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78.手紙

 選択の余地はなかった。

 母と自分の関係に疑問がないといえば嘘になる。

 自分の不思議な力に疑問がなかったかといえば嘘になる。

 真実を知るのが恐くないかと問われれば、当然恐い。


 しかし、それでも、ステルは選んだ。

 知っている人を死なせずにすむ方法があるなら。

 目の前にそれを知る手段があるなら、掴むべきだと思ったからだ。


 自分の意志を伝えたステルは、アーティカと二人、地下の工房にいた。

 個人的な話題だ。他の人には外して貰うと言うことで了承済みである。


「ごめんなさい」


 アーティカが最初に口にしたのは謝罪の言葉だった。


「なんでアーティカさんが謝るんです?」

「本来、このことはターラの口から話すべきことだと思っていたから。こうならないように、色々準備していたつもりだったんだけれどね……」


 自嘲気味に、母の友人はそう言った。


「でも、話すわ。ターラから了承はとってある」

「母さんは、『落とし子』のことを知ってたんですね」


 驚きだ。こういう状況も想定していたということだろう。


「ええ、多分、この世界の誰よりも知っているわ。本当は、ターラがアコーラ市に来られれば良かったんだけどね」

「そうか、事前に準備していたなら、母さんも呼べたんじゃないんですか?」

「準備していたのは向こうも同じだったってことよ。ターラは今、北部で『落とし子』の用意した軍勢と戦っているはずよ」

「えっ、一人でですか」

「そう、一人で。心配?」


 『落とし子』の軍勢と戦う母の姿を想像するステル。

 少し考えてから結論が出た。何とかなるだろう。


「心配といえば、そうですが……まあ、なんとかなるかと」

「そうね。ステル君ならターラの強さをよく知っているものね」


 そう言って、アーティカはお茶を一口。それが話題を戻すための動作だとステルにもわかった。


「ステル君。貴方はターラの血を引いてないと思っているわね」

「はい。実際、似ていませんし」

「それは正しいともいえるし、間違っているともいえるわ」

「どういうことです?」

「貴方がターラに拾われた時、どんな状態だったか聞いているわよね」

「確か、赤ん坊で凄い怪我をしていたって聞いています」


 15年前、母ターラは大怪我をした赤子を拾い、助けた。周囲には親と思われる遺体と馬車。

 死因は魔物だ。母は何度か自分の助けが遅かったことをステルに謝罪したことがある。 


「そう、それはターラの魔法でも治すのが難しいくらいの怪我だった。だから、ターラは貴方に自分の血を分け与えたの」

「はい? 血、ですか? それで怪我が治るんですか?」


 わけがわからなかった。そんな治療法、聞いたこともない。まだ魔法で治したという説明の方が真実味がある。

「治るのよ。ターラの血なら」


 それから一拍間を置いて、アーティカは言った。


「貴方の母は人間じゃない。星人ほしびとと呼ばれる、この世界に遣わされた神々の眷属なのよ」


 真剣な顔でとんでもない情報が飛び出してきた。


「………あの、話がよく見えないんですが」


 戸惑うステルにアーティカは頷いて返した。笑みを浮かべているが、目は真剣だ。


「でしょうね。少し、順番に話しましょう。黒い大地、悪しき神々がこの世界を創成した時に混ぜ込んだ、魔物が生まれる淀み、それはわかるわね」

「『落とし子』が生まれた場所ですね」


 ステルの知識を確認し、アーティカは話を続ける。


「この世界ができたばかりの時、人もエルフもドワーフも弱く、黒い大地の勢力が強かったの。流石にこれは不味いと思って、神々が魔物を打ち払う役目を負わせて遣わした存在、それが星人ほしびとよ」

「母さんが、そうなんですか?」

「でたらめに強いこと、全然歳を取らないこと、変だと思わなかった?」

「言われてみれば、変ですけれど……」


 全然おかしいと思わなかった。母さんは強くてずっと美人だな、くらいの感覚だ。


「ターラを前にすると、その手の疑問が浮かばないようになっているのよ。だから、普通に生活できる。貴方の母が何千年もこの世界を護っている存在の一人であることは間違いないわ」

「………じゃあ、僕が不思議な力を使える理由は?」

「ターラの血の影響でしょうね。魔法使いの素養が無かったから、星人ほしびと由来の力が体に触れる範囲でしか作用できないと聞いているわ」

「そうですか……」


 そう言って、うな垂れるステルを見て、アーティカが慌てた。


「やっぱり驚いたわよね。でも、ターラは貴方のことを本当の子供だと思って……」

「知っています。母さんのおかげで僕は生きて、どんな時も守って貰っていたんですね」

「…………ステル君」


 じっとステルを見つめた後、アーティカは一通の手紙を取り出した。

 簡素な封筒だが、そこには「ステルへ」とターラの字で書かれていた。


「これ以上は、私では無くターラに聞きなさい。こういう時のために、書いて貰っておいたわ」

「用意がいいんですね……」

「言ったでしょう。私の口からは語りたくないって」


○○○



 私の大切な息子へ。

 この手紙を読んでいるというのは、とても悲しいことです。

 なぜならば、私の運命に息子を巻き込んでしまったということに他ならないのですから。

 

