳を握り締めて悔しそうに呟く。
「...エル...」
「ロゼ、僕は君からしたらまだまだ子供で情けないかもしれない。」
そう言って立ち上がり私の前で片膝をつき私の両手を持ちながら見上げてくる。
「僕は年上のウィリアム殿下やリッカーさんみたいに包容力はまるで無い。けど、もっと鍛錬も勉学も頑張る誰にも負けない男になってみせる。だから、僕を1人の男として見て欲しいんだ。」
「え...え?」
「ロゼは僕の事、弟としか見てなかったでしょ?僕も今はまだそれで良いと思ってもいたんだけど...自分の勝手な我儘なんだ、それじゃ嫌だと思ってしまう。」
「エルを1人の男、として」
「うん、難しいとは思う...けど僕頑張るからもっと頼れる男になってみせる。
僕は心からロゼ、君を愛しているんだ。
返事はいらないから頭の隅にでも入れておいてくれると嬉しいな。」
そう言うとエルは私の両手に口付けを落とす。
私はその仕草はいつもの可愛らしいエルでは無くて何処か大人っぽい。そして熱のこもった瞳で見上げられた私の頬は今茹でダコのように真っ赤だろう。
「な、エ、エル?」
「少しでも僕の気持ち伝わった?」
立ち上がりまた私の隣へと腰を下ろしたエルの顔は先ほどと変わり晴れやかな顔をしていた。自分の気持ちを伝えられてスッキリしたのだろう。
(エルはスッキリしたかもだけど私はエルの言葉
を受け止めるのに必死よー!)
「...え、えぇ。分かったけど...でも、そんないきなり言われても、その...」
「うん、分かってる。徐々にで良いんだ...他の人だったらもっと上手く出来るんだろうなぁ。ごめんね、ロゼ。困らせたくは無かったんだけど...前世の記憶持ちだと聞いてロゼがもっと遠くに行ってしまうんじゃ無いかと思って...言わずにはいられなかったんだ。」
シュンとして耳や尻尾を下げるエルはいつもと変わらないのに...全く変わらないのに私はいつものようにエルの顔を見ることが出来なかった。
ここまで読んで下さりありがとうございます。