 ステル、貴方はこの手紙を読むことで、戸惑うことでしょう。

 

 もしかしたら、私を恨むかも知れません。

 母にとってそれはとても恐ろしいことですが、この手紙を開いた以上、状況は差し迫っているはずです。

 多くの人の命に関わる以上、私個人の感情は置いておきましょう。

 

 ステル、母は貴方と血を分けた親子ではないと話していましたね。

 あれは嘘です。

 貴方は文字通り、母の血をその身に宿しているのですから。

 

 十五年前、私は魔物に襲われた馬車を助けました。

 いえ、助けてはいません。すでに手遅れでした。

 そこで見たのは事切れた男女と、怪我を負って今にも死んでしまいそうな赤ん坊でした。

 その赤ん坊がステル、貴方です。

 

 ここまでは私も何度か話したことがありますね。

 しかし、重要なのはここからです。

 

 赤ん坊の貴方は、私の魔法でも治療できない怪我をしていました。

 もはや死の運命を免れることの出来ない小さな命。

 どうしてもそれを見捨てられなかった私は、一縷の望みをかけて自分の血液を赤子に与えたのです。

 

 はるか神話の時代から遣わされた種族。

 星人ほしびとの血を。

 

 ステル、私は、母は、人間ではありません。

 星人ほしびとと呼ばれる神に遣わされた種族なのです。

 

 話は、神話の時代に遡ります。

 

 今の世界の大地が生まれた一説を知っていますね。

 そう、神々が肉体を捨て、大地となった話です。

 

 その際に悪戯心を発揮した悪神によって、世界に魔物が生まれるようになったのです。

 問題は、その魔物が強すぎたことでした、

 生まれたばかりの世界において、悪神の肉体より生まれる魔物はあまりにも強かったのです。

 それは、せっかく作った世界を壊してしまいかねない強さでした。

 

 魂だけとなった神々は困りました。それこそ、諸悪の根源である悪神でさえ。

 悪神と呼ばれていますが、彼らは本来そういう性格ではありません。

 なんでも、世界が賑やかになればいいというちょっとした悪戯のつもりだったそうです。

 

 そこで生み出されたのが星人ほしびとです。

 星人ほしびとは神々の魂のかけらから生み出されたとも、別の世界の神の力を借りて生み出されたとも言われています。

 実際は、私にもわかりません。

 

 わかるのは、魔物を狩るための強大な力があること。

 悪神の大地より現れる「落とし子」を狩るための強い強い力です。

 

 星人ほしびとは、いつの日か、この世界の人々が自力で身を守れるくらい強くなるその日まで、魔物と戦うことを定められた種族なのです。

 私が北部の山地に陣取っているのも、悪神の大地を見張るためなのです。

 

 

 ステル、私の息子よ。私の血をその身に宿した人間よ。

 星人ほしびとの血を体内に持つ貴方は、限りなく星人ほしびとに近い力を持ちます。

 それこそ、人と星人ほしびとの間で成した子供よりも強いほどに。

 

 しかし、それ故に『落とし子』との戦いに巻き込んでしまったのです。

 魔物と戦うことが星人ほしびととしての運命なのですから。

 

 ごめんなさい。

 私達の使命に何も知らない貴方が関わってしまうことは、本当に無念です。

 母を……。いえ、私を恨んでも構いません。

 私は貴方を大きすぎる運命に巻き込んでしまったのですから。

 

 しかし、ステルよ。

 考えてください。

 

 貴方の周りに、大切な人はいますか?

 貴方は今生きている世界を失いたくはないですか?

 

 この手紙を読んで迷いが生まれるならば、考えてください。

 

 貴方が周りを見渡して、守りたいと思うならば、迷わず力を振るってください。

 アコーラ市を災厄から救う力を、貴方はその身に秘めているのですから。

 

 この手紙を渡した者。アーティカに星人ほしびとのための魔法を伝えてあります。

 貴方が望むなら、力を貸してくれるでしょう。

 

 その力を、正しく使ってくれることを、母は願っています



○○○


 手紙を読み終えたステルは、それを大切に折りたたみ、自分の服の中にしまった。

 そして、目の前の魔法使いを真っ直ぐに見つめて言葉を放つ。


「アーティカさん。僕に力を貸してください」

「ええ、喜んで」

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